第6話 君の行方(sideランドルフ)
「ディアナ……!」
砂嵐に視界を遮られながら、私は叫んだ。ディアナの涙が脳裏に焼きついて離れない。
なぜだ? なぜ君が泣く? 泣きたいのはこっちだ。
私はこの目で見た。君が男に手を引かれて歩いていくのを。誰もいない庭園で、親密な距離で話をしている姿を見た。
君の名前を呼んだ時、どうか人違いであってほしいと願った。振り返った君は、目を泳がせて必死に何かを誤魔化そうとしていたね。何がそんなに知られたくないのか。いっそ開き直ってくれればよかったのに。崖から突き落とされたような気持ちだったよ。
全てが繋がったんだ。今まで感じていた違和感が。私の想いを聞いて複雑そうに笑う君の姿が。何かを隠しているような君の姿が。肌身離さずあの指輪を身につけていた訳が。今まで気付かないふりをしていたものが全て……全て繋がったんだ。
だから私は、ディアナの望み通り婚約破棄を受け入れたんだ。君は清々したんじゃないのか? それなのに、なぜ泣いていたんだ? なぜあんな風に逃げるように去った?
ディアナ、……君は一体何を考えている?
「ゲッホゲホゲホ……うえぇ、砂が口に入った」
隣でリチャードが咳き込みながら何か言っている。気付けば砂嵐は次第に弱まり、視界が開いていた。もうそこにはディアナはいなかった。
「……はぁ、なーーーーにが『これで君の思い通りになったね。満足した?』だよ!」
リチャードは私に詰め寄って声を荒げた。私の口調を真似しているようだけど、似てない。私が黙っているとリチャードは言葉を続けた。
「ディアナ嬢が言ったことが本意だと思うの? あんな風に泣いてたのに!」
ああ、うるさいな。本意でなければ、私が見たものはどう説明すればいい?
「泣かれるなんて思ってなかったよ。私にはもうディアナが分からない」
「はあ?? 泣かせておいて無責任なこと言うなよ! この性悪っ! 女の敵!!」
耳元で怒鳴られて頭が痛い。いっそのことこのまま殴ってくれればいいのに。そうすればもう何も考えずに済む。
さっきから何度も頭の中でディアナの泣き顔が再生される。あの瞳が私を映したまま揺れ、大粒の涙がこぼれ落ちる。次々と溢れていく。
もういいだろ……やめてくれ。もう思い出すな。そう思ってもそれは頭から離れてはくれない。
ディアナはあの男の元へ向かったのだろうか。学園の外で正当な理由なく戦闘魔法を使えば、停学……最悪は退学処分になることぐらいディアナだって知っているだろうに。
そんなことまでしても、私から離れたかったのか? そこまでされてしまっては、もうこれ以上……君に関わることなんてできないよ。
「殿下!」
従者の一人が私を呼んだ。彼らは私とリチャードの周囲が魔法で荒らされていることにぎょっとした顔を見せ、小走りで近寄ってきた。その中に紛れてギデオンの姿もあった。
そして駆けつけた従者の一人が真っ先に口を開いた。
「ランドルフ殿下、テューダー令息! 先程こちらで大きな物音がしましたが、お二人ともお怪我はありませんか?」
「……ああ、なんともない。頼むからこれは陛下に報告しないでくれ」
「そ、そう言うわけにはいきません!」
従者たちはそう言って困った様子で眉を下げた。一方ギデオンは複雑そうな表情で荒れた地面を見ていた。
「これは……ディアナがやったのですね」
「……」
認めてしまえば従者たちにその通り報告されてしまうと思い、私は肯定も否定もせずに目を逸らした。すると隣にいたリチャードが声を上げた。
「もーーーー聞いてくれよ! さっきまで大変だったんだから! ギデオンもこのヘタレになんか言ってやってよっ!」
ヘタレで悪かったな。無言で睨みつけたら、今度はわざとらしく溜息をつかれた。
ギデオンは私たちに構うことなく周囲を見回していた。動揺したように目を泳がせている。様子がおかしい。
「ギデオン、どうした?」
「いえ、その……」
「何々? もしかしてディアナ嬢がどこ行ったか知ってるの?」
