第15話 決戦


「ディアナ! もう、どこ行ってたんだよ。どれだけ心配したと思ってるんだ!」


 途中で合流したギデオンは、そう声を上げて私に駆け寄ってきた。怒っているような口調なのに、今にも泣き出しそうにも見えた。舞踏会で私が急にいなくなって、きっとすごく不安だったよね……。


「ごめんなさい、本当に……」


 ポプラレスに誰も巻き込みたくなくて一人で突っ走ってしまったけれど、結果的に私は周りの人たちの気持ちを考えていなかった。過去の自分を叱ってやりたい……。


「ギデオン、ディアナ、追手が来ているかもしれない。まずは外に出るぞ」

 

 殿下は冷静にそう言った。私達は頷いて、先へ進んだ。

 そしてその間に、私はポプラレスについて話せることを全て二人に打ち明けた。


 


「グレンズ・オルセン……奴が君を脅したのか」

 

 殿下は静かに怒っているように見えた。やっぱり、学園関係者がポプラレスだったなんて信じられないよね……。

 するとギデオンも不機嫌そうに声を上げた。


「あいつ、前から気に入らないと思ってたんだよ。ディアナに馴れ馴れしいから」


「あー……」


 それはきっと時が戻る前の記憶があるからだろうけど……混乱させたくないからそのことは敢えて言わなかった。

 私達は広いエントランスのような場所に出た。もう少しで出口へ到着する。するとちょうど正面から数名の人影が見えてきた。ポプラレスの追手かと思って身構えたけど、その心配は杞憂だった。


「ベルナール公爵令嬢! お怪我はありませんか?」


 そう声をかけてくれたのは、公安騎士団の制服を着た人達だった。殿下が私の捜索とポプラレスとの交戦に備えて出動させていたらしい。


「大丈夫です。皆さんありがとうございます」


「はい! 後は我々にお任せください!」


 騎士団の人達はそう口を揃えた。なんて頼もしいんだろう。そして、その内の一人が殿下に報告をしていた。

 

「テューダー令息からの伝言です。『指輪の件は解決した。ジュリア・マグレガー嬢と共に早急にそちらに向かう』とのことです」


「そうか、ありがとう」


「指輪の件……?」


 何のことだろう。そう思っていると殿下と目が合った。


「タチアナ嬢も君と同じ口止めの指輪をされていたんだ。今頃、彼女からポプラレスの情報が多く語られているはずだ」


 タチアナ様が……? 

 開いた口が塞がらなかった。私の知らないうちに、ポプラレス弾圧への動きがこんなに進んでいたなんて……。


「ジュリア・マグレガーとこっちに向かってるって……リチャード先輩は一体何考えてるんですかね」


「おそらく、彼女ならポプラレスに対抗できると踏んだのだろう」


「……なるほど。彼女は奥の手ってことですね」


 殿下の言葉を聞いたギデオンは瞬時に納得した表情を見せた。

 なるほど……ポプラレスは今までどんな手を使っても、ジュリアちゃんを攻撃できなかった。今回はそれを逆に活用するってことか。

 私達や公安騎士団の皆さんに加えてジュリアちゃんの魔力があれば、飛び抜けて強い力を持ったグレンズ先生でも敵わないはず。そんなこと私一人では考えつきもしなかった……。

 そう感心しているうちに、出口に着いた。追手もなくこんなに簡単に外に出られるなんて、何か怪しい……。

 そう思った瞬間、どこからか大きな地響きがした。


 ……な、何?

 驚いて周囲を見回そうとすると、いきなり背後から熱風が襲ってきた。


「うわっ……!」


 私は勢いよく吹き飛ばされてしまった。咄嗟に受け身をとったけれど、地面に叩きつけられて身体中が痛い。私は慌てて顔を上げた。

 ……誰もいない。四方を高い炎の壁に囲まれている。どういうこと……?

 完全に周りと遮断された。炎の壁がどんどん燃え上がっている。そして壁の外からは皆の声とともに、銃声や剣の交わる音が聞こえてきた。

 この壁は強い炎属性の魔法……きっとグレンズ先生の仕業だろう。


 すると正面の炎の壁が突然開き、二人の人影が見えた。それはグレンズ先生とアルペア神父だった。


「クソッ! 計画が台無しだ! グレンズ、この娘はもう要らん。早く殺せ!」


 アルペア神父は私を睨んで大声でそう怒鳴った。私は急いで立ち上がろうとしたけど、力が入らない。さっきの吹き飛ばされた衝撃で、足首を痛めてしまった。


「……っ」


 まずい。何とかしないと。

 だけど先生の力に太刀打ちできる魔法が頭に浮かばない。それにもう大きな魔法を使えるような力は残っていない。どうすればいいの。

 先生はゆっくりと私に近付いてきて、目の前で立ち止まった。


「ディアナ、君は一時の感情に流されて過ちを犯した。そうだろう?」


「過ち……?」


「そうだ。君がそれを認めるなら、今回は助けてあげよう。気の迷いだった、もう二度と私を裏切らないと誓えば、私は君を殺さない。そして君を誑かした奴らをこの場で始末する」


 するとそれを聞いたアルペア神父は顔を大きく歪めて先生に詰め寄った。


「な、何を勝手なことを言っている! 私が殺せと言ったのだ! 早く殺さんか!」


 だけど先生はそれに答えることなく言葉を続けた。


「分かっているだろう? 私は復讐のためにここまでやってきたんだ。それをここで無駄にさせないでくれ」


 先生は強い口調でそう言った。だけど私の心は決まっている。


「復讐なんて、私は望んでいません」


「そんなはずはない。私達のやるべきことは復讐しかない。君も心の底で望んでいるはずだ。今度こそ私達の輝かしい未来を作ろう。さあ早くっ……この行動は過ちだったと認めなさい!」


