第8話 真相Ⅰ (sideランドルフ)
「ですから、……っで……ディアナ様がっ……でしたのっ……」
タチアナ嬢は目に涙を浮かべながら、先程からずっとこの調子だ。
ギデオンの案内で彼女と対面したが、もう十五分は経過している。その隣にいる彼女の兄のエバンス令息は気まずそうに私の顔色を伺っている。
話を聞くと、家主である子爵と夫人は領地に行っているため一ヶ月ほど留守で、その間に仮面舞踏会を開いて欲しいと知人から頼まれていたらしい。
私はもう一度質問を変えた。
「えっとそれは、ディアナに危険が伴う話?」
「それはっ……です!」
何かを訴えたいようだが、肝心な言葉は何も出てこない。彼女の様子からして深刻さは伝わってくるが、それ以上はどう質問を変えても聞き出せない。
「だめか……」
思わず心の声が漏れる。するとエバンス令息はタチアナ嬢に向けて怒鳴った。
「おいタチアナ! いつまでふざけているつもりだ! 殿下の前だぞ!」
「ううっお兄様……だって、だって」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて。ランドルフはこう見えて怒ってるわけじゃないから」
取り乱す二人の間にリチャードが割って入った。
もちろん私は怒っているわけではない。話が聞きたいだけだ。
だが焦ってはいる。タチアナ嬢の言動はおそらく魔法によるものだ。しかしここまで他人の発言をコントロールできる魔法など聞いたことがない。
「どう思う? やはり“言の葉封じ”の魔法か?」
「うーん。だけどそれにしては、言えない言葉が多すぎる」
私の問いにリチャードはそう答えた。
確かにそうだ。“言の葉封じ”は元々、公の場で失言しないために自分の言葉を封じておく初級魔法だ。そしてその魔法で封じることができる言葉は三つまで。だが、今タチアナ嬢が封じられている言葉はそれ以上あるように思える。
「そうなると、言の葉封じを応用させて作られた“まじない”か」
もちろんそんなことができる人間は限られてくる。高度な魔法を使える王族の者か、それと同等の力を持った者しかできないだろう。
そして“まじない”は人間に直接かけるのではなく、武器や装飾品などの物質にかけないと効果が十分に得られない。だとすれば……。
「ますますその指輪が怪しいね」
リチャードは私の言いたいことを察した様子でそう言った。タチアナ嬢は自身の指輪を思いきり引っ張るが、抜ける気配はない。
彼女の指輪にまじないがかかっているのなら、ディアナの指輪も同じだろう。何かを隠していたように見えたのは、やはり事情があった。ディアナの顔が浮かび胸が痛む。今更後悔するなんて情けない話だ。
「タチアナ嬢、その指輪をもっとよく見せてくれるか」
「はい、殿下……!」
指輪の素材は金と銀が使われているように見える。
基本“まじない”はかけた本人にしか解くことはできないが、物にかけられたのであればそれを壊してしまえば解決する。この素材ならば
「少し手荒な真似をしてしまうけど許して欲しい」
「は、はいっ……どうぞ煮るなり焼くなり……」
そう言った彼女の手は震えていた。
「大丈夫。この指輪を壊すだけだよ」
私はそう言い、指輪に向けて魔法を唱えた。並大抵の物質ならこれで割れる。もしくはひびぐらい入るはずだ。
魔法を受けて指輪が青白く発光した。しかしすぐに光は消えた。指輪には傷がついたが彼女の指から離れることはなかった。
「手強いね……」
隣でリチャードがそう呟いた。
どうしたらいいんだ。時間がない。
私よりも魔力が強い者……陛下や兄上……他の王族に頼むか? いや、この様子では結果はそこまで変わらないだろう。王族の力でも壊れないように敢えて頑丈な作りにされているように感じる。そこまで計算されているのなら、この“まじない”をかけた人物が予想もしなかったような……圧倒的で突飛した存在にしかこの指輪を壊すことはできないのかもしれない。
頭を悩ませていると、ギデオンが私の従者達を引き連れて部屋に入ってきた。屋敷周辺のディアナの捜索と、パーティー参加者の身元確認を頼んでおいたから、おそらくその件だろう。
「殿下、やはりディアナはこの辺りにはもういないようです。目撃者もいません。ベルナール家とも連絡を取りましたが……屋敷にも帰っていないそうです」
ギデオンはそう言って悔しそうに唇を噛んだ。
やはりディアナはもういないか。一体どこへ……?
「ありがとう。参加者の名簿に怪しいと思う人物はいなかったか?」
「あー、それが……偽名を使って参加している人が多くて名簿はほとんど役に立ちませんでした」
ギデオンはそう言って手に持っていた名簿を私に見せた。名簿には本名らしき名前と共に物語の主人公の名前や、古代の詩人の名前が並んでいる。なるほど。この緩さなら、ディアナにまじないをかけた人物がここに紛れ込もうとする気持ちも理解できる。が、感心している場合ではない。
「エバンス令息」
名前を呼ぶと、令息は顔を青くして私を見た。
「はっ、はいっ……殿下!」
「いくら非公認のパーティーであったとしても、流石にこれはどうかと思う。このような催しを行うならもう少し節度を保って欲しい」
「も、申し訳ございません! 私もこんなこと初めてでしてっ……」
令息は今にも泣き出しそうな顔をしている。言いたいことはごまんとあるが……とりあえずこの件は後だ。ディアナに危険が迫っているとしたら、こんな所で時間をかけているわけにはいかない。
もう一度庭園へ行ってディアナの痕跡を調べてみるか? 私は部屋から出ようと立ち上がった。しかし従者の一人に呼び止められた。
「殿下、ベルナール公爵令嬢を見かけたと発言する男を見つけました。部屋の外で待たせていますが……どういたしましょう」
「ディアナを見たのか? 何者だ?」
「新聞記者を自称するオーブリーという怪しげな男です」
従者はそう言って苦い顔をした。会わない方が良いと言いたいのだろう。確かに、ただの野次馬かもしれないが……。
「連れて来てくれるか」
「……畏まりました」
従者はすぐにその男を連れてきた。痩せ型で背が高く、無精髭を貯えた二十代後半ぐらいに見える男……オーブリーは私の前に跪き、何故かその目を輝かせた。
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