第4話 衝突


 

「殿下、こんな所で何してるんですか!」


 私は自分の仮面を外し、開口一番にそう言っていた。

 だってここには殿下のデタラメな悪口を売り物にする人もいるし、地下室で怪しい集会をしようとしている人達もいる。もしそんな人達に王子だってことが知られたら、いくら殿下でもどんな目に合うか分からない。


「その言葉、君にそのまま返すよ」


「うっ……」


 殿下が一歩ずつ私に近付いてくる。明らかにいつもと違うピリついた雰囲気だ。


「君のことが心配で従者に様子を見に行かせたら、急に一人で姿を消したって……そんなことを聞いて、私が大人しく待っていられると思う?」


「そ、それは……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。途中ギデオンとはぐれてしまって……」


 私がそう答えると、殿下は怪訝そうに眉間を寄せた。


「君が突然離れていったと聞いたけど?」


「それは、その」


 まずい。殿下にこんな嘘を突き通せるわけない。だけど本当のことは言えない。指輪のまじないのせいでポプラレスに関することは話せないし、そもそも危険に巻き込むわけにもいかないから。


「ディアナ、さっき一緒にいたのは誰? こんな所で何をしていたの? 何か深刻そうに話しているようだったけど」


 質問攻めに言葉が詰まる。殿下は冷静な口調だけど、苛々しているのが伝わってくる。

 そりゃそうだ。もともとはギデオンと一緒に行動するから参加を許可してもらったようなものだし、ものすごく勝手な事をしてしまった自覚はある。


 だけど、どうしてそんな細かいことまで聞くんだろう……もしかして、ポプラレスのこと勘付かれてる? ゲーム同様ディアナの悪事を暴こうとしてるの? 殿下は勘が鋭いから油断ならない。


「さっきの人は……知らない人です。私が道に迷ったので帰り方を教えてもらってました」


 これで殿下が納得するとは思えないけど、そう言うしかない。

 殿下はそれを聞いた瞬間、表情が曇った。まるでひどく傷ついたって感じの顔。そんな表情今まで見たことなかったから、なんだかこっちまで動揺してしまった。


「そんなに見え透いた嘘をついてまで、私に知られたくないことがあるんだね」


 殿下はそうぽつりと呟いた。その言葉には感情が全くこもってないように感じた。

 

「私はディアナを信じていたのに」


 ああ、やってしまった……やってしまったよ。どうしよう。殿下は私を信じて心配してくれていたのに。私はそんな殿下に嘘ばかりついて傷つけてしまった。


「ごめんなさい殿下、私……」


「もう何も言わなくていい。……聞きたくないよ」


 私は殿下を傷つけたかったわけじゃない。そう言おうとしたけど遮られた。

 私はめげずに言葉を続けた。


「聞いてください殿下、今は説明できませんがこれには深い事情が……」


「聞きたくないって言ってるだろ! これ以上君の話を聞くと虚しくなる……もう黙ってくれないか、時間の無駄だ」


 突然声を荒げられて、肩がびくついた。それと同時に殿下の冷たい視線が刺さった。

 黙ってくれ? 時間の無駄……?

 頭の中で殿下の言葉がこだまする。その瞬間、私の中の我慢していた何かが弾けた。


「そんな、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!」


 確かに、嘘をついた私が99パーセント悪いのかもしれない。だけど、私だって……私だってみんなを巻き込まないようにどうしたらいいのか考えて必死だった。それなのに、私の話は時間の無駄だなんて。そんな、もう赤の他人ですみたいな顔して。

 私のこと好きって言ったのに。殿下のばか。ばかばかばか! 私だってどうしたらいいのか分かんない。もう分かんないよ。

 我儘かもしれないけど、こんな時こそ優しく声をかけて欲しかった。私の気持ちを少しでも受け止めて欲しかった。


「……なぜ君に叱られないといけないんだ」


 殿下は呆れた様子でそう言った。色々と言い返したい気持ちはあったけど、頭の中が整理できなくて言葉が出ない。

 しばらくの間、重い沈黙が流れた。



「あっ、見つけた! ディアナ嬢ここにいたんだね!」


 その沈黙を破るように、聞き馴染んだ明るい声が響いた。声のする方に目をやると、仮面をつけた人物がこちらに向かってきていた。その姿になんとなく予想がついた。


「リチャード様?」


 確認するように声をかけたら、その人物は仮面を外してにこりと笑った。やっぱりリチャード様だった。


「もう! すっごく探したよ。一人でどこ行ってたのさ? ランドルフも見つけたのなら早く知らせてよ」


 明るく饒舌に話すリチャード様と、氷点下になっていた私と殿下の温度差が凄まじい。


「えっ……何? この重い空気」


 リチャード様は、殿下と私の顔を交互に見てそう言った。

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