第4話 大丈夫のはずなんだ

「ただいま……?」



 家へ帰ると異様な雰囲気がした。

 時間は21時前。まだ寝る時間ではない。

 なのに物音はなく、いつもの妹菜の明るい声はしない。

 部屋の明かりが付いてるのは、リビングから光が漏れるだけだった。


 俺は靴を脱ぎ、リビングへ向かった。



「ただいま、どうかしたの?」

「……おかえりなさい、陸斗」



 リビングで母さんは、旅行にでも行くかのような、大きめのバックに荷物を詰めていた。

 それが着替えとかだというのは、すぐに見てわかった。



「おにいちゃん……」



 俺が帰ってきたのを見て、妹菜は悲しそうな表情のまま、ギュッと俺の足を抱きしめる。

 足に顔を埋め、グリグリと顔を左右に振る。


 すると、母さんは立ち上がり苦笑いを浮かべた。



「陸斗、お母さん、少しだけ入院することになったのよ……」

「えっ、入院……? もしかして今日、病院に行って──」

「ううん、大丈夫よ。ただ検査入院するだけだから。……7日ぐらい、みたい」



 母さんの体調は普段と変わらない。

 要するに、ずっと悪い状態が続いている。

 元から病弱だったこともあるが、俺と妹菜を一人で育てるために、いくつも仕事を掛け持ちして、体を酷使させてきたのが原因だって、前にお医者さんが言っていた。



「そう、なんだ……」



 俺はつい、弱々しい声を漏らしてしまった。

 だがすぐに首を振って、母さんに笑顔を向ける。



「わかったよ! 退院するまで、妹菜の面倒は俺が見るから」

「……ごめんなさいね、陸斗に辛い思いをさせて。お母さんが、親戚の人たちに頼めれば──」

「──母さん」



 俺は母さんの言葉を止める。

 親戚に頼れない理由は、俺と母さんだけが知っていて、妹菜は知らない。

 というよりも、まだ幼稚園に通う妹菜に伝えても理解できないと思う。


 ──駆け落ち同然で家を出て、頼れる親戚がいないなんて、妹菜が知る必要はない。


 俺たちを苦しめたくないと思って、母さんが俺に内緒で、親戚中に頭を下げていることも知っている。

 それに、いざという時に施設に入る予定もあることを。


 それは嫌だ。

 だから母さんの力になりたくて、妹菜を悲しませたくなくて、俺は頑張っているんだ。



「妹菜の面倒は俺に任せて。だから母さんは体調を良くすることだけ考えててよ」

「……陸斗。ごめん、なさいね……」



 口元に手を当てた母さんの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ出る。



「母さん、大丈夫だって! 俺はお兄ちゃんなんだから。妹菜も、なっ、俺がいるから元気だして」



 俺の膝に顔を埋めていた妹菜の頭を撫でると、顔を上げ、はっきりと頷いた。


 大丈夫。きっと大丈夫。


 ずっとこうしてきたんだ。

 だから母さんはすぐ退院して、またいつも通り三人で頑張るんだ。


 ──7日間だけ、いつも以上に頑張れば大丈夫。


 俺は自分に言い聞かせるように──無理な笑顔を浮かべた。

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