第2話 もう一つの結末





『おかえりなさい』


 ただいま……ってここどこ? 周囲は真っ暗で何も見えない。

 確か私、殿下と一緒に馬車に乗ろうとしていて、それから……そうそう、ポプラレスの科学者に魔法銃で撃たれたんだった。で、それからどうなったの?

 人の気配はない。私は今、何もない空間に一人だ。

 ……もしかして私、死んだの? うそでしょ? 確かに撃たれた時は、もしかしたらこのまま死ぬんじゃないかなあっとは思ったけど。まさか本当に死んじゃった? それで、ここは天国? それとも地獄?


『ちょっと、勝手に殺さないでくれる?』


 どこからかそんな声が聞こえた。

 というかこの声……私?


『そうよ。私は貴女、貴女は私よ』


「なにそれ、どう言う意味……?」


 私が声を発すると、謎の声はもう聞こえなくなった。なんだったの?

 とにかく早く帰りたい。殿下はあの後大丈夫だったのかな。私、ちゃんと殿下のこと守れたんだろうか。こんなところに居ると、なんだか不安になってくる。


 もう何分経ったか分からない。もしかしたら何時間も経っていたかもしれない。

 ただ一つ感じるのは、この空間がデジャブだってこと。よく考えてみたら一度ここに来たことがある気がする。

 

 そう思った瞬間、目の前に大きなスクリーンのようなものが現れた。うわ、これもなんだかデジャブ……。

 確かこれは……そう、十二歳の時のあれだ。当時の私は記憶の中の靄を取るために魔法療法を受けた。目の前のものは、その時見たものとよく似てる。


 ……よく分かんないけど、このスクリーンみたいなものに正面から飛び込めばいいんだっけ? そうすればその中の記憶を見ることができた。過去にこの空間に来た時にそうしたはず。


「取り敢えず、飛び込むしかないか……よし! ……えいっ!」


 私は勢いよくそこに飛び込んだ。






 気が付くと、そこには処刑台があった。そしてその周囲にはたくさんの民衆や貴族達。私は少し離れた場所からそれを見ていた。

 暫くすると、群衆がどっと湧いた。処刑台に一人の女性が上がったからだ。その女性は強い眼差しで前を見ていた。後悔はない、そう訴えているように見えた。

 これが誰なのかは最初から分かってた。断罪される直前のディアナわたしだ。

 もしかしてこれは、時が戻る前の私の最期のシーンってこと? 


 何故そんなものを見ているのか分からない。ディアナの首の上に置かれた刃物が勢いよく落ちる音がして、私は思わず顔を背けた。


 これが断罪された私の結末だった。


 群衆の興奮は収まらない。私のすぐ傍では、大きな人だかりが出来ていた。その中心にいた人物は、殿下だった。もちろん私の知ってる殿下ではなく、時が戻る前――つまり私が断罪されたこの世界線でのランドルフ・エメ・ルーブだ。

 だけど様子がおかしい。顔色が悪いし、目も虚ろな気がする。まあ気分が悪くなる気持ちも分かるけど。

 周囲の人達は、殿下に向かって口々に声を発していた。


『殿下、ありがとうございます! 貴方様はポプラレスに通じたあの悪女を断罪し、我々に平穏を与えてくださいました!』

『その賢明なご判断は歴史に名を残しますね! 王族の鑑です!』

『ランドルフ殿下、万歳!』


『あーあ可哀想に。いくら罪人でもあのお嬢さんはまだ十七歳だろ?』

『しかも元婚約者だってさ。偉い人ってのは血も涙もないのかね』

『ッシ! 聞かれたらお前らも首を刎ねられるぞ!』


『ランドルフ殿下! 今どういったお気持ちですか? どうか一言お願いします。先ほど刎ねられたディアナ・ベルナールの首は見ましたか?』

『殿下!』『ランドルフ様!』『ランドルフ殿下!』……


 一斉に様々な声をかけられた殿下は、顔を伏せたまま早足でその場を去った。

 私はそれを追いかけていた。周囲の人達はまるで早送りされたかのように過ぎ去り、消えていった。


「殿下……!」


 私はその後ろ姿を追いかけ続けた。もちろん声は届いていない。だってこれは、時が戻る前の出来事。私はそれを見ているだけなんだから。

 殿下は次第にフラフラと頼りない足取りになって、終いにはその場に崩れるように座り込んだ。


『うっ……』


 殿下は口元を押さえ、胃液を吐き出した。次第に苦しそうに息が荒くなっていく。

 ええ、ちょっとちょっと……大丈夫なの? 誰かいないの? 誰か助けてあげてよ。

 そう思って周囲を見たけど、人はいない。一人でいつまでも苦しんでいる姿が見ていられなくて、私は思わず駆け寄った。そしてその背中をさすった。

 今の私が何をしても意味がないのは分かってる。だけど放っておくのも可哀想だし……。

 すると殿下の青白くなった唇が動いた。

 

『私は……なんてことを』


 殿下はそう呟いていた。

 

