第16話「出て行け!」
「あ、あはは。愉快な御友人だったみたいだね」
就業時間を過ぎ、必死の思いで残業を終え、タイムカードを押す私の耳に届いたのは、憧れの石川様の声だった。
「ま、まぁ。趣味なんてのは人それぞれですから」
無理矢理浮かべたような苦しそうな笑みで必死のフォローを入れようとしてくれている。優しいお人だ。
「違うんです。その、昔の……知り合いなだけなんです」
涙ながらに説明しようとする私に、石川さんはそっと肩を抱き……。
「そう言う日もあるさ」
顔を引きつらせながら苦しいフォローを決めるのであった。
「今日は別件で約束があるので、これで」
あぁ……。
踵を返して去っていく石川様。
あぁぁ……! アイツのせいでぇぇ!!
もしかしたら今日もステキなおデートがあったのかもしれないのに。
そういう雰囲気じゃなくなったから台無しになってしまったのかもしれない。
お・の・れ・この恨みはらさでおきべきかぁぁぁぁぁ!!
私の中で怒りが限界点を越える音がした。
昔のゲームで例えるなら爆弾爆発?
好感度マイナス突破。
ゲームオーバーですこれ。
そんな気持ちで家に帰ると。
「おかえりなさいませ。奈々子殿。大丈夫でしたか……?」
勇者野郎がお出迎えしてくれやがる。
「大丈夫じゃねぇよ……」
「な、奈々子殿?」
「もう無理……」
無言で勇者のために買ってあげた布団やら何やらを玄関に放り投げる。
「えっと……?」
「餞別」
「え?」
「出てって」
冷たく言い放った。
「もう無理。もうこれ以上どうしようもない」
「奈々子殿……」
合鍵を奪い取る。
「もう帰ってこないで。どっか行って」
静かに聞き入れる勇者。
「わかりました。それを奈々子殿が望むなら」
すんなりと、受け入れると勇者は私の貸した私服風コスプレ服を脱ぐと、白銀の鎧を身に纏い、腰に剣を挿した。
普段なら、イケメン様の裸体なんて御馳走以外の何物でもない。
けど、今の心境では何の感慨もわかなかった。
私の心の中の何かが冷めたのだ。
「ただ、一つだけお願いを聞いていただけますか」
「何?」
「決して御無理をなさらぬように」
「は?」
「あれからずっと監察を続けていたのですが、奈々子殿が職場から帰ってくるたびにその……心が乱れ、荒れ狂っているように感じられました」
そりゃそうだ。
あんたが奴隷と言い放つような環境にいたんだから。
荒れ狂いもするさ。
「だから、あそこが全ての元凶ではないかと感じたのです」
そんな事のために?
そんな理由であんな事を?
「奈々子殿をお守りしたかったのです……でも全ては言い訳ですね」
静かに、勇者は口にした。
「実際に見て、確信しました。あの場所には様々な人間の悪しき気の乱れに満ち溢れておりました。あんな場所にいたら奈々子殿は……だから」
「あんたなりに私の事を考えてくれてたって訳ね」
「はい」
「でもごめん、もう無理。今はあんたが私の心を乱してるから」
「……そのようですね。申し訳ありません」
「謝らないで……もう、どうしようもないから」
無言のまま、荷物を手にする勇者に対して私は。
「さようなら」
冷たく一言言い放った。
脳内に冷たく苦い汁が注ぎ込まれるような憂鬱な感じ。
憎しみ? 悲しみ? 怒り? よくわからない。
自分が自分で無くなっていくような、世界が乖離していく感じ。
その時、私は一体どんな顔をしていたのだろう。
勇者は私の顔を一目見て、驚愕の表情を現すと――。
「わかりました。今まで、長い間ありがとうございました」
別れの言葉を一言告げると、踵を返すのだった。
こうして、勇者は私の家を出て行った。
その後、彼がどのような暮らしをするか、私にはわからない。
もう、私には関係ないことだ。
だって私にとって彼のことはもう、どうでも良い事なのだから。
――こうして、勇者のいない“日常”が戻ってくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます