第32話 母親の願い 3


「ぶっちゃけ、高校生と大学生が付き合うのはアリですか!?」

「えっと……」



 佐代子は動揺していたが、柚葉の言葉の意味を冷静に考えた。


 付き合うのはアリかナシかを問われるということは、大学生である柚葉と、高校生である陸斗が付き合うのは親としてどうか、と聞かれているのだろう。

 そして『まだ』そういう関係になっていないのだろう。


 柚葉は真剣な表情で佐代子を見つめる。

 本気で、陸斗のことを好きなのだろう。

 だからこそ、こうして陸斗を心配に思い、母親のいない間だけ面倒を見ようと言ってくれたのか。


 佐代子が返事に困っていると、



「柚葉さん、何を言ってるんですか……」



 七海が動揺してるように自分の髪に手を触れる。



「何をって、そこはやっぱ聞いておかないと」

「だからって、何もここで聞かなくても……」

「わたしは今、ここで、はっきりと聞いておきたいの。それで、どうですか?」



 柚葉に見つめられ、佐代子は返事を考える。


 ──答えはアリだ。


 世間的にはどうか知らないが、高校生と大学生なんて、さほど年齢は変わらないのだから別に問題はない。

 だがこれは一人の女性としての答えであって、息子が対象だと違う。



「あ、あの!」



 すると、七海が佐代子に視線を向ける。

 頬を赤く染め、視線を右往左往させて。

 いつもは大人っぽい彼女が、今だけは恋する乙女のような表情をしていた。



「例えば……例えば、ですよ? 24歳の保育士が、健全な男子高校生とお付き合いする、というのは、どうでしょう……? あっ、これは例えばですので」

「例えば……」



 いや、それアナタでしょ!?


 途中まで出かけていた言葉を、佐代子はなんとか止めることができた。


 もしかして二人とも、息子のことを好きなのか?

 なぜ? どうして? そんなに陸斗は魅力的な異性なのか?


 佐代子の頭の上に疑問符が浮かぶ。

 ただ陸斗は高校生だとしても、母親から見てもしっかりした子だといえる。


 だけど佐代子にとって陸斗は可愛い我が子。それに陸斗は『男性』ではなくまだ『男の子』だ。

 恋愛対象……というよりも、大人の女性である二人が好きになる相手なのかは不明だ。


 そもそも二人ぐらい綺麗な女性なら、もっと大人の、魅力溢れる相手がいるのではないか。



「お二人は、その……陸斗のことを、本気で……?」

「はい!」

「えっと、その……」



 柚葉は大きく頷き、七海は恥ずかしそうに頷く。

 どうやら真剣な想いらしい。



「そう、ですか……」



 佐代子は窓の外を眺める。


 高校生と大人の女性。

 世間的に見ればいけないことかもしれない。

 だけど陸斗のことを考えると、一概に駄目だといいきれない。


 幼いころから父親がおらず、病弱な母親を支え、まだ幼稚園児である妹の面倒を見て、そのために色々なものを犠牲にして頑張ってくれた。


 ──恋人ができた!


 なんて話を今まで一度として聞いたことはない。

 恋話を息子とできたらいいな、そう思ったこともあった。


 陸斗は学校の成績だけ見れば優秀だ。

 けれど高校生として、青春を謳歌してるかはわからない。

 全てを犠牲にして、学校が終わったらすぐにバイトに向かうから、友達だっているかわからない。

 なにせ今まで、友達の話題を陸斗から聞いたことがないのだから。


 それなら。

 好意を寄せてくれる二人なら、いいのではないか。もしも将来的に結ばれなくても、彼女たちとの関係が、いずれ陸斗のためになるのではないか。


 佐代子は母親としてそう思った。



「……アリです」



 佐代子は答えた。

 その返事を聞いて、七海と柚葉の表情が明るくなる。



「ただ条件があります──」



 だけど、佐代子は条件を出した。



「──避妊はしてください」

「「ブッ!?」」



 二人は唐突に出された条件を聞いて吹き出した。



「ゲホッ、ゲホッ、ど、どういう、ことですか……?」

「そ、それって、その、あの」

「言葉通りの意味です。お付き合いするのも、好きでいるのもアリです。これはお二人と陸斗の問題なので、母親として禁止するつもりはありません。ただし、避妊はしてください」



