選択③『分割でポイントを集める』(1/2)
ハードな世界は嫌だ!
なんか寒くて、上司がクズで、幼馴染が死んで、天才的頭脳を持つ変人に付きまとわれて、死ぬまで世界のために働かされて、妖精の世界なんてどうでも良くなってしまうような……とにかく嫌な予感がする!
俺は何度か転生し、分割で転生ポイントを稼ぐことにした。女神のイチオシだし、ポイントを集めながらいろんな異世界に行けるなんて最高じゃないか?
「では、三回コースと五回コースと十回コースの中からお選び下さい。転生する回数が少なければ少ないほど、苦しい人生になります」
「逆に言えば、多ければ多いほど楽ってことだろ? もっと増やしてもいいんじゃないか?」
「ダメです。記憶を保持したままの転生には、自我崩壊の危険性があるんです。個人差はありますが、最大でも十回が限度でしょう。もし、十回目までに必要なポイントが貯められなかったとしても、十一回目以降は記憶を消させていただきます」
……ってことは、もしかして記憶がないだけで、俺は今までにも転生したことがあるんじゃないのか?
女神に聞きたかったが、怖くて口にできなかった。俺はこれで何度目なのだろう?
「分かったよ、十回コースにする。ハードな人生じゃなきゃ、それでいい」
「了解しました! では、迎えが来るまでお待ちください」
しばらくして、一台のタクシーが斡旋所の前に止まった。
運転手の青年がタクシーを降り、小走りでこちらへ向かってくる。帽子とジャケットが白と黒、ズボンと靴と靴下は赤という、コウノトリと同じ配色の制服だった。
「こんにちは! コウノトリタクシーです。お客様の平英望様ですね?」
青年は爽やかにあいさつした。
「あぁ、コウノトリタクシーだからコウノトリと同じ色なのか」
「お客様、鋭い! 賢者の素質がおありになるんじゃないですか?」
「さすがにそこまで賢くはないぞ」
「コウノ。余計なことは言わなくていいから、早くお連れして」
「はーい。どうぞ、後部座席へお乗りください」
言われるまま、タクシーに乗り込む。
女神は斡旋所の中から手を振っている。声は聞こえなかったが、「よい旅を」と言っていた。
「では、出発しまーす」
タクシーが走り出す。斡旋所はみるみる遠ざかり、やがて見えなくなった。
何もない、真っ白で平坦な世界が続く。斡旋所以外の建物も、人も、生き物も、何も存在しない。空すらも白かった。
「ここって、あの世なんだよな? 三途の川が流れてたり、閻魔大王がいたりしないのか?」
「申し訳ありません。お客様には冥界の事情を詳しく話してはいけない決まりになっているんです。僕達と同じ冥界の住人におなりになるなら、別ですけど」
「うーん。しばらくは予定にないな」
この世界について考えているうちに、俺は眠りについた。
斡旋所を出た後、俺は様々な異世界に転生した。
モブだけど勇者のパーティに入れられる世界、嘘つきだらけの世界、スライムしかいない世界、軍隊の給食係になった世界、平和だと思っていたらゲームの中にいた世界、医者がいない世界、凡人が優遇される世界、千回祭りをしないと魔王が復活する世界、人間が機械化している世界……。
どの世界も楽しいことと悲しいことが、等しく交互に起きた。その度に選択を迫られ、時には非情な決断を下すこともあった。
平凡な日々ばかり送っていた俺にとって、適度に刺激的な人生だった。アンケートに書いたオプションも、十回の転生であらかた叶ってしまった。
「これだ……これだよ! 俺が生きたかった人生は! 生きてるって感じがする! 最高だぜー!」
最初のうちは楽しかった。
ところが、幾度もの生と死、出会いと別れ、快楽と悲哀、食事と排泄、旅と定住を、繰り返し、繰り返し、繰り返し……繰り返していくうちに、俺の中の何かがマヒしていくのを感じた。
最初の世界では感動していた出来事も、五回目か六回目になると、何の感情も生まれなくなった。何を見ても、何を食べても、何が起こっても、何も感じない。
「これが女神が言ってた、自我の崩壊ってやつか」
十回目の転生で、ようやく事の重大さに気づいた。が、もう手遅れだった。
今さら最初に望んだとおりの人生を手に入れたいとは思えない。記憶を消せば、素直に楽しめるようになるかもしれないが、果たしてそれは幸せなことなのだろうか?
俺は十回目の世界で、賢者のケンジーンに相談した。
この世界では賢者が一番偉い。あらゆる職業に賢者がいて、民は彼らを頼って生活している。
中でもケンジーンはあらゆる分野に特化した、すごい賢者だった。転生のこと、女神のこと、これまで旅した世界の数々……全て打ち明けたが、驚いた様子もなく「なるほどのう」と呑気に白く長いヒゲを撫でていた。
「お前さんはあの斡旋所へ行った時の記憶があるのかえ。珍しいやつじゃ」
「ってことは、ケンジーンも?」
「うむ、うろ覚えじゃがのう。ワシは前世、いくら勉強してもダメダメなアホの子じゃった。来世ではめちゃ賢いオジジになりたいと願い、叶えてもらったのじゃ」
「俺は……この先どう生きていけばいいんでしょう? いっそ、廃人になったほうが幸せなんじゃないでしょうか?」
「やることがないなら、ワシのように若いもんの人生相談に乗ってやってくれ。今のお前さんなら、どんな問いにも答えられるじゃろうて」
「それ、いいですね」
考えもしなかった。
平凡だった頃の俺は平凡な価値観でしか答えられず、かえって相手を怒らせてしまうことが多かった。あらゆる悩みに飽きた今なら、上手く助言できるかもしれない。
俺は自らも賢者を名乗り、民の相談を聞くようになった。本名は別にあったが、自虐を込めて「平凡仙人」と名乗ることにした。
ケンジーンのお墨付きというのもあって、相談者は後をたたなかった。どの悩みも、これまでの世界で体験したものばかりで、スラスラと答えていった。
相談者が親になり、子供ができ、その子供も相談者になり、孫が生まれ、その孫も俺に相談してきた。
百年ほど経った頃、ケンジーンが「もう歳だから」と引退した。数年後、彼は息を引き取った。
ケンジーンがいなくなり、俺は世界一の賢者の称号を継いだ。一人、また一人と賢者はいなくなり、彼らの仕事を俺が受け継ぐ。
民は俺一人を頼るようになり、何もしなくなった。しだいに人口が減っていき、俺は一人になった。
「……ヒマだな」
霧が立ち込める山を見ろし、つぶやく。
誰もいなくなった世界で一人になっても、何の感情も湧いてこなかった。
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