 先生は駄々をこねる子供のように声を荒げた。


「グレンズ、いい加減にしないか! 私の命令を聞け……」


「うるさい。今は私がディアナと話してるんだ」


「なっ! なんだその口の利き方は……!」


 アルペア神父は顔を真っ赤にしてそう言った。だけどそれに構うことなく、先生は私の顎を掴んで顔を近づけた。


「君は誰といるべきなのか、それぐらい分かるはずだ。だから我々の仲間になったのだろう? 懸命な判断だったのに」


「それは……違います。被害を最小限にするためにしたことです。だから、今はもう貴方に従うつもりはありません」


 はっきりとそう答えた。自分でも驚くほど落ち着いた声だった。

 私は一人じゃない。そう思うと勇気が湧いてきていた。それは殿下が教えてくれたこと。私は皆を信じて、やれることをやる。

 先生の目が血走っている。その目は怒り、苛立ち……そしてどこか不安そうに見えた。


「……グレンズ、もう復讐のためだけに生きないで」


 私はそう声を発していた。それは自分が自分じゃないみたいで……まるでゲームのあのディアナが憑依したような感覚だった。

 その言葉を聞いて、先生はハッとした様子で目を見開いた。そしてそのまま私の顎から手を離した。


「貴方の時が戻ったのは、復讐のためじゃない。幸せを掴むためよ」


「……っ」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。目の前の先生を真っ直ぐ見つめていると、すらすらと言葉が出てきてしまった。


「ディアナ、君は……」


 先生は何かを言おうと口を開いたけれど、それと同時に炎の壁が乱れて、外から人が入ってきた。


「ディアナ!」


「殿下……!」


 私を呼ぶ声と共に現れたのは殿下だった。そして素早く私の肩を抱き、先生から引き剥がした。


「……グレンズ・オルセン、私は貴方を許さない」


 殿下は激しい剣幕でそう言い放った。私の肩に添えられた手に力が入り、強く抱き寄せられる。

 先生はそんな私達を無表情で見下ろしていた。

 

「おいっグレンズ! 早く二人とも殺してしまえ! 何をしている! ドブネズミ同然だったお前をここまで育ててやったのは誰だと思っているんだ! 命令に背くな!!」


 アルペア神父は血相を変えてそう叫んでいたけれど、先生は相変わらず神父の言葉を無視していた。そして一度俯いてから、静かに私達を見据えた。


「ディアナ……君は、それで幸せになれるのか?」


 落ち着いた口調でそう言われ、私は迷わず口を開いた。


「ええ、必ず……必ず幸せになってみせます」


「……そう」


 先生はなんとも言えない表情で相槌を打った。先程の殺気立った様子とは別人のように見えた。

 殿下は私達のやりとりに眉を顰め、そのまま私の手を引いた。そして先生を警戒するように、私の前に立った。向こうが少しでも動けば、きっと殿下も魔法を使うつもりだ。沈黙が訪れ、緊張感が走る。


 するとその時だった。

 大きな水音が聞こえ、一瞬にして大雨に打たれたように身体中がずぶ濡れになった。周囲は水浸し。炎の壁も崩れ落ちた。

 そのお陰で壁の外にいたギデオンや公安騎士団の人達の姿が見えるようになり、武装したポプラレスのメンバーと戦っている最中だと分かった。

 だけど皆、水浸しになった今の状況が理解できず、手が止まってしまっていた。

 そんな中、この緊迫した場面に不釣り合いな軽やかな高い声が響き渡った。


「みなさまっーー!! ご無事ですかー? 私もこちらから援護しまーーす!」


「ちょ、ジュリア嬢……! 君はそんなに目立っちゃだめだ!」


 そこに居たのは、ジュリアちゃんとリチャード様だった。


「ああっそうでした! 私は最後の切り札なんですもんね! ってどうしましょう、私ったら……もうこんなに派手に登場しちゃいました……」


 ジュリアちゃんはオロオロした様子でそう言ったけれど、周囲は唖然としていた。

 あの炎の壁を一瞬で壊した。ジュリアちゃん……レベルが違う……!


「くそッ! あの女、能力が上がってるじゃないか! グレンズ、もたもたするな! 早くしろ! 早くあいつら全員丸焦げにしてしまえ!!!!」


 アルペア神父は鬼気迫る表情でそう声を上げた。すると先生はずぶ濡れになった周囲を見回して、小さく吹き出した。


「フッ、ハハ。アハハハハハハハ!」


「おい、なんだ。気でも触れたか? さっさと命令に従え!」


 先生は今の状況に笑いが堪えきれないといった様子だ。そして清々しい笑顔のまま、最後に私を見た。


「確かに、君は幸せになれそうだ」

 

「えっ……」


 予想外の言葉に、困惑してしまった。

 私の周りでは、殿下やギデオン、そして公安騎士団の人達が先生に向かって攻撃の魔法を使う構えをとっていた。だけど先生は動じずに言葉を続けた。


「君の勝ちだ。……私も、復讐の為に生きるのをやめてみるよ」


「グレンズせんせ……」


 私がそこまで言いかけた時、爆発音と共に目の前一面に白煙が上がった。

 何が起こってるの? 身動きが取れない。何も見えない。

 その白煙はしばらく消えなかった。

 


「逃げたぞ! 追え!!」


「アルペアを確保しました!」


「他のメンバーも拘束しろ!」


 喧騒の中、やっと視界が開いた。その時にはもう、アルペア神父は公安騎士団に拘束されていた。そして他のポプラレスのメンバーも。だけど、先生の姿だけはなかった。

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