第8話「魔法を使うのはフェアじゃないと思った」
その後、何があったのか詳しく聞いてみた。
なんでも、酔っ払った性質の悪い客がいたらしく、一緒に働いていた女性店員に色々とある事ない事イチャモンつけて絡んだ末に、責任取って遊びに行こうや、などと戯けた態度を取り始めたのだそうな。
まぁ、普通なら軽く適当な対応してスルーするなり、警察でも呼ぶなりしておけばいいはずなのに、そこはさすがの勇者様。
悪を許す事などできようはずもなく。
――なんてこの社会に不向きな。
割って入って高圧的に威圧して話をつけようとする勇者様。
あわてて止めに入る店長。
とめどなく吐き出される正論の嵐に対し、怒りくるって殴りかかるドカタ風の酔っ払ったおっちゃん。
オイオイオイ死ぬわソイツ。
ただの優男風イケメン兄ちゃんと思い込んで、思いっきり振りぬかれたおっちゃんの豪腕。
軽く片手で受け止める勇者様。
――そしてまさかの決めゼリフ。
「ぬるい。拳とはこう放つのだ……ッ!」
うん……なんてーかね。
面白いくらいに吹っ飛んだってさ。
その場で三回転くらいする光景が眼に浮かぶ。
どこのグラップラーだよアンタ。
――で、クビになったんだとさ。
まぁね。
この世の中、理不尽な事が多いってのはわかりますよ?
私だって力があったならさ?
ゴキブリみたいなゴミ部長やらうっとおしいクソお局様やらをフルボッコにして暴れまわりたいもんですよ?
でもね?
それをね?
やっちゃったら生きていけないから、どうにかこうにか耐えて抑えてがんばって暮らす訳じゃない?
それが“普通”ってもんじゃない?
……あ~、そうか。そうだよね。
こいつ勇者様だもんね。
普通じゃ無いんだった。
それじゃあ一般人の思考なんざわからんよね。
魔王でさえも暴力で叩きのめして問題解決して世界救っちゃうような輩なんだからさぁ。
うん、そうだよコイツ、ってか勇者って……。
暴力でしか物事解決できないゴロツキみたいな輩じゃん!?
まぁ、理屈はわかった。
無理やりにでも納得した。
けどさ~、一日でクビってどうなのよ。
まぁね、異世界からきたんだから、勝手もわからないだろうし、この世界の常識に疎いのもわかるよ?
ファンタジー小説でも酒場の酔客を殴り飛ばして解決するのもデフォルト案件だし、そういったものなんだろうよ?
そっちの世界ならね?
でもさぁ。
こっちの世界は違うんだよっ!!
いきなりベアナックルはないだろーーーっ!!
猛烈に突っ込みたい私。
「……せめてさ? 魔法とか使って穏便に済ませようよ?」
提案するも――。
「魔法を使うのはフェアじゃないと思った」
――違う、躊躇するとこそこじゃない!
「理解できん。俺は正しいことをしたはずなのだが……」
うん、ラノベの世界では
でもね?
ここは現実世界なんです。
空気読んで!?
「あれを見て見ぬふりをするのが正しいだなんて……邪悪な輩に頭を下げて見過ごすのが正義だなんて……! そんなのは間違ってる!」
ごめんね? 間違ってるのは貴方なんです。
「客は神様なんかじゃない。みんな等しく人間のはずだ。それを……! あんなのは間違ってる! 間違っていたなら、人としてそれを正してあげるのが正しき道のはずだ。そうだろう!?」
いや、理屈としてはわかるんだけどさぁ……。
それでもさ? 自分が損したら意味ないじゃん?
「あんなのは店員なんかじゃない、あの扱いはそう……奴隷だ。あれじゃあまるで、奴隷じゃないか……」
奴隷とまで言いやがりますか。
まぁ確かに、ある意味では正論なのかもしれないよ?
私たちはそれを当り前のように感じているけど、日本人が北とかの独裁国家に疑問を抱くように、外から見れば中の常識っていうのは異常なものに見えるものなのかもしれない。
実際、アメリカの人達なんかは、私たち日本人を仕事中毒と揶揄していたりするらしい。
それほどに日本の仕事事情は異常だと言う事だ。
アメリカじゃあコンビニ店員やら店の店員なんて、よほど高価な店とか、チップを大量にでも貰わない限り愛想よくなんてしないそうだ。
日本の従業員だけが安い給料で過剰なサービス精神を求められているって訳。
だけどね? “そうしなければこの国では生きていけない”んだよ?
お金が無ければ食べ物が買えない。
つまりは、生活費が稼げないから飢え死にするしかなくなる訳で。
それがこの国を生きていくルールみたいなもんな訳で。
そうしなければ生きていけない訳で。
この国で生きていくんだからさぁ、最低限のモラルくらい、守ろうよ?