「そ、そんなに気に病むことないですよ。仕方なかったんです。ディアナわたしが悪事をしたのは事実ですし、殿下にも立場ってものがありますし……」

 

 声をかけても聞こえていないと分かっていても、ついそう言ってしまった。

 そして私は、過去にグレンズ先生の幻術で見させられた回帰前の出来事を思い出した。

 そこでは、殿下がディアナの罪を少しでも軽くしようとしてくれていた。それはポプラレスに利用されていただけのディアナに、死罪は重すぎると判断したからだった。だけど結局、その提案はディアナによって断られてしまったのだけれど……。


「私の罪を軽くしようと密かに動いてくれてたじゃないですか。あれ、嬉しかったですよ」


 私は背中をさすりながら、そう言っていた。って聞こえるわけないのに。私ったら何言ってるんだろう。

 すると殿下はゆっくりと顔を上げた。そして虚ろな目でこちらを見た。あり得ないけど、目が合ったように感じた。


『……貴女の幻覚が見えるなんて。とうとう私は気が狂ってしまったようだ』


 殿下は感情のない声でそう言った。私は驚いて、背中に当てていた手を離した。

 幻覚って、まさか私のこと見えてるの? それか本当に幻覚が見えてしまっているの? ……真相は分からない。

 殿下は私から視線を外し、今度は独り言のように言葉を続けた。


『初めて会った時、貴女は私のことを「自分を輝かせる宝石」だと言ったね。……本当に、なんて失礼な人なのだと思ったよ』


 それを聞いて急に気恥ずかしい気持ちになった。

 そうだった。幼い時からディアナは性格に難があった。そこから巻き返すのが、どんなに大変だったか……。


『……だけどあの時の貴女は、羨ましいぐらい純粋な目をしていた。何の打算もない、ただの少女だった』


 殿下は昔を懐かしむように遠い目をしていた。

 そんな風に思われていたなんて知らなかった。

 

『私達はお互いに別の人を好きになったけれど……それでも、幼い頃から嫌でも近くにいたのは貴女だった。……だから、私には分かるんだ』


 そこまで言いかけて、殿下はもう一度私を見た。


『ディアナ・ベルナールは、こんな結末を迎えるべきではなかった』


「……っ」


 殿下の虚ろな瞳から一筋の涙が流れた。それにつられて、私の目からも涙が溢れていた。

 なんでこんなに苦しいんだろう。私は堪らなくなって、殿下に触れようと手を伸ばした。だけどその瞬間、目の前の全てが霧になって消えた。





 また真っ暗な空間に戻ってきてしまった。私はその場に崩れ落ちた。


 知らなかった。断罪する側の気持ちなんて。今まで一度だって、そんなの考えたことなかった。


 どうして私がこの世界に転生したのか。そしてなぜ時が戻ったのか。なんとなくだけど、その理由が分かった気がした。

 きっとそれは、“この結末”を変えるため。


『そうよ。やっと分かったみたいね』


 どこからか、また声が聞こえた。この声の主が、今なら誰か分かる。


「どこにいるの、貴女は私なんでしょう?」


 私がそう言うと、暗闇だった目の前が突然光った。薄目でその先を確認すると、そこに現れたのは見知った派手な顔に長身の少女……それは私の姿だった。だけどいつもの私よりも化粧が濃くて、ドレスも笑っちゃうぐらい趣味が悪い……じゃなくて奇抜だ。そんなもう一人の私は、腕を組んでこちらを見ていた。


『趣味が悪いなんてひどいわね。はこれが一番イケてるって思ってたの!』


「そうなの? だけど、そのお化粧も濃すぎるよ。それじゃ皆が怖がっちゃう」


 私の言葉を聞いて、もう一人の私は顔を赤くして声を上げた。


『もう! そんなの分かってるわよ。あーあ、せっかく貴女にお礼を言おうと思ってたのに……』


「えっ、お礼? 私に?」


 予想外の言葉に驚いていると、目の前の私は照れ臭そうに笑った。


『うん。……ありがとね、この結末を変えてくれて』


「あ、それは……どういたしまして?」


 何て返していいのか分からず、曖昧な返事をしてしまった。自分にお礼を言われるなんて思いもしなかった。するともう一人の私は、再び口を開いた。


『じゃ、そろそろ戻ったら? あんまり殿方を待たせるのはよくないわよ』


「戻る?」


『ええ。今の貴女には、待ってくれている人がいるでしょ? 早く帰ってあげなさいよ』


 もう一人の私は、そう言ってニカッと歯を出して笑った。その笑い方は、悪役っぽい見た目に全然似合ってない。だけどこっちまで笑顔になる顔だった。


「そうだね、早く戻らないと。……殿下が待ってる」


 私がそう言うと、もう一人の私はゆっくりと手を振った。




 また意識が遠くなる。

 いつの間にか、暗闇だった世界が明るくなった気がした。眩しい。

 そして私は、長く閉じられていた瞳をゆっくりと開けた。

 

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