第28話 魅惑的な同棲生活 3


 ──昼間は、というよりも、夕飯を終えたころは良い先生のような二人。

 だけどそれは、それまでの間だけだった。



「──あははっ、妹菜ちゃん、お風呂でバシャバシャしたらダメッ!」

「──ふふ、妹菜ちゃんはまだまだ遊びたいのよね。元気でいいじゃないですか」

「うん、おねえちゃんたちと、いっぱい、あそぶのー!」



 お風呂場から聞こえる騒がしい音たち。

 干していた洗濯物を畳んでいても、静かなリビングにまで響いてくる。


 妹菜が湯船を叩いてるのか、バシャバシャと騒がしい音と──大人の女性たちの笑い声。

 そんな魅力的な音たちは、耳から遮断しても勝手に入ってくる。


 それを無心で、なんて無理な話だ。

 考えないようにしても、脳内で声が震え、勝手に変な妄想が生まれる。



「……二人が、お風呂で」



 ボソッと呟いた言葉を忘れようと勢いよく首を左右に振る。



「考えるな、考えるな、考えるな……二人が良かれと思って、ここに泊まって家事を教えてくれてるのに」



 変な考えを抱くな。

 だけど想像してしまう。



「二人の下着を畳みながら……とかじゃないだけ良かった」



 二人が数日の間だけ家に泊まるから洗濯はする。

 それに俺と妹菜の服と一緒に、七海さんと柚葉さんの服も畳んでる。


 下着まではさすがに俺の担当じゃないから良かった……。


 というより、それを頼まれてたら全力で拒否していた。


 そんな夢のようなシチュエーション──じゃない、恐ろしい現実ではなくて良かったと思いながら畳み終えると、



「陸斗くん、お風呂から上がりましたよ」



 七海さんに声をかけられた。

 そして、全力疾走してきた妹菜に抱き付かれる。



「おねえちゃんたちと、あそんでもらったのー!」

「そうかそうか、それは良かっ──」



 頭を撫でながら視線を二人に向ける。

 ピンク色のパジャマを着た七海さんと、Tシャツ短パンの柚葉さんが目に入った。

 艶がかった髪に、ほんのり赤く染められた頬。

 そんな二人の姿を見て、さっきの妄想が蘇ってくる。



「そ、それじゃあ、俺も……」



 そそくさと逃げるように風呂場へと向かう。

 二人には何も言われず、俺は服を脱ぎ、湯船に浸かる。



「……堪えられるのか、これ?」


 

