選択①『今すぐ妖精の世界に転生する』(1/2)

 俺はオプションの一部を我慢して、今すぐ妖精の世界へ転生することにした。

 全てのオプションを叶えられないのは残念だが、「妖精を見たい」という一番の願いは叶うんだから良しとしよう。楽しみだなぁ。

「了解しました! では、迎えが来るまでお待ちください」

 しばらくして、一台のタクシーが斡旋所の前に止まった。

 運転手の青年がタクシーを降り、小走りでこちらへ向かってくる。

「こんにちは! コウノトリタクシーです。お客様の平英望様ですね?」

 青年は爽やかにあいさつした。

 帽子とジャケットが白と黒、ズボンと靴と靴下は赤という、極端な配色の制服のせいで、せっかくの爽やかな笑顔が霞んで見えた。

「あ、あぁ」

(タクシー会社のセンスを疑うな……)

「転生先へお連れします。どうぞ、後部座席へお乗りください」

(タクシーも同じ配色だ……)

 言われるまま、タクシーに乗り込む。

 女神は斡旋所の中から手を振っている。何か言いたそうに、モジモジしていた。

「では、出発しまーす」

 タクシーが走り出す。斡旋所はみるみる遠ざかり、やがて見えなくなった。

 何もない、真っ白で平坦な世界が続く。斡旋所以外の建物も、人も、生き物も、何も存在しない。空すらも白かった。

 次第に外の景色に飽き、俺は眠りについた。




 目が覚めると、森の中に立っていた。

 奇妙なことに、草花もキノコも、何もかも巨大だ。木にいたっては、デカ過ぎて高層ビルみたいだ。

 見上げようとして、そのまま後ろへ倒れた。頭が異様に重い。上手くバランスを取れず、起き上がるのも苦労した。

「変だな。俺の体、どうなってんだ?」

 鏡の代わりに、木の根元に溜まっていた水たまりを覗き込む。

 そこには平凡な顔をした妖精が映っていた。頭には触覚が、背中には透き通った羽根が生えている。いかにも妖精が着ていそうな、キノコ柄のファンシーな洋服を身にまとっていた。

 頭と体の大きさがいっしょで、全体的に丸い。どうりでバランスが取りにくいはずだ。

「転生、したんだ。妖精の世界に……!」




 そこへ「ヒデポー!」と、俺に負けず劣らず平凡な顔をした妖精が飛んできた。

「何してるんだよ! 早く学校に行かないと、遅刻するぞ!」

「学校? それにヒデポーって、俺か?」

「あたりまえだろ? 走ってたら間に合わない! 飛べ!」

「えっ、ちょ、うわぁっ!」

 妖精に手を引っ張られ、体が浮く。

 木と木の間には、絶えず風が吹き抜けている。その風に乗っているうちに、だんだん飛ぶ感覚を思い出してきた。

 妖精から手を離し、羽根を小刻みに動かす。森の中を自由に飛ぶのは清々しかった。

「す、すごい! 俺、飛んでるよ!」

「初めて飛んだみたいに喜ぶなぁ。変なヒデポー」

「ところで、お前誰だっけ?」

「ナジミーだよ。大事な幼馴染の名前まで忘れちまったのか?」

「ははは。ごめん、ごめん」

 学校にはギリギリ間に合った。木の幹が校舎で、いくつもの教室が虫食いのようにくり抜かれている。

 ナジミーといっしょに窓から教室へ入ると、すでに大勢の妖精の生徒が集まっていた。飛んだり、遊んだり、微笑ましい光景だった。

 教室の内装も、前世とは全く別ものだ。

 机と椅子は硬さの違うキノコで、黒板とチョークは石。持っていたカバンを開くと、葉っぱを綴じた教科書とノートと、鉛筆代わりの削った木の枝がでてきた。

「みんな、席についてー! 授業始めるわよー!」

 スズランのチャイムと同時に、先生らしき大人の妖精が教室へ入ってくる。生徒の妖精達は慌てて自分の席に戻った。

「今日は森の植物についての授業します。教科書の八ページを開いてください」




 森の植物についての授業、外敵についての授業、エネルギー資源についての授業、どれもファンタジックで興味深いものばかりだった。

 授業が終わると、給食の時間になった。献立は木の実をすり潰して作ったパンケーキと、キノコのシチューだった。

「美味いなぁ。これに肉か魚でもついていたら最高なんだが」

「うん。"ごちそう"には負けるよね」

「"ごちそう"?」

 ナジミーは「"ごちそう"のことも忘れちゃったの?!」と驚いた。

「すっごく美味しいんだよ! 普通のより太くて、弾力があって、クリーミーで! お祝いの時にしか食べられないのは残念だって、ヒデポーも言ってたじゃん!」

「そうだったっけ?」

「そうだよ!」

 太くて弾力がある……ソーセージか?

 でも、クリーミーなソーセージってなんだ? 俺もいつか食べてみたいな。

 ポケットに入っていたスマホで検索しようとしたが、電波が入っていなかった。当然といえば当然だが、妖精の世界に電波は飛んでいないらしい。

(これじゃ、何のためにスマホを手に入れたんだか)

 俺はガックリと肩を落とした。

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