第9話 真相Ⅱ (sideランドルフ)



 

 目の前の男――オーブリーを見た途端、隣にいたリチャードは顔を引き攣らせていた。


「なんだ、知り合いなのか?」


「そんな仲じゃない。ランドルフも見たことあるだろ。ほら、あれだよ……えっとあれ」


「え?」


 人の顔は一度見たら滅多に忘れないのだが……目の前の男に見覚えはない。


「お初にお目にかかります、ランドルフ第二王子殿下。はあ……やはり実物はオーラがありますねぇ……! フフッ」


「は……」


 息継ぎなく話し続けるオーブリーに圧倒され一瞬言葉を失った。


「申し遅れました私、ロイヤルベルタ社の編集長兼記者のオーブリー・テナーです。ああ……! 長年追い続けてきた殿下にこんな形で直接お会いできるなんてっフフッ……堪りませんね!」


「無礼者! 殿下に対して気安い話し方をするな!」 


 従者の一人がオーブリーを止める形で一旦静寂が戻った。


「ロイヤルベルタ……?」


 ……ああ、そういうことか。隣のリチャードが苦い顔をしている理由が分かった。


 ロイヤルベルタ――大袈裟な社名に反して、王族のゴシップ……要するに悪口ばかり流している新聞社だ。興味はないが一応は把握している。


「最近は私の記事が多いと聞くが……そんなに私が好きか?」


「ええ! それはもちろんです!」


 皮肉を即答で肯定されてしまい、自然と顔が引き攣る。

 なんだこいつは……。あんな記事ばかり書いているから私のことが嫌いで仕方ないのかと思っていたのに。

 するとリチャードが声を上げた。


「去年の魔法祭の時、僕らのこと男色の仲とかいう嘘っぱち書いてただろ。あれまだ許してないからね?」


 確かにそんなこともあった。その記事には、私がリチャードの魔法石を使ったことが根拠として書かれたらしい。しかしあれはそもそも、私がディアナに魔法石を贈るためそうなってしまったから誤解もいいところだ。今はそんなことはどうでもいいが……。


「嘘っぱちだなんてそんな…… ! ふふっ、可能性は無限大じゃないですか!」


「なっ、笑ってないで反省しろ! ランドルフ、この人もう不敬罪でいいでしょ。一度ガツンとやっちゃおう!」


 リチャードがそう言うと、オーブリーは顔を青くした。


「そんな! この国はどんな身分だろうと自由に表現と意見ができる権利が認められてますから! これはその権利に則ってっ……」


「はあ?! デタラメ書いたくせに都合が悪い時だけそんなこと言って!」


 二人は互いに引く気はない様子だ。この男の態度は確かに気に食わないが、ディアナを見たと言う情報が本当なら無下にできない。


「リチャード、その話は後にしよう。オーブリー、ディアナを見たと言う話を聞かせてくれるか」


「もちろんです! 殿下!」


 オーブリーはそう言って、ねっとりと頬を緩めた。なんというかこの男……気味が悪いな。寒気がする。





 オーブリーは意気揚々と話し始めた。

 彼は取材のためによくこのようなパーティーに足を運んでいるらしい。そして今夜偶然踊った相手がディアナの特徴と完全に一致していたと言う。


「いやあ、おっかない人でした。私が殿下のお話を……まあ、噂をですよ? 少し話しただけなのに、あのお嬢さん声を荒げて怒ってきて……」


「……なるほど、私の悪口を言ったというわけか」


 この男は他人を苛つかせる才能があるらしい。私はいつもより語勢が強くなっていた。オーブリーは取り繕うように口を開いた。

 

「悪口だなんて! これは私の仕事ですから。いい噂にも悪い噂にも敬意を持って、漏らすことなく記事にしたいんです! そ、それにしても、驚きましたよ。貴族のご令嬢でもあろうお方が、人目も気にせずあんな大声で怒鳴るなんて……」