リチャードは興味深そうに訊いた。だがギデオンは首を振った。
「いえ、ディアナがどこへ行って何がしたいかなんて全然分かんないです。でも……」
「でも?」
ギデオンは一息置いて話を続けた。
「まずいことになったかもしれません」
「え?」
彼の言葉に一瞬時間が止まった。
「まずいことって何? 何を知ってる?」
顔を青くするギデオンに嫌な予感がして詰め寄った。変な冗談はやめてくれ。ディアナは逢引き相手の元に行った。ただそれだけじゃないか。そんな、深刻な顔をする必要ないだろ。今はそんな冗談に付き合ってる心の余裕はないんだ。
私は心の中でそう思いながらギデオンを見た。彼は戸惑った様子を見せながら口を開いた。
「ディアナをここに誘ったタチアナという令嬢の様子がおかしいんです」
「タチアナ嬢って、ここの屋敷の令嬢じゃないか。おかしいってどうおかしいのさ?」
リチャードが不思議そうに訊いた。
「俺がディアナを探していたら、いきなりこう腕を掴んできて、泣きそうな顔で『ディアナ様がディアナ様が』って何度も言うんです」
「どう言う意味だ?」
全く話が読めない。
「分かりません。何を訊いても『ディアナ様が』までしか言わないんです。不気味に思って無視しようと思ったんですけど、するとこうやって小指を見せてきて……」
ギデオンは自分の手の甲側を私に向けて見せた。
小指……?
「なにそれ、全然意味わかんないよ」
隣でリチャードがそう呟いた。
「その小指ってまさか」
私がそこまで言うと、ギデオンは静かに頷いて言葉を続けた。
「小指には指輪がついていました。蛇が巻きついたような変わったデザインのものです。確か今日最初に彼女に会った時は、そんなものつけてなかったと思うんですけど」
「蛇? そういえばディアナ嬢もそんなのつけてたよね。流行ってるの?」
リチャードはそう言って私を見た。
「ランドルフ、あれは君が贈ったんでしょ?」
「……いや、あれは私が贈ったものではない」
そう答えると、リチャードも何かを察したように深刻な顔つきに変わった。
何かがおかしい。何かを見過ごしている気がする。
ディアナの指輪とよく似たものを、タチアナ嬢がしていたということは偶然と思えない。
そして私が知る限り、正直二人がそこまで親しい間柄だった印象はない。それなのになぜタチアナ嬢はディアナをこのパーティーに誘った? そしてディアナもなぜその誘いを受けた? いきなり二人が親密になるような理由があったのか?
今、ディアナは魔法で姿をくらまし、タチアナ嬢は奇妙にもディアナの名前だけを言い続けている。まるでそれ以上は口止めされているみたいに。意味不明だ。ディアナが何だ? ディアナの身に何が起こっている?
先程のディアナとのやりとりが自然と思い出された。
『聞いてください殿下、今は説明できませんがこれには深い事情が』
『聞きたくないって言ってるだろ!』
深い事情……? それは一体何だ? なぜ私はあの時、彼女に向き合ってあげなかった?
更に最後の言葉が蘇る。
『これ以上はもう、私に関わらないでください』
あの時、ディアナの声は震えていた。
大粒の涙を流す彼女は、今まで見た事がないほど辛そうな顔をしていた。
「まさか……」
あれは逢引きではなかったのか? 冷静になってみると、あの状況は別の事情があったとも考えることができる。もしディアナが私に本当のことを言わなかったのではなく、脅されていて
膝から崩れ落ちそうになった。
私はなんて愚かなんだろう。ディアナの話を聞かず、嫉妬に掻き立てられて冷静さを失った。信じてあげられなかった。ディアナは私を欺くような子じゃないと知っていたはずなのに……。
「ギデオン、まずそのタチアナという令嬢と今すぐ話がしたい。案内してくれ」
考えるよりも先に言葉が出ていた。
まだこの話の全容が見えていない。だからまず彼女から話を聞かなくては。
私は早足で彼女の元へ向かった。
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