 俺が浸かってるお風呂だって、二人が入った後のお湯だ。

 それを考えただけでも意識してしまう。



「だけど、妹菜も喜んでるしな……」



 さっき風呂場から聞こえてきた楽しげな声からもわかる。

 母さんが検査入院することを伝えたときのような、寂しげな声も表情も、今の妹菜からは感じない。


 きっと寂しかったんだろうな。

 家事が不慣れな兄といるよりも、同性の、優しいお姉さんのような存在である二人といるほうが楽しいのかもしれない。

 何より二人が来てくれたお陰で、ちゃんとした生活ができてる。


 俺自身も、不安だった家事を覚えることができた。


 だけど……。

 やっぱり七海さんと柚葉さんと、年上のお姉さんと一緒の家で生活するのは、男子高校生には刺激が強すぎる。



「それに、なんで急に家事を教えてくれたんだろ」



 それがどうしても気になってしまう。

 昨日までは二人とも、自分たちでやるって言って、俺に何もさせてくれなかった。

 なのに今日は少しだけ厳しく、家事全般を俺にさせてくれた。


 ──甘えさせるって言ってたのにな。


 そんな変わりように、少し寂しく……。



「って、違う違う! 俺は何を考えてんだよ」



 それじゃあまるで、七海さんと柚葉さんに甘えさせてもらいたいみたいじゃないか。


 俺は顔をぶんぶん振って湯船から出ると、体と髪を洗う。


 二人に家事を教えてもらえる。

 その優しさがどれほど有り難いことか。



「──りっくん、大声出してどしたの?」

「えっ!?」



 突然、風呂場の外から柚葉さんの声がした。

 動揺からか、柚葉さんが洗面所にいることに気付かなかった。



「い、いえ、別に……」

「ふーん、そっか。わたしは歯を磨いちゃおっかなって」

「もうですか?」



 洗面所から水を流す音がする。

 まだ時間は21時前ぐらいだから、いつもより早すぎる気がした。



「別にまだ寝ないけどね」

「そうなんですね」

「うん。……それより、りっくん。わたしたちが急に泊まりにきて、迷惑じゃなかった?」

「え?」



 ふと聞かれて、俺はすぐに答えた。



「いえ、迷惑なんかじゃないですよ」

「ほんと?」

「本当です。だって家事とか教えてくれますし、それに、妹菜も二人が泊まってくれて楽しそうですから」

「そっか、良かった」



 柚葉さんはたぶん、洗面所と風呂場を隔てる壁に背を付けて、座っていた。

 顔が見えないのにすぐ側から声が聞こえるのは、なんだか不思議な感じがする。



「でもさ、りっくんが料理ダメダメだったなんて意外だね」

「ダメダメって、そこまでですか?」

「ふふっ、ダメダメかな。包丁の使い方とか、見てて危なっかしいなって思ってたもん」

「まあ、確かに。でも、自分が料理できると思いました?」

「んー、なんか、バイト先のりっくんってさ、なんでもできる優等生だから、それなりにできるかなーとは思ってたよ?」

「別にバイト先でも優等生ではないですけどね。まあ、母さんは料理をさせてくれなかったので」

「させてくれなかった?」

「ええ、手伝いはしてましたけど、あんまり。たぶん、バイトさせてるのに、家事まで手伝わせるのは悪いと思ったんじゃないでしょうか」

「……そっか」



 少しトーンの下がった柚葉さんの声色に、俺は慌てて言葉を付け加える。



「で、でも、今回は助かりました。二人のお陰で家事も学べましたし、なにより、母さんの苦労も知れましたから」

「それなら、良かったかな……。うん、良かった。でもまだまだこれからだよ? 明日からはもっと忙しくなるから」

「あはは、それは大変そうですね。でも、本当にいいんですか? 柚葉さんも、七海さんも。迷惑とかじゃないですか?」

「迷惑じゃないって。それにこれは、わたしたちが進んでお願いしたんだからさ」

「でも……」

「ふふっ、なんか変なの」



 柚葉さんは突然、クスクスと笑い出した。



「何がですか?」

「いや、なんかお互いに迷惑じゃないかなーって心配してさ」

「まあ、そうですね。でもお願いしてるのはこっちですから」

「ううん、りっくんのお家に泊めてーって頼んでるのはこっち。まあ、お互い頼んでるってことで、ここで迷惑かなって悩むのはお互いに終わりね」

「そう、ですね。わかりました」

「うんうん。それじゃあ、そろそろ身体を洗ってあげようかな」

「ん?」



 扉の奥で、柚葉さんが立ち上がったのがわかった。



「いや、結構ですから!」

「なんで? あー、また迷惑かなって思った? もう、お互いにそう思うのは終わりにしようって言ったばっかじゃん!」

「そうじゃないです! というより、なんで急に……また俺をからかってるんですか?」

「別にからかってませんけど。あっ、もしかして……また大きくなっちゃった?」

「大き──ちょ、はっきり言わないでくださいよ! というより、何も変化ないですから!」

「本当かな……? ちょっと確かめようかなー」



 そう言うと、不意に扉が開かれた。



「それじゃ、おじゃましまーす」

「おじゃましないでください! 早く出て行ってください!」



 顔だけを出して覗く柚葉さんに、俺は背を向け猫背になる。

 すると、柚葉さんは口元に手を当て、悪い笑みを浮かべていた。



「あらあら隠しちゃってぇ。いいのよ、お姉さんに見せてごらんなさい」

「だから──」

「──柚葉さん、何をしてるのですか?」



 ふと、柚葉さんではない冷たく鋭い声が聞こえた。

 七海さんだ。めちゃくちゃ恐ろしい顔で柚葉さんを睨んでいた。



「歯を磨いてくると仰ってから、いつまで経っても戻ってこないので様子を見に来てみれば……。柚葉さん。ここで、何をしてるのですか?」

「あはっ、あははっ、えっとー、そのー」

「さあ、戻りましょうか」

「えっと、まだ歯磨いてなくて……」

「嘘付かないでください。ほら、行きますよ」



 七海さんに手を掴まれ、柚葉さんがリビングへと戻っていく。本当にまだ歯を磨いてないと思うけど、まあ、それはいいか。



「本当に、母さんが退院するまで二人と泊まれるのかな……?」



 主に刺激的な部分で不安になり、俺は大きなため息をついた。












 ♦











「四人一緒に、こうして並んで眠るのは、なんだか不思議な感じがしますね……」



 堪えられるかどうかという不安は、完全に堪えられないだろうという確信に変わった。

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