 はっきりと佐代子は伝えた。

 二人はポカーンとした表情をしていたが、そう伝えたのにも、ちゃんとした理由がある。


 佐代子は昔のことを思い出すように、窓の外を眺めながら言葉を続けた。



「……私は高校生のころ、当時付き合っていた同い年の夫との間に、子供を授かりました」

「え……?」

「学生でです。それから二人で育てようとしました……。ですが、お互いの両親はそれを良く思いませんでした。まあ、当然ですよね、まだ学生でしたから」



 今となっては懐かしい思い出だが、当時の佐代子にとっては、壮絶な人生だと感じていた。



「両親から勘当され、地元から逃げ、それでも私たちは子供を──陸斗を育てようとしました。ですが高校を中退した私たちが、誰の手助けも受けず子供を育てていくのは、そんなに甘くありませんでした」



 高校を中退した二人が働ける場所は限られていて、二人で一から暮らすために、いくつものバイトを掛け持ちした。

 その結果。

 父親は夜勤明けに事故で亡くなり、母親は無理がたたり体を壊した。


 高校時代の行き過ぎた恋愛が引き起こした結果を身を持って体験したからこそ、そこだけは、二人には守ってほしかった。



「陸斗にも、妹菜にも、たくさん迷惑をかけてしまいました。なので陸斗には、ちゃんと高校を卒業してもらいたいんです」



 佐代子は笑顔で伝えた。

 二人に言葉の意味が伝わったのか、それはわからない。


 ──息子を好きになってくれてありがとう。だけど、高校を卒業するまでは節度を持って、自分と同じ道を歩まないようにさせてください。


 そんな想いを込めた佐代子の言葉。

 今の佐代子の人生が辛いからではなく、息子には、普通の人生を歩ませてあげたいから。


 そして七海は、にっこりと笑顔を浮かべた。



「大丈夫です。ちゃんと節度をもって、陸斗くんと接しますから」

 それに対して、柚葉は何度も頷いた。

「安心、してください。わたしは、頑張れます、頑張れますから!」

 少し涙声の柚葉を見て「何を頑張れるのか?」という疑問を持ったが、それは聞かないでおいた。



「それでは陸斗が高校を卒業するまでは、ちゃんと大人として節度をもった関係を心掛けてくださいね」

「わかりました」



 ニヤリと笑みを浮かべた柚葉を見て、佐代子はコクリと頷いた。



「避妊は、してくださいね……?」



 なぜわざわざこんなことを二回も言わなくてはならないのか。そう思った佐代子だが、柚葉が軽くガッツポーズをしてるのを見て、言わないと駄目な子だと感じてしまった。



 そして話が終わると、七海は腕時計に目を向け、



「それじゃあ、私たちはそろそろ帰りますね」



 二人は立ち上がり、部屋を後にしようとしたが、



「……佐代子さん」



 扉の取ってに手を付けた七海は振り返り、



「過去のお話を聞かせていただきましたが、学生時代のその選択、今は後悔してますか?」



 そう問いかけられた。

 佐代子は考える間もなく答えた。



「いえ、後悔してません。夫と離ればなれになったのは辛いですが、息子と娘と出会えましたから。とても幸せです」



 その返事を聞いて、七海と柚葉は納得したように微笑むと、この場を後にした。











 ♦














 退院の手続きを済ませると、俺と母さんは真っ直ぐ家へと向かった。



「母さん、具合は大丈夫?」



 顔色は悪くない、むしろ入院する前より良くなってる気がする。

 だけど心配になって、気付いたら不安の言葉が出てしまう。



「ええ、大丈夫よ」



 母さんは微笑んだ。



「そっか、そうだよね。だから退院できたんだもんね」

「心配かけてごめんね」

「ううん。なんだろ……やっぱ、つい心配になっちゃうよ」

「もう入院しないから大丈夫。だけど、息子に心配してもらえるのは、なんだか嬉しいわね」

「俺は不安で辛いのは嫌だけどね」

「ふふっ、母親としての役得ね」

「なんだよ、それ」



 笑いながら伝えると、



「そういえば陸斗。お母さんがいない間、平気だった?」

「え、まあ……」

「家事とか教えてなかったから不安だったのよ。ちゃんとできた?」

「あー、それは。母さん、実はさ……」



 俺は母さんに、七海さんと柚葉さんについて説明した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る