第6話「攻略ルートフラグ・キタコレ!?」


「まず、この世界について説明させて頂きますね」


 いきなり知らない世界に迷い込んでしまいさぞ悩んでいるであろう勇者様に私は少しづつ現状をお教えする事にした。


「たぶんですけど、この世界にはマナというものが無いか、魔法が使えるほど存在していないんだと思います」


『なんと……』


「仮にあったとしても、魔法の技術が体系化されていません。なので――」


『では、あの無数の明かりは一体何なんです?』


「街灯ですね」


『グァイ……トゥオゥ?』


「はい、街灯です」


『それにアレです! ここまで来る途中で見た金属製の動く車輪付きの箱。そう、まるで馬のいないチャリオットのような……』


「車ですね」


『クゥルマァ?』


「はい、自動車とも言います」


『……どれも私の国では見た事の無いものばかりだ。あの街灯グァイトゥオゥ自動車クゥルマァなどはそう、物質への高度な付与エンチャント魔法の類と見受けられるのですが!』


 付与エンチャント魔法ときやがったか。まぁ、そう思うよね。魔法が当たり前の世界から来たなら。


「えっとですね」


どう説明したものかとお茶などをすすりつつ。


「この世界には魔法という文化そのものが存在しないんですよ」


『なんと……』


「発達してないっていうか……ここでは空想の産物とされているんです。その代わり科学っていうのが発達しています」


『……クァガァ……クゥ?』


 きっとそういう概念自体が無いのだろう、さっきからなんか音だけを真似た変なイントネーションの単語で答える勇者様。


「んっと、まぁ……こーゆうの」


 そう言ってリモコンをピッと押す。


『箱の中に人間が!?』


 動き出したテレビに驚愕する勇者様。

 中にどうやって入ってるんだ? って感じでテレビを持ち上げたり後ろから見たりする。


「ちょまかれ! ちょまかれ!」


 テレビでは細かすぎで伝わらないモノマネ選手権がなぜかやっていた。


『これは、精霊か妖精の一種ですか!?』


「いいえ、テレビです」


『テレ……ビィ?』


「まんごー、らっしー!」


テレビの中では、ドゴーンと床が開いてお笑い芸人達が奈落へと落ちていく様が映されていた。


『翻訳魔法が通じない……!? こんな言語は始めてだっ』


 元から意味の無い言語は翻訳できないのだろう。

 困惑する勇者様。可愛い。


 続けてピッと、エアコンのリモコンを押す。


 温風が部屋を暖める。


『これは、快適温度化魔法サーマルマジックですね。流石にこれくらいはわかります』


「いいえ。エアコンです。あの箱から温風を出しています」


『エアァ……コンゥ?』


 さらにステレオのスイッチをピッ。

 

 大音量で流れる萌えアニソンに恐れ慄くイケメソ勇者様。


 キョロキョロとせわしなく周囲を見回して困惑していらっしゃる。



 くぁ、かぁ~い~よぉ~。おも~ちか~えり~!


 ……ってもうしてるか。



『だ、大賢者さま! どうか私めを今すぐにでも元の世界へ!!』


「だから~、無理なんですってばぁ」



 なんか異世界版の土下座なのかな? 頭を地にこすりつけて膝から下を持ち上げつつ、両手は蛙みたいに広げて肘を付いて持ち上げるという器用な珍ポーズまでして頼み込んでるし。


 めちゃくちゃ必死だよこの人。


 まぁ、わかるけどね。


 いきなり見知らぬ世界に飛ばされてもとの世界に戻りたいのはわかるけどさぁ。


 必死すぎ。


 笑っちゃいけないってわかってるんだけどなんかもう、可愛くて受ける。


 そんなことされても無理なものは無理なのに。



 とまぁ、その後もこんなやりとりを延々と続けたりしたわけで……。



 そして、小一時間ほど経った頃、ようやく理解してくれたらしい。



「くっ……なんという事をしてくれたんだ……! あの悪王めっ!」



 アナザーなディメンションを仕掛けてきた魔王っぽいのを呪っていらっしゃるご様子。



 とりあえず、よ~く説明しておいた。


 科学は万能じゃなく「異世界の門なんて開けませんよ~」ってね。



 で、結局はやっぱり「仲間が救いにきてくれるまでこっちの世界で待つしかない」って言う話の流れになったので……。



「じゃ、じゃあ……うち泊まって行きます?」



 ってな感じに……自然な流れでなっちゃた訳なのですよ!!



