第15話「オタクの美学」
オフィスビルを出るとそこには――。
やたら豪華な白銀の鎧を身にまとい、これまた装飾華美な緋色のマント。
そして腰に下げたるは例の煌びやかな剣。
そんなパツキンの
「おぉ、奈々子殿」
「おぉ、じゃない」
「ん?」
「ん? でもない」
「奈々子ど……」
「なんで……? なんでここにいるの?」
普段はあの私服に見えるコスプレでいてと言ってるのに。
絶対あの鎧着て外に出ないでって何度も念を押して伝えてたはずなのに。
そして、よほどの緊急事態でもない限り、職場には来ないでねって言い含めておいたはずなのに……!
「しかもなんで? なんでその格好? やめてって言ったよね?」
「あ、あぁ、えっとその……万が一にもオークやトロール、ミノタウロス辺りとでも遭遇したら危ないと思いましてな。はっはっは」
いるかそんな怪物ーーっ!!
「何度も外見てわかったでしょ? そんなのいないってわかってるはずだよね?」
すがりつくように、何で? と問いかける私に勇者野郎は――。
「それよりも奈々子殿。ここは危険です。二度と近づいてはなりませぬ」
意味不明な言葉を言い放ちやがった。
「はぁ?」
聞いた自分の耳をまずは疑う。
それしかできない。
それくらいに私の怒りと羞恥は限界を超えていた。
「ここが全ての元凶だったのです。だから奈々子殿――」
ゆえに、その瞬間、私の中の何かがぶち切れた。
スパーン、と意外にも小気味の良い音を鳴らして私の
そして――。
「帰れ」
私は面と向かって睨みつけ、勇者野郎に言い放つ。
「か・え・れぇぇぇぇっ!!」
「奈々子殿?」
「いいから帰って! もう二度とここへは来るなぁぁぁ!!」
勇者野郎を蹴り飛ばし、家へと無理矢理帰らせる。
何度も振り返ってはこちらを見て、やがてトボトボと去っていく勇者野郎。
どうやって来たんだか。
もしかして魔力的な探知とかでどこにいるかわかるようになっているのか?
しかも、あの格好で家から歩いて来やがったのか!?
やがて路地裏へと消えていく勇者野郎。
そして路地裏から光の柱があがる。
光の矢は家の方向へと向かっていった。
瞬間移動的な魔法が使えるのか。
それでこの近くまできたのか。
まぁ、それなら……それでもよくないっ!!
私はね? 確かにオタクだよ? それもかなりヘビーなね。
家にはBL作品からまともなアニメや漫画やらグッズから単行本まで色々持ってるよ?
抱き枕だって持ってるし、今まで使用した事もあったさ。
それでもさ?
だからこそわかる事ってのがあるんですよ。
オタクってのはさ? 日陰者な訳。
この日ノ本の御国では、いや世界的な規模で見ても、オタクってのは知られたらその後の人生を大きく狂わされるほどに周囲から白い目で見られかねない、後ろ指差されるような存在な訳。
だから私はずっと職場でも隠し通してきたのに。
そりゃあもう努力を重ねて必死に一般人を演じ続けてきたの。
平穏な暮らしのために、自分の好きを口にする事さえできない苦しみ、誰がわかる?
それでも血の涙を流しながら興味も無い内容の会話の中に混ざり、話を合わせ、必死にひた隠しにして来たのだ。
それなのに……あの野郎!!
「な、成瀬君……知り合いかね?」
あまりの出来事に部長がやってくる。
「いいえ、知らない人です」
「だがしかし……」
「聞かないでください……昔の……ちょっとした出来心からの……傷みたいなもんですから」
その後、私は、精神病で気が狂った元彼の話をでっちあげ、アニメや現実との区別がつかなくなり勇者の世界に入り込んでしまった哀れなコスプレ趣味の元恋人の話を語るのだった。
「そ、そう……そんな事があったのねぇ」
「ふ、ふぅむ。そりゃあ辛かったねぇ」
あの嫌味な部長やお局様ですら神妙な面持ちで話を聞いてくれた。
嘘がバレたらどうしよう、というよりも、自分の身バレの方が怖かった。
そしてイライラがあっという間に限界を超えて心の奥に膨れ上がってきた。
あの勇者クソ野郎……!
部長やお局様にも睨まれているってのに。
家計のやりくりさえも厳しいってのに。
どうしてくれるんだこの野郎!?
これから先、こんな視線に耐え続けながら働けってのか!?
オタクバレは回避できたものの、嘘を突き通すのは面倒だし、可愛そうな人扱いってのもけっこう厳しいし!
なんなんだ!?
私が一体何をした!?
確かに私が招きいれはしたけどさ?
いきなり転がり込んできて養ってもらってんならせめてもう少し申し訳なさそうに言う事くらい聞いてよ!?
働きもしないで家計を苦しめてさ? さらに職場にまで来て私の邪魔をするって何なのさ!?
その日は業務時間が終わるまで、ずっとこんな事を考えながら地獄のような心境で仕事を続けるのだった。
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