第29話 魅惑的な同棲生活 4
時は少しだけ遡る。
お風呂を上がって、少しだけリビングでのんびりして、さあ寝ようかなと思ったとき、
「きょうはみんなでおやすみするの!」
妹菜の一言から始まった。
いつも俺と妹菜が寝てる妹菜の部屋、そこで敷き布団を床に敷いていつも二人で寝てる。
足を伸ばすには十分過ぎる広さはあるけど、机とかがあるから、並んで寝るのは少し狭い。
この前の七海さんと妹菜と三人で寝たときも、俺は壁に顔を付けて寝た。
それを四人でとなると……。
密着しながら四人で横になっている光景を想像して、すぐさまその想像を振り払う。
リビングに布団を引いて寝れば広くていいのだけど、どちらにしろ、四人で一緒に寝る選択肢を俺から出したくはない。
期待してるのか、と思われたくないから。
「妹菜、四人ではさすがに無理だよ……」
「えー」
「えー、りっくんなんでー?」
頬を膨らませる妹菜の横で、同じく膨れっ面の柚葉さんに言われる。
「なんでって、妹菜の部屋が狭いので」
「別にリビングで寝ればいいじゃーん! ねえ、なんでー?」
柚葉さんは子供のように、妹菜と一緒に両拳を握って抗議してくる。
俺がどうなるかわかって言ってるんだろう、たぶん。
「なんでって……」
だけどここは引けない。さすがに四人で寝るなんて無理だ。
なので助けを求めるように、常識人な七海さんに視線を向けると、七海さんは両拳を握り、
「えー、なんでー、ですか?」
おそらく二人に似せてるのだろう。
普段からおっとりと大人の女性といった印象のある七海さんに子供っぽく言われると、なぜだか二人と違って破壊力がある。
俺が目を伏せると、
「なんで、ですかー?」
七海さんが顔を近付けウインクする。
絶対にからかってるとわかるのに、それでも、七海さんの顔を見てるとドキッとしてしまう。
「……りっくん、わたしたちがするより顔赤くしてる」
柚葉さんにじーっと見られ、妹菜は不思議そうに首を傾げてる。
「別に、そんなんじゃないですから」
俺は慌ててそっぽを向き、
「とにかく、四人一緒は無理です。駄目です。なので自分は──」
「──ダメだよ、りっくん」
別の部屋で寝ます。
そう伝えようとしたら柚葉さんに止められた。
「さっきの反応がダメ。わたしはもう決めたよ。今日は四人一緒に、妹菜ちゃんの部屋で寝る」
「どうして、ですか?」
「女の意地!」
「はい……?」
言ってる意味がわからない。
すると、柚葉さんは妹菜の手を握り、
「いこっ、妹菜ちゃん」
「うん、いく!」
二人は妹菜の部屋へと向かった。
寝巻き姿のTシャツに短パンというラフな格好をする柚葉さんの後ろ姿を見て止めようとするが、
「陸斗くん、諦めて行きましょう?」
七海さんはにっこりと微笑むと、リビングの明かりを消し、妹菜の部屋へと向かう。
別の部屋からリビングへ、一人分の布団を持ってくることも許されず、俺は覚悟を決めて妹菜の部屋へ移動した。
「なっ……」
部屋では既に、敷き布団の上で妹菜と柚葉さんが横になっていた。
七海さんは目覚ましをセットしてるのか、スマートフォンを操作している。
寝る位置は妹菜が真ん中を占領して、そこから左に一人分のスペースを開けて柚葉さんが横になってる。
まるでそこに誰かを寝かせようとしてるような、その狭いスペースで、妹菜と柚葉さんで挟めようとしてる感じだった。
「えっと、俺は壁際で……」
「ダメに決まってるでしょ?」
柚葉さんは、その空いたスペースに寝かせようと、被っていた布団を広げニヤリとした笑みを浮かべる。
「無理です」
「わたしもムリ。りっくんはここ」
「七海さん……」
さっきは裏切られたけど、常識人だと信じたい七海さんに視線を向けると、
「いいんじゃないですか?」
そう言って、柚葉さんとは逆側の妹菜の隣で横になる。
「……なんか、あっさりすぎて怪しい」
柚葉さんが七海さんへと怪しむように、目を細め視線を送るが、横になった七海さんは笑顔だった。
「人のことを何だと思ってるのですか。さあ、陸斗くん、明日も新聞配達があるのでしょ? だったら早く寝ましょう?」
