第3話 仮面舞踏会Ⅲ


「ちょ、ちょ、ちょっと……! どこに連れて行く気ですか!」


 さっきの記者から逃げきれたのは良かったけど、今度は掴まれた腕が解放されそうにない。グレンズ先生は私の声に反応することなく歩き続けている。人混みをかき分けて、庭園に出た。外はもうとっくに暗くなっていた。


「グレンズ先生、どういうつもりです? 私を妹だなんて。どうしてそんな嘘を?」


 周囲に人がいないことを確認し、私は立ち止まって抗議した。だけど掴まれた手は離してもらえない。

 私は腕を振り払おうと力を込めたけど、びくともしない……って、前にもこんなことなかったっけ?

 そうこうしているうちにグレンズ先生の銀色の仮面が近付いてくる。そこでついに先生の口が開いた。


「どういうつもりって、あそこで皆に君の正体を知られた方がよかった?」


「それは……確かに、先生のおかげで得体の知れない記者に根掘り葉掘り聞かれることなく済みましたけど」


 って呑気に感謝してる場合じゃない!

 私がここに来た目的は、先生の陰謀を止めるためだ。私は咳払いを一つして背筋を伸ばした。


「グレンズ先生、もうこんな事はやめましょう。同じ過ちを繰り返しても虚しいだけです」


 私がそう訴えると、先生は大袈裟に溜息をついた。


「……同じ過ち? 違うね。過ちを犯したのは前の世で我々を処罰した王族だよ」


 吐き捨てるような言葉に愕然としてしまう。


「……そんな風に考えてしまうなんて、どうかしてます」


 せっかく悪役でない未来を切り開くことができるかもしれないのに。


「君こそ復讐のチャンスを易々と手放そうとするなんてどうかしてる。せっかく計画通りに、君と学園の外で会うことが叶ったっていうのに」


「え?」


 計画通りって……私がここに来ることが分かっていたってこと?

 困惑する私を見て、先生は口角を上げた。


「君は気付いてないみたいだけど、ここに君を呼ぶようタチアナに仕向けたのは私だよ。学園では邪魔が入るからね」


 先生の口からタチアナ様の名前が出て

耳を疑った。だってタチアナ様はゲームの世界でも名前すら出てこなかったキャラクターだ。そんな人物がポプラレスと関わりがあったなんて。

 だけど、最近のタチアナ様の行動を思い返せば不自然なことが多かった。もしかして、私が悪役にならないように行動しているせいで他の人の未来が変わってるの……?


「彼女は私のことを慕っているみたいだったから、単純で扱いやすかったよ」


 先生は悪びれる様子なく、淡々とそう続けた。

 嬉しそうに先生の話をしてたタチアナ様の顔が浮かんだ。彼女の好意につけこんで利用しておいて、そんな言い方……ひどい。

 

「もし頑なに協力しないと言うのなら、君の気が変わるまでタチアナを“代役”にしてもいい。彼女なら失敗しても切り捨てればいいし、名案だろう?」


 代役……つまり、ジュリアちゃんの暗殺計画に関わることだ。それをタチアナ様にやらせるつもり? 


「そんなこと許しません。これ以上タチアナ様を巻き込まないでください」


 私は強い口調でそう言った。

 私が協力しないから別の誰かを悪役に仕立てるなんて……そんなの間違ってる。


「なら、最初から君が協力してくれるね? そうすれば彼女が今後私たちに関わることはない」


 先生は勝ち誇ったようにそう言い切った。

 ずるい。そうやって言えば、私が拒否できないって分かってるんだ。

 ここで私が拒んだらタチアナ様が間違った方向へ進んでしまう。私のせいで取り返しのつかないことになってしまう。最悪の未来が頭に浮かんで消えた。


「今夜、ここの地下室で同志たちが一堂に集まる。そこで話の続きをしよう……」


 先生はそこまで言いかけて突然言葉を止めた。

 不審に思って先生を見上げると、仮面の奥の鋭い瞳が私を越えた先に向かっていた。


 後ろに誰かいるの?

 私は咄嗟に振り返った。すると少し離れた場所に人影が見えていた。

 もしかして、ギデオン……? 強引に別行動をとったから、私のことを探しているだろうとは思っていたけど……。

 顔を確認しようにも仮面があるし、暗くてよく見えない。私が目を細めていると、隣から先生の舌打ちが聞こえた。そして苛立った声で話を続けた。人影を意識しているのか少し早口になっていた。


「地下室だ。もちろんタチアナも来る。周りの人間が大事なら、私に従うことが賢明だよ」


「……分かりました」


 そんな風に言われて、拒否することはできなかった。

 私の答えに先生は満足そうに微笑んだ。そして私の腕を引き寄せて、そのまま手の甲にキスをした。その小指には、先日つけられた指輪が光ってる。


「待っているよ、ディアナ ・ベルナール」


 先生はそう言って闇の中に姿を消した。月明かりに照らされた静かな庭園に、私は一人取り残された。


 背後から足音が近付いてきている。ギデオンかもしれない。私は心を落ち着かせて、表情を引き締めた。

 これ以上誰も巻き込みたくない。




「……ディアナ!」


「はい! って、えっ?」


 いつもの癖で元気よく返事をしてしまったけど、その声の主はギデオンじゃない。

 おかしい。この声……ここにいるはずのない声だ。まさか。

 振り返ると、さっきの人影がすぐそこに来ていた。その人物は私と目が合うと、ゆっくりと仮面に手をかけた。仮面を外したそこには、見慣れた綺麗な顔。

 どうして? ……どうしてここにいるの?


 そこにいたのは殿下だった。

 殿下はぞっとするぐらい真剣な表情で、私を見ていた。

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