「それ以上、ディアナを侮辱したら許さない」


 私は彼の言葉をかき消すように言い放った。

 自分のことはどう言われても構わないし、慣れているが……ディアナの事となると冷静でいられなくなる。

 オーブリーは焦った様子を見せたが、まだ黙ろうとはしない。


「いっいえ……! だからその、殿下はものすごく愛されていますねって言いたかったんです! そりゃ怒りたくもなりますよねぇ!」


「は?」


 愛されている……だと? その言葉と共に、先刻のディアナとのやり取りが鮮明に思い出される。

 どんな気持ちだったのだろうか。でたらめな噂から私を庇ってくれたのに、その私に冷たい言葉を浴びせられ、突き放された。あの時、ディアナはどう思っただろうか。

 先程までオーブリーに向いていた怒りが、今度は自分自身に向いた。何がディアナを侮辱したら許さない、だ。彼女を一番傷つけたのは私じゃないか……。

 胸の奥が苦しくなった。だが今は、彼女を見つけだすことが先だ。私は静かに呼吸を整えた。


「それで……その後、彼女はどこへ行った?」


「はい。ええっと……彼女の兄だという男がいきなり現れて、その人に手を引かれてどこかへ行ってしまいました。なんだか只事じゃないというか……訳ありって感じでしたよ」


 それはおそらく庭園で見た仮面の男だろう。あの男……顔は見えなかったが、既にどこかで会っているような気がする。一体誰なんだ。

 オーブリーは顎に手を当て、考え込む様子で言葉を続けた。


「殿下、これは記者の勘ですが……この件は深追いしない方がいいと思いますよ」


「それはどう言う意味だ?」


 ディアナがいなくなったというのに、放っておけと言うのか? そんなこと出来るわけないだろう。

 オーブリーはばつが悪そうにこちらを見た。


「ご存知ないですか? このパーティーの裏で『ポプラレス』というイカれた連中が、勢力拡大のために動いているとか、いないとか。ま、これも噂に過ぎませんが……」


 『ポプラレス』の名前は勿論知っている。平民思想が強い組織だが、弾圧しなければならないほど過激な活動はしていないと聞いている。


「以前は平和的な組織でしたが、最近はいい話を聞きません。最近でもポプラレスを追跡取材した記者が、不審な死をとげたという話も聞きます」


 オーブリーはここに来て初めて真剣な顔を見せた。

 すると突然、部屋の隅で控えていたタチアナ嬢が声を上げた。


「んんんー!!! ……は……ですわ!!」


「おい、タチアナ! 今は取り込み中なんだから静かにしろ!」


「だってお兄様! 今……って! んーー!! ……は本当に……ですから! 早くディアナ様を……」


 タチアナ嬢は何かを伝えたそうに小指の指輪を見せながら叫んだ。オーブリーはその様子に驚いた表情を見せたが、その後直ぐ何かを思い出したように話を続けた。


「そう言えば、不審死した記者も指輪をしていました。お嬢さんと同じく小指に、金と銀が捻れたような変わったデザインのものだったと聞きました」


「え……」


 しん、と場は静まり返った。その記者の指輪は、おそらくディアナやタチアナ嬢と同じ物だろう。頭が混乱する。ポプラレス……ディアナはその連中と一緒にいるのか? 噂が本当で、その記者を殺したのがポプラレスだとすれば……ディアナは今かなり危険な状況ではないのか。

 こんな所で呑気に話をしている場合ではない。


「オーブリー、どんな手を使ってもいい。ポプラレスの活動場所について今すぐ調べてくれ」


「ええっ?! あの連中は危険ですよ! 関わったらだめです!」


 オーブリーは明らかに嫌そうな顔をした。


「私も同行する。夜明けまでに居場所を突き止められれば、後日特別に取材を受けてやってもいい」


 そう言うと、彼は目を輝かせて態度を急変させた。もちろんそれを狙って出した条件だ。この男、案外扱いやすいな。


「うはあ……! そそそ、そうですか! 実は前に少し奴らのことを調べていたのでアジトの目星はついてるんですよ! フフッ頑張ります!」


 興奮気味で早口で話す姿はかなり気味が悪かったが、上手く使えばディアナを早く見つけだせるかもしれない。少し希望が見えてきた。


 しかしそんな私とは対照的に、リチャードは眉を顰めていた。


「ランドルフ……この人の言うこと信じるの?」


 小声でそう言われ、言葉が詰まる。

 確かに、彼の言葉を鵜呑みにするのは良くないかもしれない。だが、他に有力な情報はない。未だにディアナの居場所も分からない。

 もう、私は後悔したくない。最後に見たディアナの辛そうな顔が頭に浮かぶ。この話を聞いてから、ずっと嫌な予感がしている。もし彼女が危険に巻き込まれている可能性があるのなら……私はどんな手を使っても救ってみせる。


「今はディアナの無事を確認することが第一だ。それでリチャードは、タチアナ嬢を連れてジュリア・マグレガー嬢のところへ行ってくれないか?」


「……ジュリア嬢? なんでさ?」


 リチャードは不服そうに唇を尖らせた。


「指輪だよ。私の魔力では壊せなかったが、彼女ならできるかもしれない」


 この指輪を壊せるのは、“まじない”をかけた人物が予想もしない突飛した存在だけだ。

 そして私が知る限り、それはジュリア・マグレガー嬢しかいない。彼女のポテンシャルは王族にも劣らない。


「だがまだ彼女は自分の力を使いこなせない。だからリチャードのフォローが必要なんだ。それで指輪が外れて、何か分かったらすぐに私に知らせて欲しい」


「なるほどね。ま、そう言うことならこっちは任せて」


 そう言ってリチャードは得意げに口角を上げた。こういう時、こいつは案外頼りになる。指輪の件はこれで解決するといいが……。


 私は従者たちを一旦王宮へと向かわせた。陛下やベルナール公爵に一連の報告と、万が一に備えて公安騎士団を手配するためだ。


 残ったのは私とギデオン、そして情報源のオーブリーだ。私達はディアナの捜索――ポプラレスの拠点探しを行う。

 オーブリー曰く、疑わしい場所は三つ。馬車で行けば今夜中に全て回れる距離だった。まずはそれを一つずつ見ていくしかない。

 私とギデオンは行く先で正体が知られないよう、黒いローブを羽織って馬車に乗り込んだ。


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