ピンク色のパジャマを着た七海さんは、妹菜の体に手を乗せ、優しくポンポンと手を叩く。
嬉しそうにする妹菜は、ニコニコしながら「おにいちゃん、はやく!」と急かしてくる。
柚葉さんは、まだ七海さんの行動を疑っていた。
「ま、まあ、りっくんの隣を貰ったからいいけど。後悔しても知らないんだから」
「大丈夫ですよー?」
「そう、なら。ほら、りっくん早く寝よ?」
逃れられない俺は、意を決して妹菜と柚葉さんの間で自分の体を力強く抱きしめて、ミイラみたいに横になる。
被った布団の中は、一人で寝る時とは違った温もりを感じる。
それに、隣にいる柚葉さんの体が触れるたび、動いて温かい風が流れてくるたび、心臓が激しく音を鳴らす。
「りっくん、ぎゅってしていい……?」
「駄目です」
そんなことされたら寝れません。
だけど断ったのに、柚葉さんは俺の肩に頭を乗せ「ねえ、ぎゅってしていい?」と何度も聞いてくる。
ネコのような愛くるしい姿に、俺の色々は限界に近付く。
すると、
「──いい、妹菜ちゃん」
七海さんの声がした。
「大人の女性は、先の先を読んで行動するの」
「さきのさき? さきのさき!」
「そう、先の先」
通じたのか?
そんな疑問が浮かぶが、七海さんはもぞもぞと布団の中で手を動し、妹菜の体を撫でる手をポンポンと音を鳴らす。
「目先の利益を考える女性は駄目。いつも先の先を見るの」
「はい!」
「……んー」
右隣で俺の肩に頭を乗せる柚葉さんが、七海さんへ向けうなり声を発する。
「──陸斗くん」
「はい!?」
急に名前を呼ばれてビクッと反応してしまった。
「妹菜ちゃんね、こうやってリズム良く体をポンポンってしてあげると喜ぶの」
「確かに、いつもやってあげたら喜びますね」
「そうよね。だから陸斗くんもやってあげて、ほら」
そう言われ、俺は体を妹菜へと向ける。
手で頭を抑えるように上げたまま、妹菜の体に手を乗せる。
俺と七海さんに撫でられて、妹菜は嬉しそうにはにかんでいた。
だが、そこで俺は気付いた。
「──ッ!?」
俺の視界には、窓から差し込む月明かりをバックにした七海さんが、横になりながら俺をじっと見つめていた。
それも七海さんは、さっきまで閉めていたはずのボタンを上から三つも開けている。
いつもは見えない豊満な胸元からは谷間、それに、左胸の上辺りにあるホクロまでもはっきりと見えてしまった。
「陸斗くん、どうかしたのかな?」
妹菜を撫でていた七海さんの左手が、スルスルと俺の右手に重ねられる。
少し冷たさがあるのに、細い指が俺の指に絡められるとはっきりと熱を感じた。
「あ、あの、七海さん」
「妹菜ちゃんも、お兄ちゃんにこうされるの好きだもんね」
「うん、すき!」
まるで、妹菜が言ってるのだから止めたら駄目よ? と言われてるようだった。
「……りっくん」
背中からは、柚葉さんの寂しそうな声と共に、柔らかい何かが当てられてる感触があった。
「背中を向けられて残念でしたね、柚葉さん……?」
クスッと勝ち誇った笑みを浮かべる七海さん。
あっ、今の七海さんはいつもの七海さんと違う。
「ぐぬぬぬ……」
背中からは、柚葉さんの変な声が聞こえる。
「陸斗くん、さっきからどこ見てるのかな?」
妖艶な笑みを浮かべながら、七海さんの視線はじっと俺を見つめる。
俺の視線は、七海さんを見たり、妹菜を見たり、七海さんの……胸を見たりと右往左往してる。
それに気付いて、俺が妹菜の体に手を置いてるのを離そうとするが、七海さんに繋がれた手が離せず、「ふふーん」と幸せそうな笑顔を浮かべる妹菜が俺を離さない。
「……ねえ、りっくん」
そんな時だった。
柚葉さんの甘ったるい声がした。
温かい吐息が耳の中へ入ってきて、全身が身震いする。
「見るだけのおっぱいと、触れるおっぱい……どっちがいい?」
ダラダラ汗を流す俺の体に、そして心に、柚葉さんはそう問いかけてきた。
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