第27話 魅惑的な同棲生活 2
「な、なんで、七海さんと柚葉さんがここにいるんですか?」
場所をリビングに移動して聞くと、二人は真剣な眼差しで、
「陸斗くんのためです」
「りっくんのためだよ」
口を揃えて同じことを言う。
妹菜はどこか楽しげに、テーブルを囲う俺たちの周りをドタバタと走り回っている。
「……でも、二人も仕事とか大学とかありますよね?」
「仕事はここから通います」
「大学はここからも近いから平気だよー」
「でも……」
「りっくん、そんなにイヤなの?」
まるで捨てないでと嘆く子犬のような悲しげな瞳で見つめられる。
そんな顔されたら、俺は小さく「別に」としか口にできない。
なぜこうなったのか。
というよりも、七海さんと柚葉さんは仲良かったのか?
「そもそも、二人は知り合いだったんですか?」
「いえ、違います。ただ利害の一致により、一時的に同盟を結びました」
「利害の一致……?」
「そうそう。お互いに今は共闘することにしたのさ」
難しい言葉を並べて二人とも答えてくれない。
いや、答えてるのかもしれないけど、はっきりとした理由は伝わらない。
「あーもう、りっくん、こっちおいで!」
柚葉さんはそう言うと、俺を別の部屋へと呼ぶ。
嫌な予感がする。だから首を勢いよく左右に振る。
「い、いやです」
「なんでさ」
「……それは」
「もしかして、りっくん、また食べられると思ってるのー?」
不適な笑みを漏らす柚葉さん。
それが何を意味するのかわかったから、俺は黙っていた。
「食べられる……? その話、聞いてませんが」
すると、七海さんは柚葉さんに視線を向けた。
背後から黒いオーラのようなのを纏った七海さんからの視線に、柚葉さんは慌てた様子でバタバタと手を振った。
「べ、べつに、何も無いって!」
「本当、ですか?」
「ないない、まあ、たぶんない! さっき話した通りだって」
さっき?
何を話したのか、それはわからない。
ただ七海さんはため息をつき頷いた。
「まあ、いいです。陸斗くん、今日から私たちで家事を教えます」
「家事を、ですか……?」
「そうそう。ここに泊まるけど、それをぜーんぶ、わたしたちがやってたら、りっくんのためにならないでしょ? だから、お母さんが退院するまで、わたしたちが家事を教えるから」
二人はそう言って、優しく姉のような笑顔を浮かべる。
今までとは少し違った雰囲気の二人。昨日までは二人とも自分がやるからと言ってたのに、今日からは教えてくれるということなのか。
それを不思議に思うけど、今までとは違い自分のためになるとも思った。
「陸斗くん、付いて来てください」
今度は七海さんが立ち上がる。
俺は黙ったまま、七海さんの後を付いていく。その後ろを柚葉さんも歩く。
向かった先は、風呂場の脱衣所だった。
「な、なにを、するんですか?」
風呂場で何を?
そう思っていると、
「これを見てください」
七海さんが指差したのは脱衣所に置いてある、洗濯物を入れたカゴだった。
「えっと……」
「洗濯、してみてください」
「は、はあ……」
なぜ急に?
