選択②『一括でポイントを集める』(1/2)

 俺は一旦別の世界へ転生し、全てのオプションを叶えられるだけの転生ポイントを稼ぐことにした。

 せっかく妖精の世界に転生しても、平凡な人生じゃ意味がない。どんなにハードな人生だって、俺は絶対くじけないぞ!

「……そうですか。私はあまりオススメしたくなかったのですが、仕方ありません」

 女神は転生先の「極寒開拓世界〈ドルーコャチッメ〉」のホームページを見せた。

 ブリザード吹き荒れる中、写真の住人は青ざめた顔で懸命に働いている。こんなに寒そうなのに、全員も薄着だ。見ているだけで凍えてくる。

「転生先はこちらになります。お客様のペースですと、平均寿命の五十歳まで生きれば、必要な50万ポイントが集まる計算です」

「ずいぶん寒そうだが、いったいどんな世界なんだ?」

「世界のほとんどが氷に覆われた、不毛の大地です。昼間でも氷点下を記録し、ほぼ毎日写真のような大荒れ。どんなに働いても貧しく、一生開拓人生。心が折れ、人生をされる方も数知れず……それでも、行きますか?」

 俺は力強く頷いた。

「行きます。平凡な人生から脱出できるなら、何だってやります。頑張ってポイントを貯めて、妖精の世界で幸せになります!」

 女神は「了解しました」と神妙な顔で頷き返した。

「では、迎えが来るまでお待ち下さい。どうか、お達者で」

 しばらくして、一台のタクシーが斡旋所の前に止まった。

 運転手の青年がタクシーを降り、小走りでこちらへ向かってくる。

「こんにちは! コウノトリタクシーです。お客様の平英望様ですね?」

 青年は爽やかにあいさつした。

 帽子とジャケットが白と黒、ズボンと靴と靴下は赤という、極端な配色の制服を着ていたが、今はそんなことどうでも良かった。ホームページの写真を思い浮かべ、「今からあそこへ行くのか」と恐怖で震えた。

「転生先へお連れします。どうぞ、後部座席へお乗りください」

「あぁ。安全運転で頼む」

「大丈夫ですよ。対向車なんて、めったに来ませんから」

 言われるまま、タクシーに乗り込む。

 女神は斡旋所の中から敬礼している。なんだか戦地へ送られるような気分になり、俺も敬礼を返した。

「では、出発しまーす」

 タクシーが走り出す。斡旋所はみるみる遠ざかり、やがて見えなくなった。

 何もない、真っ白で平坦な世界が続く。斡旋所以外の建物も、人も、生き物も、何も存在しない。空すらも白かった。俺がこれから行く世界も、こんな感じなのだろうか?

 景色を見ているうちに、不安になってきた。俺は目を閉じ、そのまま眠りについた。




「おい、新入り! こんなとこで寝てんじゃねぇ!」

「冷たぁーッ!」

 皮膚を刺すような冷水を浴びせられ、目が覚めた。ガタイのいい男がバケツを片手に、俺を見下ろしている。

 暗い。ここは洞窟の中らしい。

 遠くには光が見える。外に続いているようだが、出たいとは思わなかった。

 外はブリザードが吹き荒れていた。わずかでも洞窟へ吹き込むたびに、カミソリで皮膚を撫でられたように痛かった。体が濡れているので、なおさら寒い。

「あの、代わりの服を借してくれませんか? このままじゃ、凍え死んでしまいます」

 俺は寒さで震えながら、男に頼んだ。

 この極寒の中、俺はランニングシャツに半ズボンにサンダルという、季節ガン無視の格好をしていた。よくこの格好で寝れたな。

 洞窟には俺と男以外にも人がいたが、皆忙しそうに洞窟を掘っていた。無言で、「トンカンカン」と作業の音だけが響いて聞こえる。俺をかばってくれそうな人間は一人もいなかった。

「服を貸すだと?」

 俺に冷水を浴びせた男は「ガハハハ!」と、豪快に笑った。

「面白いジョーダンだ! 何でお前なんかのために、俺の服を貸さなきゃいけねーんだよ! そんなことしたって、1ドルーコ(この世界の通貨らしい。俺の前世の一円に近い)の得にもなりゃしねぇのに!」

「で、でも……」

 なおも食い下がろうとすると、男はギロッと睨んできた。

「そんなに服が欲しけりゃ、てめぇの金で買いな! それ以上無駄口叩く気なら、外へ放り出すぞ!」

「す、すみません!」

 俺は落ちていたツルハシを握ると、慣れない手つきで洞窟を叩いた。動いていれば、そのうち温かくなる。

 男は気が済んだのか、洞窟のさらに奥へ去っていく。すると、隣で作業をしていた青年がコソコソ話しかけてきた。

「バカか、ヒデ。班長から服を借りようとするなんて、寝ぼけてても言うもんじゃないぞ」

「ヒデ……それって、俺の名前か?」

「他に誰がいる? ショックで記憶が飛んじまったのか?」

「そうかもしれない」

 嘘は言っていない。タクシーに乗ってから洞窟で目が覚めるまでの記憶は、完全に失われている。自分が何者なのか、なぜこんなところで働かされているのか、何も分からなかった。

 青年は憐れに思ったのか、「使え」と自分のハンカチを差し出した。

「拭かなきゃ死ぬぞ。ただでさえ人が足りないんだ、倒れられたら困る」

「ありがとう。洗って返すよ」

 俺はハンカチを借り、濡れた体を拭いた。

 どこかの民族衣装の切れ端のような、凝った作りの布だ。布の裏には「オサム」と刺しゅうがされていた。

「オサムというのは、お前の名前か?」

「幼馴染の名前まで忘れたか。薄情なやつめ」

 オサムは俺とこの世界について、ぶっきらぼうだけど親切に教えてくれた。

 ドルーコャチッメは世界のほとんどが氷に覆われた、不毛の大地だった。

 人々は地上で住むのをあきらめ、地下に穴を掘って生活するようになった。家、畑、牧場……生活に必要な施設はなんでもそろっている。

 だが、そこに住めるのは特別階級の人間だけだ。俺やオサムのような貧乏人は地上にかまくらを作って生活し、特別階級が住むための穴をひたすら掘らされた。

「俺達がここへ来たのは出稼ぎのためだ。俺の家もお前の家も、新しく服を買えないくらい貧しいからな。ここは岩盤が硬くて掘りにくいから、他より給料がいいんだよ」

「へぇ、服ってそんなに高いのか」

「超、超、超高級品さ。麻も羊毛も、服の材料は地下でしか作れないからな。そのハンカチも、死んだばあちゃんの形見なんだ」

 ……ハンカチをしぼろうとした手が止まった。

 凝ったデザインのハンカチだとは思っていたが、まさか形見だったとは。

「わ、悪い! ちゃんとクリーニングに出してから返す!」

「だから気にすんなって。ばあちゃんも、貸さない方が怒るだろうし」

 班長が戻ってくる。俺達は会話をやめ、作業に集中した。

 女神の言っていたとおり、かなりハードな世界だ。

 だけど、俺には目標がある。オサムという親しい友人もいる。

 きっとなんとかなるはず……そう、この時は楽観していた。

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