第33話 明るい家で


「──という、わけなんだよね」



 七海さんと柚葉さんのことを母さんに全て説明した。


 二人が母さんがいない間、俺と妹菜の面倒を見てくれたこと。

 俺と妹菜のことを想ってしてくれたこと。

 そして、俺も妹菜も、二人に感謝してること。


 それらを説明すると、母さんは意外にも理解が早く、



「そうなのね。二人に感謝しないと」



 笑顔でそう言った。



「う、うん……」



 もう少し焦ったり戸惑ったり、色々と追求されると思ったんだけど、それは俺が勝手に思っていただけで、母さんにとってはそこまで大事なことではないのかもしれない。



「陸斗、一つ聞いていい?」



 だけど、ふと足を止める。



「え、うん。なに?」

「二人がしたのは、家事を教えてくれるだけだったのよね?」



 不慣れな家事を二人は丁寧に教えてくれた。

 だけどそう聞かれて、一瞬だけ違うことを思い出してしまった。



「う、うん、そうだけど」



 二人から受けたのは『アメとムチ』だ。

 けれど説明したのは、そのムチだけで、アメについては説明していない。


 年上のお姉さんと同棲して、夜中に誘惑され、悶々とした日々を過ごしていた──なんて話せない。


 すると、母さんは何度か頷いた。



「そう。それは良かったわね。だから、少し見ない間に陸斗が大人っぽくなったのかしら」

「大人っぽく?」

「ええ、なんだか、階段を一つ上がった大人の男性になった気がしたのよ」

「大人って……」



 それは意味合いが違うのでは?

 そう思ったが何も答えず、俺は俯く。



「二人のおかげでね」



 母さんは前を歩く。



「陸斗は、その二人のこと好きなの?」

「え?」



 唐突に聞かれ、俺は首を傾げる。



「それって、どういう意味?」

「そのままよ。陸斗は、その二人の女性を、どういう風に見てるのかなって」

「どういうって……ただ、優しくて、面倒見てくれるのが嬉しかったってだけだよ」



 今までずっと背負ってきた、兄であり一家の大黒柱にならないと追い込んできた自分ではなく、普通の高校生として、誰かに助けを求めることができた。

 それができたのも、きっと二人から感じた安らぎや包容力が、俺をそうさせたんだと思う。


 だから嬉しかった以上に、居心地が良くて、毎日が楽しかったと思えた。


 

「ふーん、そうなのね」



 振り向いた母さんはクスッと笑った。

 何か見透かされたような笑みに、俺は慌てて顔を背ける。



「好きになったりとかしないの?」

「なっ!? そ、そんなわけ、ないだろ……。そもそも、俺みたいな子供を、相手にするわけ……」



 俺みたいな子供を、二人が。だけど柚葉さんには、はっきり俺のことが好きって──。



「お母さん、陸斗と恋バナがしたいなー?」

「は、はあ? 何を急に」



 前を歩いていた母さんが隣を歩く。

 今までずっと見ていた、悲しそうで辛そうな表情とは違い、どこか楽しげな笑顔を浮かべる母さんを見て、嬉しく思うよりも前に恥ずかしく感じる。



「そ、それより、帰ったら二人がお祝いしてくれるって! いいでしょ!?」



 俺は早歩きで家へと向かう。



「それはいいけど、もっとお母さんがいない間の家でのこと聞かせてほしいな? ねえねえ、家で二人とどんな会話をしていたの?」

「いいから、そういうの」

「ふふーん、照れちゃって」

「照れてないから!」



 そんなやり取りを──というよりも、母さんの追求を必死に避けながら、俺は家へと急いだ。










 ♦








「「おかえりなさい!」」



 家へ帰るなり、七海さんと柚葉さんのかけ声と共に、盛大にクラッカーが玄関で音を鳴らす。

 四角い紙吹雪が頭に乗り、パアン!という音が響く。



「ありがとうございます!」



 母さんはニコニコとした笑顔を、七海さんと柚葉さんに向けた。

 それを、二人も笑顔で返す。


 すると、二人の後ろで隠れていた妹菜が、母さんの元気な姿を見て表情を明るくさせ、



「ママー!」

「ただいま、妹菜。心配かけてごめんね」



 母さんに勢いよく抱き付いた。



「ううん! おにいちゃんと、おねえちゃんたちがいたから、まいなへいきだったよ!」



 妹菜の表情は安心したようで、母さんの胸に何度も頬吊りしていた。

 そんな二人を見て達成感というか、安心感というか、なんだか見てるだけで微笑ましく思えた。



「陸斗くん、中へどうぞ」

「あ、はい。母さんも」



 七海さんに中へ入るよう促され、俺たちはリビングへ。



「うわ、凄いな」



 目に映ったのはテーブルに並べられた豪勢な料理たち。

 きっと、俺が出て行ってから三人で準備してくれたんだと思う。



「お二人とも、子供たちがお世話になりました」



 母さんは、七海さんと柚葉さんに頭を下げる。



「いえ、私たちだけではなく、陸斗くんも妹菜ちゃんも頑張ってくれましたので」

「そうです。この料理も、妹菜ちゃんが頑張ってくれましたから」

「うん! まいなも、てつだったの!」

「偉いね、妹菜」

「ふふん!」



 満面の笑みを浮かべる妹菜。

 柚葉さんは妹菜の頭を撫でながら伝えた。



「聞いてください、妹菜ちゃん、すっごく料理のセンスあるんです!」

「えっへん!」

「へえ、さすが妹菜ね」



 七海さんは、横目で柚葉さんをじーっと見つめる。



「本当、手際の良さは柚葉さん以上でしたよ」

「ちょ、それどういう意味!? わたしだって頑張ったんですけど!?」



 二人のやり取りは相変わらずで、リビングには明るい笑いが溢れる。



「それじゃあ、お手洗いしてご飯をいただきましょうか」

「うん! ママ、おてあらい、てつだってあげる!」

「あらあら、ママのお手伝いまでしてくれるの? 嬉しいわね」



 褒められて嬉しかったのか、妹菜は母さんの手を握って、洗面所へと向かった。


 俺は七海さんと柚葉さんに頭を下げた。



「七海さん、柚葉さん、本当にありがとうございました」



 そう伝えると、二人は微笑み、首を左右に振る。



「いえ、私たちがそうしたいと思っただけですから」

「そうそう。それにわたしたちも楽しかったからね」



 二人は謙遜してるけど、俺にとっては二人の支えは感謝の言葉だけでは足りない。


 母さんが検査入院した時に感じた悲しみや苦しみが、二人が来てくれたことによって安らぎに変わった。

 それが二人にとって些細なことであっても、俺にとっては大きなことだ。



「でも……」



 他にも伝えたいことがある。

 だけどそれを、二人は笑顔を浮かべながら俺の背中へ移動して、



「早くしないとご飯が冷めちゃうよ! ほらほら、急いで!」

「そうですよ。せっかく作ったんですから、冷めないうちに食べてください!」



 柚葉さんと七海さんに背中を押される。


 母さんと妹菜と俺の三人で暮らしていた静かな家に、七海さんと柚葉さんが来て、明るい家で一緒にご飯を食べる。


 その生活が嬉しくて。

 このままずっと、続いてくれたらいいなと思った。

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