 ウホッ! これ、なんていう攻略ルートフラグ!?



『よ、よろしいのですか!?』



 そう尋ねる勇者さまに、そりゃあ「いいですとも!!」って即答したいところだったけど。


 ここはやっぱり乙女チックな恥じらいを見せたほうが好感度高いよね、きっと。


 なんて風に高度な戦略を高速思考展開させる私の脳みそ。いやぁ、女って汚い。



「え、えっと……。それはいいんですけど、そのぉ……」



 少し顔の角度を下げて、上目がちに見やりながら、頬をちょっとだけ上気させてっと……、うっし、これで完璧!



「エッチな事とか……ダメ……ですからね……?」


『も、もちろんです! 私もかつては勇者とよばれた身。むやみやたらと女性を手にかけるなんて、そんな……』



 赤面しながら狼狽してみせる勇者さま。


 格好良かったり可愛いかったり、見てて飽きない。


 いっそずっとこのままいてくれればいいのに。



「で、では、この線から先は、許可なく入っちゃダメですからねっ」



 ツンデレ気味に恥じらいながら――もちろん演技に決まっておろうがぁ! ――そう言った私の言葉を勇者様は……。



――クッソ真面目マトモに受け止めやがったぁぁぁぁッッ~~~……!



 それから数日、どうやら勇者様には鋼鉄並みの強固な意思メンタルがあったようで……。



 目の前に! 眼と鼻の先に! 自分で言うのも何だけど結構可愛い私が寝ているというのにも関わらず!!



 夜中動き出したっぽいからカモーンウェルカーム! 避妊具はバッチリ箱でそこにあるからねーっ! って思ったのもつかの間。

 普通にトイレ言ってるし。便座の温度とかウォシュレットにはしゃいでるし!



――彼は本当に、一度たりとも私には見向きもせず、一切手を出してはくれなかった。



 ってかさ~っ! 男だろぉっ!? セルフケア無しの数日間でさぁ! 一度くらいは性欲に負けてついムラッときてさ~、うっかりパクッとかしてくれてもいいんじゃない!?



 そうすりゃ責任云々で既成事実に持ってけるのにさ~。ちくせう。



 いやだって、男と女が一つ屋根の下ですよ?


 ほんの小さな出来心でさぁ~……?


 無防備な女の子をさぁ~、っと……いやいや、もう“子”といえる年齢からは若干腐りかけだけどさ?


 そこに転がってんのに!?


 腐りかけが一番おいしいって言うじゃんよぉ!?


 早く食べてくれないと賞味期限とかもうギリギリアウツなんですけどぉー!?


 察してくれよぉ!


 ク●ラのいくじなしーっ!


 どうしてクラ●が勃ってくれないのよぉぉ!


 素直になれない乙女の事情くらい汲んでちょうだいっての。


 女子が男子を泊めてあげるなんて言ったらさ~、なんだかんだ言ったってさ~……。


 まぁ場合にもよるかもだけど、基本OKって事じゃん?



 結果、ただでさえムラムラきてしょうがないレベルのイケメン男子が隣で寝息を立てているというのに、私は眠る前の素敵タイムさえも封印されるという、超絶! 悶絶!! 逆生殺し地獄!!! な日々を過ごさねばならない羽目に陥ってしまうのだった……。



――目の前においしいオカズが転がってるのに~!!



 おあずけくらったワンコの気分だよ……。



 そんな風にして始まった奇妙な同棲生活。

 だが、浮かれた私は失念していたのだ。



――この夢のような日々を過ごすためには、どうしても不可欠なものが足りていないのだということに……。


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