第10話「お局様のお小言! 成瀬奈々子のメンタルに痛恨の一撃!」


 お小言から解放され、しばし自らの業務をこなした後、催してきたのでトイレへと向かう。

 そして、すっきりした気分でデスクへと向かおうとしていると……。


 そこに立ちはだかる影が一つ。


 いやがったか……。


 第二の敵の登場である。


「成瀬さん」


 ピッチリと横別けされ、後ろでまとめた黒髪。

 無数に刻まれたしわは歴戦の戦士を思わせる。企業戦士的な意味でだが。

 への字口、にらみを利かせたお目々、腕を組んだ姿と、まぁ、見てわかるほどに御立腹。


 いかにもな、私怒ってますよ、プン、ってアピール。


 虫で言う所の警戒色かな?


「貴方、あれは何?」


 総務部のお局様こと山手石子やまのていしこは今日も今日とて私に難癖を付けて来るのだった。


「貴方ねぇ。部長とのお話に時間をちょっとかけすぎなんじゃないの?」

「はぁ」

「はぁじゃないでしょう? 貴方ねぇ。部長のお小言を理由にすれば休めるって思ってない?」

「いえ、そんな事は」

「そうじゃなかったら何? あんなに長々と」

「……部長に言っていただけませんでしょうか」

「部長のせいにするんじゃありません!」


 敵しかいないのかこの会社。

 あんだけ嫌味言われてんのに苦労してるねぇとか無いのかよ。

 若い男性社員の岩島の時とかはさぁ「負けないで、ガッツよ」とか励ます癖に。

 女の敵は女ってか? 色目使ってんじゃねぇよ。閉経ババア。


「まったく。貴方たるんでるのよ」


 そこから始まる長い長いお説教。

 いつだかもう忘れたような出来事まで持ち出してこれでもかとなじってくる。


 はぁ、帰りてぇ。


「はい、申し訳御座いませんでした」

「謝ればいいって問題じゃないの」


 そう来ますか。

 じゃあどうしろってんだよ。

 早く終わらせてくれよてめぇこそ時間の無駄なんだよ……っ!


 奴はさんざん言いたい放題抜かして昼休みになるまで延々と廊下でクソを口から吐く作業を続けてくれやがった。


 私の作業時間を返せ。


 んで、最後の決め台詞はこうだ。


「色目使ってんじゃないわよ。まったく」


 だれがあんなしなびたハゲじじいに色目なんざ使うもんかよ。


 挙句の果てに。


「いい? 貴方はねぇ」


 お代わりタイム発動。

 昼休みに入ってもなお、お小言を続けるつもりらしい。


 はぁ~……殴り飛ばしてぇ。


 私が勇者様だったらうるせぇの一言でワンパンですますわ。

 イライラと心の奥でモヤモヤが湧き出し、気分が黒い何かで覆われてどこかへ堕ち込んで行く。


 そこへ――。


「やぁ、山手さん。こんな所にいたのかい?」


 救いの手が伸べられる。


「あぁら。石川さん」


 さっきとは打って変わった弾んだ乙女のような声を出す山手ババア。


 そこにいたのは、我が社、石川商事営業部のエース。

 そしてこの会社社長の御子息であらせられる石川武一朗いしかわたけいちろうその人であった。


 この男、身分や立場がお金持ちなだけでなく、ものっそいイケメンなのだ。

 勇者様とどっちがイケメン? と比べようにも比べきれない別ベクトルに天元突破したイケメン様。

 勇者様が可愛い子犬系MAXレベルなら、彼はスマートな中型犬、もしくは狼というか、まぁなんかもう格好いい系にベクトルを最大限ふりきったイケメン様なのだ。


「ちょっと、お話があるんだけど。いいかな?」

「は、はい。私でよろしければ」


 目をハートに輝かせながら、年甲斐も無く頬を紅潮させ、山手のババアは去って行くのだった。

 色目使ってんのはどっちだよ。


 去り際に、石川さんがこちらにウインクを投げかけてくる。


 きっと私を守るためにあえて用事も無いのに声をかけてくれたのだろう。

 こういう所、本当優しいなって思う。


 心のイガイガが少し取れたようで、私はちょっとスキップ気味にデスクに戻ると、食堂へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る