選択①『今すぐ妖精の世界に転生する』(2/2)
「ヒデポー、また明日な!」
「うん! また明日ー!」
学校が終わり、他の妖精達とクルミのカラでドッジボールをした。飛んでいる敵にボールを当てるのも、飛びながらボールを避けるのも大変で、慣れるまで負けっぱなしだった。
帰りは、途中までナジミーに案内してもらった。ナジミーの家も近所らしい。
ナジミーは俺と同じくらい平凡だけど、いいやつだ。アレで俺の理想どおり、家が芸能一家で、ミュージシャンのお兄さんと美人声優のお姉さんがいたら、最高だったんだけどなぁ。
「ただいまー」
俺の家は木の根元に生えた、赤い水玉模様のキノコだった。妖精の世界ではごく一般的な家らしい。
ドアを開くと、「お兄ちゃん、おかえりー!」と妖精の女の子が飛んできた。たぶん、俺の妹だろう。
台所では母親らしき妖精の女性が夕飯を作っている。俺が帰ってきたのに気づき、にっこり微笑んだ。
「おかえり、ヒデポー。学校はどうだった?」
「楽しかったよ。ウン十年振りに行ったけど、いいもんだな」
「ウン十年振り?」
「……いや、なんでもない」
「あはは! お兄ちゃん、また変なこと言ってるー!」
妹は腹を抱え、ケラケラと笑う。
妹も母親も、いたって平凡な顔だった。日が落ちる前に帰ってきた父親も、触覚と羽根こそ生えているものの、どこにでもいそうな普通の会社員だった。
家柄も普通、仕事も普通、お金持ちでもなければ、とり立てて特技があるわけでもない……普通だらけの家族だった。
せっかく新しい世界に生まれ変わったのに、これじゃ前の世界といっしょだ。
今は見るもの全てが新鮮だが、いずれこれが日常になる。そうなったら、俺はまた退屈な人生を送ることになる。
(ハァ……こんなことなら、他の異世界でポイントを貯めてから転生すれば良かった)
今日の授業で、妖精は少なくとも千年近く寿命があると聞いた。
次に転生できるのは、いったいいつになるのだろう?
気が滅入っていると、台所からいい匂いがしてきた。
「夕飯できたわよー」
「わーい! "ごちそう"だー!」
「今日はパパとママの結婚記念日だからね。奮発しちゃった」
母親が大皿を運んでくる。それぞれの皿へ、"ごちそう"を取り分けた。
「これが、"ごちそう"……?」
妹が喜ぶ一方、俺はそれを見て言葉を失った。
そうか。女神が言おうとしていたのは、このことだったのか。たしかに、アンケートには「食べ物が美味しい世界がいい」とは書いたが、食べ物の好き嫌いまでは書いてなかった。
というか普通、これは食材に入らないんじゃないのか? 女神的にはアリなのか?
「はい、お兄ちゃん。あーん」
動揺していると、妹が#それ__・__#をナイフで切り分け、フォークで刺して俺の口へと近づけてきた。
「ひぃッ!」
思わず、顔を背ける。
妹は不思議そうに首を傾げた。
「お兄ちゃん、どうしたの? "ごちそう"だよ? 食べないの?」
「い、いや、ちょっと心の準備が……」
両親も怪訝そうに見てくる。
これ以上拒めば、怪しまれる。俺は覚悟を決めた。
「よし、来い!」
「そんなに気合い入れるようなこと?」
目をつむり、口を開く。
夢にまで見た妹からの「あーん」が、こんなゲテモノで実現するとは思わなかった。非凡な状況だが、嬉しくない。
妹は改めて「あーん」とフォークに突き刺した"ごちそう"を俺の口へ近づけた。今度は避けずに食べた。
「う゛ッぐ……!」
吐き出しそうになるのをなんとかこらえ、噛み潰す。歯ごたえのある弾力のせいで、そのままでは飲み込めなかった。
ナジミーが話していたとおり、味はクリーミーで、不覚にも
「あ、意外といけるかも」
と思った瞬間が何度かあったが、不意に走る苦味でそれが何だったのか思い出し、
「やっぱ、無理ぃぃぃ!」
と、同じ数だけ戻しかけた。
なんとか飲み込み、コップのお茶で口をゆすぐ。万が一、歯磨きの時に"ごちそう"の破片が出てきたら、ショックで気を失ってしまうかもしれない。
「どお? 私が切った"ごちそう"、美味しい?」
妹は期待の眼差しで、小豆のようにつぶらな瞳を向けてくる。
……うん、妹は悪くない。悪いのは、女神を問い詰めなかった俺のほうだ。
俺は血の気の引いた顔で、ガクガクと頷いた。
「あぁ……美味しかったよ。でも、今日は食欲がないかな。腹の調子が悪いのかもしれない。俺の分の"ごちそう"はみんなで分けてくれ」
「いいのぉ?! やったぁ!」
妹は俺の分だった"ごちそう"を三分の一切り取ると、豪快にフォークを突き立て、口いっぱいに頬張った。妹が噛むたびに、ブチブチと音を立てる。
「ヒデポー、本当にいいのかい?」
「明日になったらお腹の調子も治ってるだろうし、残りは取っておいたら?」
「いいい、いらない! 今日は父さんと母さんの結婚記念日だろ? 二人が食べなよ!」
両親は「そこまで言うなら」と、残りの"ごちそう"を切り分け、それぞれの皿へ移した。
妹同様、ひと口で平らげる。口のまわりが"ごちそう"の汁でカラフルに染まっていた。
俺は付け合わせの野菜をモサモサ食べながら、心に誓った。
次に転生する時は、必ずアンケートに「昆虫食はNG」と書くこと。
それから、妹は美少女じゃなくても、子豚サイズの巨大な
END①「妖精の世界へようこそ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます