第7話 地下通路
すれ違う人達からは強いお酒の匂いがする。みんな浮かれていて私のことなんて目に入っていないみたい。
目的の場所へ向おう。地下室がありそうな場所はだいたい予想がつく。手当たり次第探さなくちゃ……。
なるべく目立たないよう息を潜め、私は人混みをかき分けた。
あった……!
明らかに装飾が少なくて地味な扉。たぶんこれだ。鍵は空いてる。周りに人がいないことを確認して、私はゆっくりと扉を開けてみた。
……やっぱりそうだ。石造りの階段が地下へと続いている。中は真っ暗で肌寒くて、もちろん誰もいない。グレンズ先生が言っていた地下室ってこの先で合ってるよね……?
私は恐る恐る階段を降った。歩きながら、先程の殿下とリチャード様のことが頭に浮かんでは消える。
……あの二人、もう帰ったかな?
ほんと、どこまで迷惑な奴なんだって呆れただろうな。勝手に迷子になって、嘘ついて、おまけに婚約破棄を申し出たくせに泣き出すし、あんな所で魔法も使うし……私って本当にどうしようもない。
もう今後は関わることはないけど、最後に印象最悪にしちゃった。
はは、なんだか笑えてきた。ははは……。
あれ、笑いたいのに涙が出てくる。もう、嫌になっちゃうなぁ。これでいいって納得してるはずなんだけど。感情がめちゃくちゃになってる。
一度立ち止まって目を閉じる。うじうじしてる場合じゃない。
ポプラレスの陰謀にタチアナ様が巻き込まれかけてる。ジュリアちゃんの暗殺計画の件だってどこまで進んでいるのか分からない。私が今までポプラレスに関わらないように避けてきたせいで、こうなってしまった。もう悪役になってもいい。だけど傷つく人が出ないように、なんとかしないと。それが私のやるべきことだ。
もう一度目を開ける。するとその先に光が見えた。誰かいる。
「来てくれたね。嬉しいよ」
グレンズ先生だ。
「……タチアナ様はどこですか?」
周囲を見回したけど、タチアナ様の姿がない。地下にいるんじゃなかったの……?
すると先生は興味なさそうに淡々と話し始めた。
「ああ、あの子なら……私の話を聞いた途端に、尻尾を巻いて逃げたよ」
「えっ」
「使えないよね。もう殺してもよかったんだけど、今日は騒ぎを起こしたくないから見逃してあげたよ。だけど、おかげで君が来てくれた」
な、何を言ってるの……?
背筋が凍った。怖い。そんなことを表情一つ変えずに話すなんて。
「彼女は無事なんですよね?」
「ああ、今日のところはね。彼女が心配? だけど君は自分の心配をした方がいい」
先生には有無を言わさない威圧感があった。私だって今更逃げるつもりはない。とりあえず、タチアナ様が無事なら良かった。だけど油断ならない……。
しばらく歩き続けたけど、まだ着かない。もうとっくに屋敷の敷地から出てる気がする。
「私達の活動拠点は地下なんだ。魔法でさっきの屋敷の地下室から通路に繋げたのだけど、目的地は別の場所にある。ま、もう少しで着くよ」
「そうですか……」
てっきりさっきの屋敷の地下室に行くのかと思ってた。だけど流石に極秘な活動だろうし、そういうわけではないのね。
そんなことを思っていると、先生は私の顔をじっと見て口を開いた。
「あれ? 目が腫れてるね」
うっ、なんで今それに気付くの。
「な、なんでもありませんから」
これ以上何も聞かないで。
私はそう思いながら答えると、先生は目を細めた。
「君を泣かす男なんて一人しかいない。やはりあの時、私たちの後ろにいたのはランドルフだったか」
「違います!」
いきなり殿下の名前を出されて、咄嗟に叫んでしまった。すると先生は含み笑いをした。な、何……?
「相変わらず嘘が下手だ。だけどその様子じゃ、今世でも彼と上手くいっていないようだね」
「なっ」
余計なお世話だし……! まあ、事実だけど……。
先生は私の様子なんて気にせずに言葉を続けた。
「はあ、そんなことより問題はジュリア・マグレガーだ。今回も彼女のことは君に任せるよ」
先生は気怠げにそう言った。
分からない。どうしてそんなにジュリアちゃんにこだわるの?
「私はまだ……その、時が戻る前の記憶がはっきりしていません。だから聞きたいんですけど、なぜポプラレスは彼女を狙うのですか?」
私がそう言うと先生は一瞬悲しそうな顔をしたように見えた。もしかして、まずいこと言ったかな。
だけど、すぐに表情を戻して話し始めた。
「ジュリア・マグレガーは私と同じく突然変異で魔力を保持した者だ。私のような者は鍛錬次第でかなり強力な力を持てるようになる」
「そこまでは分かります」
「だからつまり、今後私以外の人間にそんな力を持たれては困るって話だよ」
「そ、そんな理由なんですか? そんなことで……」
そんなことで暗殺を? ジュリアちゃんが何かしたわけでもないのに。
「そんなことではないよ。彼女は危険だ。私以上の力を秘めている可能性もある。だから早く始末しないと」
「……では、なぜご自分でされずに私に任せるのですか?」
つい思っていることが口に出てしまった。
ゲームでは、ディアナがジュリアちゃんを毒殺しようとして失敗に終わる。だけどそもそも、初めからディアナではなく、もっと賢くて強い魔力を持った人間が実行役をすることもできたと思う。それなのに、なぜそうしなかったのだろう?
「ジュリア・マグレガーに“殺意”を持った人間が何かしようとすれば、彼女の魔力が彼女を守る。強い風や竜巻を起こしてね」
「それって……」
学園で起こっていた“魔力の暴走”の正体ってこと? 殺意を持ったポプラレスの人間がジュリアちゃんに何かしようとすれば、魔力の暴走が起こって、結果的にジュリアちゃんは守られていたってこと?
以前殿下が言っていたことは正しかったんだ……。
「だから君が必要だ。彼女の魔力は“殺意”に強く反応するが“嫉妬”には反応しない」
「嫉妬……?」
「そう。“嫉妬”が起源で起こる行動にはあの“暴走”は起こらない」
確かにゲームでは、ディアナはジュリアちゃんの存在に嫉妬していた。だからポプラレスに目をつけられて、暗殺計画の実行役に抜擢されたってわけね。
だけど今の私は……? 嫉妬なんて……してないと思う。自分より可愛いとか能力があるとか……ゲームのディアナならジュリアちゃんの存在が気に食わなかったかもしれないけど、今の私はそんなことない。そんなこと……ない。ないはず……。
「これぐらいのことは思い出していて欲しかったけどね」
先生は少し不服そうに私を見た。
そんなこと言われても、ゲームで語られてない所までは知らないし……。だけど、これでポプラレスがなぜジュリアちゃんを狙い、ディアナを仲間にしたのかが分かった。これは大きな収穫だ。
私達はしばらく無言で歩いた。かなり遠くまで来た気がする。そしてついに殺風景だった地下道に錆びれた鉄の扉が現れた。
「ここだよ。さ、中に入って」
先生はそう言って、重そうな扉を難なく開けた。
ごくり、と自然と喉が鳴った。大丈夫……大丈夫よ。きっとポプラレスの陰謀を消滅させる手があるはず。必ずやってみせる。もう、私にはそれしか残されていないんだから……。
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