地球のどこかで
最終話 地球のどこかで
10年前。
K病院で看護師として勤務していた江角晴彦はひとりの新生児を連れ去り逃走した。
それは江角が学生時代に一方的に思いを寄せていた女性の息子であった。
江角は10年間山奥の廃村に隠れ住み、誘拐した子供に久彦と名付け自分の息子として育てていたのである。
7月30日、町のガソリンスタンドで給油中に職務質問を受け、誘拐犯・江角は逮捕された。
江角は子供の居場所を吐かなかったが、9月4日、捜索隊によって山村近くの森の中にある地下の隠し部屋から子供は救出された。
しかしその際に怯えた子供が猟銃を発砲したため、隊員のひとりが死亡するという痛ましい事件になったのだ。
驚くべきことに救出されたその子供は日本語をまったく解さなかった。
「警部、最初は彼の話す言葉が何語かわからずに苦労しましたよ。医師のひとりがどうやらタイ語らしいというので、近所のタイレストランから日本語のわかるタイ人を連れてきて通訳してもらっているのですがね」
若い刑事が、警部と呼んだ男にそう話した。
父親の赴任で幼少期をタイですこした江角は、子供をタイ語で教育していたのだ。
「村の家で見つかった子供の本や教科書もすべてタイ語でしたよ。タイ語のドラえもんてあるんですね。日本のマンガはすごいなあ」
警部は黙って頷きながら話を聞いている。
「しかしどういう心理なんでしょうね?片思いの女の生んだ子供を攫って自分の子として育てるって。私には理解できませんよ」
「俺にもわからんな。とりあえずその通訳を呼んできてくれ」
若い刑事に連れられて通訳のタイ人がやってきた。
「警部さん、あの子はすっかり犯人に騙されていますよ。犯人を父親だと信じています」
「ふん、そうか。母親に会わせてどうだった?」
「これはママじゃないって追い出してしまいました。プールクランだと言ってます」
「プールクラン?なんだそれは」
「日本語で言うと・・・えーと・・ああ、侵略者ですかね」
「ふーむ、侵略者ね。我々もすべて彼にとっては侵略者なわけだ。これは時間がかかりそうだな。とりあえず君たちは子供からもっと話を聞きだしてくれ」
若い刑事と通訳の男は、ふたたび子供の病室に向かった。
病院の廊下に一人残された警部は天井を見上げると、誰に言うとなくつぶやいた。
「さてプールクランか・・まいったな。これは江角と子供の処分を上に相談せねばなるまい」
僕とパパと侵略者たち 冨井春義 @yoshispo
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