第五章 完結編

第1話 静寂(sideランドルフ)



 ベッドで眠っている君は、まるで違う世界に行ってしまったかのようだった。


 あの日、ディアナは私を庇った。自分に向けられた銃口が魔法を無効にする代物だと知らず、彼女は私を庇って撃たれてしまった。

 幸い早急な処置をしたため命に別条はなく、傷口も数週間で塞がっていった。

 しかしディアナはずっと眠ったままだ。王宮の一室で眠り続けている。あの日からもう一年が経とうとしているのに……。



「感染症も起こしていませんし、眠っていること以外に問題はありませんね」


 フォーズ魔法医は苦しげにそう零した。


「いつ目覚めるだろうか……」


「分かりません。本来ならもう目覚めてもおかしくない状態なのです。ですがこの様子ですと、まだ記憶の中を彷徨い続けています」


 魔法医の見解では、今のディアナは夢の中で記憶を巡っている状態になっているらしい。それは彼女が十二歳の時に受けた治療とよく似ていた。魔法銃で撃たれた衝撃で、何故かそんな状態になってしまったと言う。もちろん前例はないらしい。

 この一年、国一の魔法医がどんな手を尽くしてもディアナは目覚めなかった。最早なす術がなく、もう彼女が自分自身で目覚めるのを待つしかないと言われた。





 私の心は、生きているのか死んでいるのかも分からないぐらい虚ろになってしまった。私はディアナが眠るベッドサイドで、ただ待つだけの生活になった。


「まだここにいたの」


 開いていた部屋の扉から顔を出したリチャードが、私を見てそう言った。


「フォーズ魔法医なら、さっき診察が終わって出て行ったけど」


 私は力なくそう答えた。それ以上話す気力もない。


「別に父上を探してたわけじゃない。君を探してたんだ」


「……なんだよ」


 もう誰とも話したくない。だがリチャードはそんな私の思いに反して近付いてきた。そして隣の椅子に腰掛けた。


「最近眠れてないだろう? 以前より痩せたし、すっごくやつれてるし……。それではディアナ嬢が目覚める前に倒れてしまうぞ」


 何を言い出すかと思えば、そんなことを。確かにあの日から朝まで通して眠れたことは一度もないし、最近は食事も喉を通らなくなった。だけどそれが何だっていうんだ。

 私はそう思って不貞腐れた態度を取ったが、リチャードは話すのをやめない。


「父上が君に眠れる薬を出した筈だ。その様子だと飲んでいないだろ。……いい加減に自分の身体を大事にしてくれ」


「……ディアナは今もこうやって苦しんでいるのに、なぜ私だけ楽にならないといけないんだ」


 私のせいでこうなってしまったのに。

 本当に自分が憎くて仕方がない。どうして守れなかったのだろう。ディアナはなぜ私なんかを庇ったのだろうか。


「こんな思いをするぐらいなら、あのまま撃たれればよかった」


 私は抑揚のない声でそう呟いていた。リチャードはそれを聞いて怒ったように唇を噛み締めた。


「はあ?! 何言ってるんだよ情けない! ディアナ嬢はきっと目覚める。大丈夫だ。君がそんな弱気でどうする!」


「きっと目覚めるって……それはいつなんだ。そこまで言うなら早くディアナを目覚めさせてくれよ。できないのか?」


「それはっ……」


 リチャードは言葉を詰まらせた。意地の悪いことを言っている自覚はある。

 リチャードだって、ディアナがこうなってからずっと強がっている。その上、私の身体の心配までさせてしまって申し訳ないと思ってはいる。だけど私はもう限界なんだ。友を気遣う心の余裕もない。



「はぁ、もう……ディアナ嬢が目覚めたら好きだって言っちゃおうかな。君は性格が悪い上にヘタレだし、彼女も僕の方がいいって思うかもしれない」


「はあ? なんだいきなり……」


 そう言って睨みつけると、リチャードは叩きつけるように持っていた小さな箱を私に押し付けた。


「悔しかったらそれ飲んで寝ろ!」


 声を荒げてそう言ったリチャードは、私に背を向けて派手に音を立てながら部屋から出て行った。箱の中には捨てたはずの眠り薬と栄養剤が入っていた。

 彼なりの気遣いだった。私はその後、少し言いすぎてしまったと反省した。




「ねえ、ディアナ。……早く戻ってきてよ」


 眠る彼女の前髪を掻き分け、私は消え入るような声でそう呟いた。もちろん返事はなく、あったのは静寂だけだった。





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