第16話 銃声


 タチアナ様の証言のもと、国王陛下よりポプラレス弾圧の命がくだっていた。

 そしてあの煙の中、リーダー格であったアルペア神父や他のポプラレスのメンバーは公安騎士団によって拘束された。グレンズ・オルセンを除いて。


 グレンズ先生はあの爆発音と共に姿を消した。あれは先生が発した魔法だったらしい。今、公安騎士団が先生を必死になって探している。

 だけどポプラレスのリーダーも幹部達も拘束されてしまったし、騎士団が総動員されている今は先生もこれ以上事件を起こすことはできないだろう。

 それに先生の最後のあの言葉……あれを信じるなら、もう復讐のために生きることをやめてくれたはずだ……。






「ディアナ、足は大丈夫か?」


 殿下は私の痛めた足首を気遣ってくれた。先程までは痛くて立ち上がることも一苦労だったけれど、殿下が応急処置の治癒魔法をかけてくれたおかげで大分楽になった。


「はい。痛みもほとんどなくなりました」


「よかった。だけど念のため後で魔法医にも診てもらおう」


 そう言って殿下は私に手を差し伸べた。私はその手をとってゆっくりと歩きだした。

 殿下の横顔が朝焼けに照らされている。もう夜が明けたんだ。……長い夜だった。




「グレンズ・オルセンがまだ逃走中なのが気がかりだけど、ポプラレスは解体されたし、取り敢えずは一件落着だね」

 

 私達に駆け寄ってきたリチャード様は、ほっとした様子でそう言った。すると隣のギデオンが揶揄うように口を開いた。


「え、リチャード先輩って何かしてましたっけ?」


「おい、僕が何もしてなかったみたいに言うな! こっちはこっちですごく大変だったんだからな!」


 そう言って二つに割れたタチアナ様の指輪を見せてくれた。私がつけられていた指輪にそっくりだ。

 これをジュリアちゃんがものすごく頑張って割ってくれたらしい。すごい……。


「すみませんでした……私がへなちょこなせいで時間がかかってしまって。私ってほんとダメダメです……」


 ジュリアちゃんは申し訳なさそうに私達に謝った。


「そんなことないです。指輪を割ってくれた上に、危険を顧みずにここまで駆けつけてくれて……本当にありがとう」


 私がそう言うと、ジュリアちゃんは花が咲いたように笑った。


「そうだね、君はよく頑張った。指輪を割ろうとして屋敷の天井を吹っ飛ばした時は、本当にどうなるかと思ったけど……」 


 リチャード様はそう付け加えて小さく笑った。

 指輪チームもかなり壮絶だったみたい。やっぱり強い魔力をコントロールすることは簡単なことじゃないんだね。

 でも何はともあれ、皆に怪我がなく済んでよかった。



「ランドルフ殿下〜! 本当によかったですねぇ! では例の約束、是非お願いしますよっ! フフッ」


 突然やって来た男の人が、殿下に向かってそう言っていた。なんか、ニヤニヤしてる。それにこの声……どこかで聞いたような……。


「オーブリー、それはまた後日だ」


 殿下はそうあしらって、私の手を引いて歩き出した。

 後ろからさっきの男の人の熱視線を感じる。私ではなく殿下に……。


「殿下、あの人誰ですか?」


「ああ……ただの情報提供者だ。ディアナは気にしなくていい」


 殿下はそう苦笑した。

 情報提供者……? 殿下にそんな人がいたなんて知らなかった。なんだか怪しげな人だったけど……殿下はあまり説明したくなさそう。また後でどういう人なのか調べておこうかな。

 私がそんなことを考えているうちに馬車が停められた場所の付近までたどり着いた。


 私と殿下には王族用の馬車が用意されているらしい。それに乗って一度王宮に行き、その後屋敷に帰る予定だ。

 ふと、お父様とお母様の顔が頭に浮かんだ。二人にもかなり心配をかけちゃっただろうな。悪い娘でごめんなさい。そう心の中で呟いて足を進めた。

 その途中、すれ違う公安騎士団の人たちが話す声が耳に入ってきた。


「アルペアを除きポプラレスのメンバーを確保。このアジトにいるのはこれで全員だと思われます」


「よし、上に報告する。引き続きグレンズ・オルセンの捜索を進めてくれ」


 ん?? 十名? それじゃ逃走しているグレンズ先生とリーダーのアルペア神父を入れても十二人よね? 

 でも確か……地下のあの場には十三人いなかった?? あれ?


「どうした?」


 殿下が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 まずい。嫌な予感がする。さっき拘束されたメンバーを横目で見たけれど、一人だけ顔を確認できなかった人がいる。てっきり別のところに拘束されているのだと思ってた。


 私は急いで周囲を見回した。まずいまずい。公安騎士団はほとんどグレンズ先生の捜索に行ってしまったし、残された一人はおそらくあの人――科学者のビリーとかいう男だ。

 すると突然、頭上から奇声が響いた。


「アヒッ! ヒッヒッヒ!! アッハッハァーーー! どうせ捕まるなら僕の最高傑作をここで試しちゃうよ! エヘッ! ど・ち・ら・に・し・よっかな!」


 奇声の主はやっぱりあの男で、私と殿下のすぐ真上の建物の屋根の上に登っていた。……何をする気?

 殿下は咄嗟に私を後ろに下がらせて、魔法で半透明のシールドを作った。


「よぉーーーーし! じゃあ王子の方にしよっと! イヒッ!」


 男はそう言いながら紫色の拳銃を取り出し、殿下に銃口を向けた。

 まずい。その銃、もしかして。

 私は考えるよりも先に身体が勝手に動いていた。





 バン、という鈍い音が響いた。

 目の前の殿下の顔がどんどんと青くなっていく。ああ、よかった。私、間に合ったんだ。

 男が引き金を引く一瞬の間に、私は殿下の前に被さった。おかげでシールド魔法を突き抜けて飛んできた銃弾は、私の背中に命中してくれた。


 やっぱり……あの時言っていた魔法を無効にする銃だったんだ……。

 痛い。沢山血が出てる。視界が霞む。……もう立っていられない。

 私はその場に倒れこんだ。微かな感覚で、殿下が私を抱え込んでくれて、何か叫んでるのが分かった。

 周囲が騒がしい。ああ、痛いな。私……ここで死ぬのかな……。






 意識がどんどん遠くなっていった。


『おかえりなさい』


 どこからかそんな声が聞こえて、私の視界は完全に黒一色になった。

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