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明転。
目に入ったのは優しく微笑む聖母画。
よくよく思案したところ、僕は今天井を見上げているらしい。
所々掠れているが布の質感や血色、そしてその瞳は絵画だとは思えないほどの出来栄えだった。
母の顔も知らぬ僕は、何故かこの聖母に彼女の面影を見出していた。
「そんなにそのフレスコ画が気になるのかい」
その声で僕はようやく絵画から目を離し、周りを見渡した。
ドアをギギギと鳴らし入ってきたのは、白髪混じりの中年紳士と、彼に付き従う小柄な女性だった。
「それは僕が産まれる前からある、古いフレスコ画なのさ。国で1番の画家に描かせたのだそうだ。どうだ、美しいだろう」
「ええ、とても。…ところで僕は一体?」
「そうよあなた、家の目の前で倒れているんですもの。この不景気な世の中そんな人は沢山いますけど、どうも貴方は他人のような気がしなかったのよ」
端的に言えば僕は飢えと寒さでたおれたところを、このご夫婦に救われたらしい。改めて彼らの衣服や屋敷を見渡すと、どれも豪華絢爛だった。
僕が横たわる寝台もふかふかと柔らかく、太陽の匂いがする。この柔らかさはもしや羽根だろうか。
ここは僕の居ていい場所ではない、そうそうに立ち去るべきだ。そう判断した僕は自分を助けてくれた御礼を述べてから、何も返せることがないことに気がついた。
ポケットの数枚の硬貨など、彼らにとっては端金にも程がある。
「折角僕のようなものを助けて頂いたのに、僕はあなた方に何かを返すことすら出来はしません。身なりでお解りの通り僕は賎しい何処の馬の骨とも分からないものですから」
そう恐る恐る告げた僕に、彼らは顔を見合わせてから僕に笑いかけた。
「いいんだよ、助け合いだと言うじゃないか。それに僕たちは君に何処か懐かしさを感じたから助けたのだ。気にすることは無い」
「そうよ、寧ろずっとここにいてもいいのよ。私を本当の母親とお思いなさいな、何不自由ない生活を約束しますよ」
ただし。そう言って彼らは同時に枕元に目を向けた。
「そのカスケット帽は決して被らないで欲しい。いいかね?」
首を1回振った僕は、その日から安心できる暮らしを手に入れた。
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