それでも、勇者様は……。
「この国はまるで……前に解放した事がある、とある悪帝に支配された村のようだ」
唐突に語りだす勇者様。
「みんな苦しいのに、生きるためだと我慢する。仕方がないからとみんなで我慢して、正しくとも、異なる意見を持つ者を排斥し、苦しい現状を維持しようとする。それが正しいことなんだと言いわけして、全てを諦めて生きている……そんなのは人間の生き方じゃない! それじゃあ奴隷なんだ! ……この国はまるで、あの村と同じだ。年貢と言う名の生け贄をささげ、貧困にあえぎながら暮らしていたあの村と……一緒だ……!」
彼なりの視点で見た結果。つまり、外の世界からの視点で見たこの国に対する結論がそれらしい。
「それは悪しき生き方だ。世界をより悪くする! なぜなら、誰かが我慢する事で、みんなが我慢しなければならなくなるからだ。そうして結局“不幸の種”を見過ごして、結果何も変わる事無く、みんなが不幸であり続けるんだ。……もし、みんなで変えようと動いたならば、変えられるかもしれないのに。もし変えることができれば、誰も我慢なんてする必要がなくなる! 不幸でなくなるというのに!」
――考えた事もなかった。
私は今までずっと“常識だから”“ルールだから”と嫌でもそれに従って生きてきた。
それが一番楽だし問題が起きなかったから。
就職しなきゃいけないと言われたから生きていくためにいやいや就職して、興味も無い職に付いて、したくもない仕事をこなして。
そんで上司ってだけで、少し先に生まれて先に入ってきたからってだけで、上から目線になるような矮小な存在を、それが当たり前なんだって諦めて受け入れて。
辛いけど、辛くても、そんな奴らから受けたイジメみたいな儀式も我慢して、軽いセクハラ紛いなんざしょっちゅうだけど。それでも、生きていくには仕方の無い事だって諦めて……我慢して生きてきた。
それが正しいと思ってきたから。
そうでもしなければ生きていけないと思っていたから。
実際、そうしなければ食べていけなかったから――。
でも、私が今まで正しいと思って選んできた道は、勇者様から見れば、全部みじめな言い訳まみれの“逃げ”だったって事らしい。
しかも、世界をより悪くする、悪しき生き方なんだってさ。
――なんかむかつくね。
わかった気がする。
勇者様はさ、間違っていると思う事に対して“立ち向かえる”から勇者様なんだよ。
私たちとはきっと“根本的に違う”んだ。そう思った。
「……だったら、どうしろって言うんです?」
気づいたらそれを言葉にしていた。
言わない方が良い。そんなのはわかってる。
でも、気持ちが高ぶって、なんか理性で自分がコントロールできなくなっていた。
女ってのは厄介だ。感情が昂ぶると自分で自分がコントロールできなくなる。
――自分でも正直面倒くさい。
「それじゃあ抗って、例えば殺されろって言うんですか?」
相手の言い分にも一利はあるって気づいてた。
だって、私だって本当は嫌だったもん。
気持ち悪いハゲに尻なでられながらヘラヘラしてさ。
なんで我慢しないといけないの? って。
上司のミスのはずなのに八つ当たりでこっちのせいにされて怒鳴られたりもした。
虫の居所が悪いってだけで嫌味や愚痴を聞かされるのなんてしょっちゅうだ。
それでも愛想笑いしながら耐え続けないと生活ができなくて……。
そんな風に苦しまなきゃ生きていけない側の立場を、どうしてこの人は理解できないんだろうか?
「普通の村人の弱さ知ってますよね? 貴方とは違うんです。全員で立ち向かったって勝てない敵だっているんです! 勝てなきゃ死ぬんですよ! あんたの世界だってそうだったでしょ!? 立ち向かったって勝てなきゃ死ぬんですよ!! こっちの世界だって、歯向かったらおまんま食い上げで何も食べられなくって餓死して死ぬんです! 意地張って立ち向かい続けたら!!」
勇者様は申し訳なさそうに黙っていた。
自分が嫌いになりそうだった。
こんなくだらない事で喧嘩なんてしたくないのに。
「じゃあ、どうしろって言うんですか? これが悪しき生き方? だったらどうだって言うんです!?」
その時、私は理解した。
私はきっと勇者になんかなれない。
私は所詮、矮小な
自分を思い知った気持ちだった。
でもね? でもしょうがないでしょ?
私たちはそんな強くないんだよ。
間違いに立ち向かいたくたって一人じゃ勝てないんだよ?
立ち向かう。
革命を起こす。
例えそれが実現できたとして、その戦争のためにどれだけ犠牲が出るかわかっているの?
私だってこれって本当はどうなの? って言いたい事なんて山ほどあったよ。
でもそれを我慢しなきゃいけなくて、でもそれは確かに言い訳ともいえなくもなくて……。
――歪んだ常識に従わない、素直な彼を、子供の我侭みたいにキツく言うしかなくて。
「常識と戦うってのはね、世界と戦うって事なんですよ!? 世界なんて大きなものと戦ったって普通はリスクしかないんです。得なんて一切無いんです。そもそも勝てないんですよ! 誰もが
思えば私は大声で叫んでいた。
静かに、勇者が謝罪の言葉を口にする。
「すまない……俺も少し言い過ぎました」
申し訳無さそうに呟く勇者様。
けれどそれは私は……一瞬だったけど。
――ウザイ、と感じてしまった。
それからだった。
少しづつ、何かが壊れ始めてきたのは。
楽しかったはずの、潤っていたはずの幸福な日常に、少しづつ亀裂が入り始めたのは――。
その後も彼は、何度も色んなバイトにチャレンジするものの、行く先々でトラブルを起こし、結局三日以上もつ職場は見つからなかった。
彼は異世界でこそ勇者でいられたようだが、その性格は……。
こちらの世界においてはトラブルメイカー以外の何者でもないようで……。
こうして食料は底をつき、やがて貯金も危険域に達した頃。
――起こるべくして、その事件は起きた。
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