頭の上に大量の疑問符を浮かべながら、俺は七海さんと柚葉さんに見られつつ洗濯を始める。
緊張する。
まるで高校入試の面接みたいだ。
俺は洗濯機に洗濯物を入れ、次に洗剤と柔軟剤を手に取る。
これを入れるってことはわかるんだけど、分量がわからない……。
いつも母さんがやってくれてたし、入院してからも、七海さんや柚葉さんにやってもらってたからよくわからない。
「どうしたんですか?」
「えっと……」
真後ろに立つ試験官、もとい、七海さんは俺の迷いに気付いてるようだった。
とりあえず進めるしかないのか。
そう思って洗剤と柔軟剤を、
「ストップ!」
だが、七海さんにその手を止められた。
「いいですか。何でも洗濯機に入れればいいというものではありません。まず洗濯できる衣類かどうか、それを洗濯表記を見るんです」
「は、はあ」
「それと、りっくん、洗濯用洗剤と柔軟剤の分量はてけとーじゃないんだよ? ちゃんと、どれぐらいの量に対してどれぐらい入れればいいか書いてあるの。ほら、後ろに」
止められてから、七海さんと柚葉さんに洗濯の仕方を教えてもらう。
無知な自分が恥ずかしい。
二人の説明は俺の知らないことばかりで、というよりも、普通なら知っていないといけない知識かもしれない。
だけど母さんは一切の家事を俺にさせてくれなかった。
──母さんの代わりに働く俺に罪悪感があって、家のことは自分でやると決めたんだろう。
家事だけは自分で。頑なに家事だけは一人でやってくれていた。
だから二人に教えられたことは初めて知ることばかりで、なんだか、母さんの苦労を知れて嬉しかった。
「あとはスイッチを押して……」
洗濯機に洗濯物と洗剤と柔軟剤を入れてスイッチを押す。
ピッと音が鳴ると、七海さんが、
「これで洗濯は以上となります。終わったら干す作業ね」
「はい、わかりました」
「うん、洗濯表記とかもちゃんと見れてたし、一回で覚えれて偉いね、陸斗くん。おつかれさま」
「教え方が上手いからだと思います」
「ふふっ、お世辞でも嬉しいです」
七海さんに笑顔で言われると、ドキッとする。
別に大したことしてないのに褒められると、それがお世辞だとしても嬉しいって思える。
そんなやり取りを見ていた柚葉さんはムスッとした表情をしていた。
「……ぶー。ねえねえ、わたしの教え方は? どうどう?」
「柚葉さんの教え方もわかりやすくて助かりました、ありがとうございます」
「そう? ふふん、褒められたー」
柚葉さんは嬉しそうにしていた。
子供っぽい笑顔に、こっちまで笑みが浮かぶ。
「次は夜ご飯の準備しますよ」
そう言って二人はキッチンへと向かう。
その後を追いかけると、七海さんは手際良く冷蔵庫から食材を取り出す。
「今日は妹菜ちゃんのリクエストで、親子丼を作ります」
「……なんで親子丼」
どうしてそれをリクエストしたのか。
俺は妹菜を見ると、リビングでこちらの様子を見ていた妹菜は、にっこりとした笑顔を浮かべていた。
「たべたいの!」
理由はわからない。たぶん、どこかで親子丼というワードが出てきて、食べたい気分になったのだろう。妹菜はいつもそうだから。
そんなことを考えてると、さっきの洗濯の過程では教えてくれていた側にいた柚葉さんが、俺の隣に立っていた。その手にはペンとメモ帳。
「柚葉さん?」
「えっと……まあ、あれさ。うん、あれ」
「はい、陸斗くん。柚葉さんのことはいいですから、料理を始めていきますよ」
そうして、俺は七海さんに教えられながら料理を始めていく。
慣れない包丁さばきだとしても七海さんは笑うことなく、こうしたらいい、ここはこう、と教えてくれる。
柚葉さんはどこか心配そうに俺の行動を見守っていた。
それはどこか親のような、弟を心配する姉のような、そんな不安そうな表情をしていた。
「手を切らないようにね。焦らないで、ゆっくりでいいから」
「は、はい」
隣に立ちジーッと七海さんに見られながら、食材を一口サイズに切っていく。
あまり見られながらするのは緊張する。
だけどそんな緊張した雰囲気を出すと、七海さんに「ほら、集中して」と怒られる。
俺の血が付いた親子丼をみんなに食べさせるのは駄目だ。俺は集中して、慣れない手付きで包丁を扱う。
「あわわ、だ、だいじょうぶ……? やっぱ、まだ危ないんじゃない……?」
けれど、横に立つ柚葉さんが視界の片隅に入る。
不安そうに右往左往しながら、七海さんに声をかける。
「いいえ、何事も経験が大切です」
「でも、さすがにいきなり一人でやらせるのは……。もし怪我したら大変だよ?」
「そんなこと言ってはいつになっても成長しません。いいですか、これは陸斗くんのためなんです!」
「だけど、もし怪我してトラウマになったら駄目じゃん……」
「そうならないように、私たちが付いてるんです!」
「それでも怪我したら痛いじゃん!」
両隣で謎の喧嘩を始めた。
俺に家事を教えようとしてるのは二人の考えだと思う。
だけど教え方が違う。
七海さんは自分で体験して覚えさせ。
柚葉さんは見本を見せて覚えさせる。
どちらも俺のことを思ってなんだけど……。
「いいですか、これは陸斗くんのためなんです! 怪我をしたって、それが良い経験となって、より早く覚えられます!」
「だめだめだめ! もしヒドい怪我したらどうすんの!? もう家事したくないってなったら大変でしょ!?」
俺は包丁を置いてため息をつく。
「……集中してるので、静かにしていただきたいんですが」
二人にそう伝えると、七海さんも柚葉さんも小さくなって「はい」と返事をする。
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