第2話 仮面舞踏会Ⅱ
見知らぬ人とダンスを踊りながら、横目でグレンズ先生を探した。
だけど、どこを見ても仮面で顔を隠した人ばかり。おまけに髪の色も服の色も同じ。こんな所で人探しをするなんて、無謀かもしれない。
音楽がだんだん早くなっていく。それに合わせて回転するたび、周囲の香水の匂いやお酒の匂いが鼻の奥をツンと刺激してくる。なんだか息が詰まりそう……。
「心ここに在らずですね」
急に声がして見上げると、ダンス相手の見知らぬ人がこちらを見ていた。
初対面の人からすれば、踊っているのに周囲ばかり気にする私の姿は不自然だったのかも。人探しに必死になっていたせいで、そこまで気が回らなかった。
「失礼しました。このような場に慣れていませんので……」
「そのようですね。此処は貴女のような貴族のお嬢さんには少し刺激が強いかもしれません」
見知らぬ人は穏やかな口調だ。どうやら私の失礼を怒ってはいないみたい。
だけど『貴族のお嬢さん』だなんて違和感のある呼び方だ。なぜ私が貴族の令嬢だと分かったのだろうか。このパーティーには色々な身分の人が参加しているのに。
「あの、まだ私何も話していませんよ」
見ず知らずの人に身元を明かすわけにもいかない。だから貴族かどうかには触れず、とりあえずはぐらかした。
すると相手は仮面の下でおかしそうに笑った。
「ははは、貴女は間違いなく貴族のご令嬢だ。平民の娘なら、貴族と間違えられたらもっと喜びますから」
しまった。ここは演技で平民の娘のふりをするべきだったか。
「ところで、貴方は何者ですか? もしかして探偵?」
私は肯定も否定もせずに、なるべく平常心を保ちながら話を逸らした。すると目の前の探偵(かもしれない人)がよくぞ聞いてくれたというように前のめりで話し始めた。
「いいえ、私は記者です。王室のゴシップを専門に扱っています。お嬢さんも、何かいいネタを提供してくださればそれなりの謝礼をしますよ」
「げっ……」
わかりやすく絶句した。
王室ゴシップってあの、いつもデタラメなことばかり書いてるアレ……? うわあ、これでもし私が第二王子の婚約者だって知られたら万事休すだよ。絶対関わっちゃいけない人だ。
「その反応、何か心当たりでもあるのですか? あっ、もしかして魔法学園の生徒さんかな? フフッそれなら話が早い」
記者と名乗る人は興奮気味で言葉が砕けてしまっている。私は圧倒されて一歩後退りした。
「いえ、違います。ちが……」
「ねえ、第二王子の噂ってどこまで本当なのかな?」
「え?」
そこでちょうど曲が終わった。ダンスが終わればすぐにでも立ち去ろうと思っていたのに、その最後の言葉が聞き捨てならなくて私は立ち止まった。
「噂って何のことですか」
「噂って言えばあれだよ。婚約者を放ったらかして別の貴族の令嬢にべったりで……そのせいで公務もままならないって」
はああ?
誰よ、そんな悪意のある噂を流してるのは! 殿下が公務をサボったことなんて一度もないし、総裁の仕事も几帳面すぎるぐらいきっちりやってるのに!
た、確かに最近はジュリアちゃんと一緒にいる時間が多いけど……それは理由があってのこと。今後もシナリオ通り恋愛に発展するにしても、あの殿下が不真面目になることはない。
何にも知らない人にそんなこと言われると、なんだかすごく腹が立つ……。
「記事はちょっと大袈裟に書いた方が売れるんだ。不敬ギリギリのラインを攻めるのがうちの売りでね。それで、実際はどんな感じ? 美男だもんね、やっぱり女好きなのかな?」
ブチッ
自分の中の怒りの線が切れる音がした。
「やめてください! 殿下はそんな人じゃありませんし、貴方に殿下を語る資格もないです!」
気付いたら大きな声でそう言い放っていた。
記者と名乗った男はポカンと口を開けて固まっている。
でも私も止まらない。怒りの沸点に達してしまった。
「悪意を売り物にするなんて、とってもとっても不快です。今まで貴方が不敬罪にならなかったのは、殿下のお心が海のように広かったからです! 是非ともそれに感謝してください!」
私は早口で捲し立てた。いつの間にか周囲はしんと静まり返っていた。
「なんだ喧嘩か?」と不審そうに私を見て話している人の声が聞こえる。
……やってしまった。
つい感情的になって、言い返してしまった。こんな所で目立ってしまってはいけないのに。
記者の人は驚きながらも興味深々といった様子だ。まずい。もしここで私が殿下の婚約者だとバレてしまったら、またありもしないデタラメを書かれてしまう。殿下に迷惑をかけてしまう。
背中に汗が流れる。この状況をどうやって切り抜けようか。
そう考えていると、聞いたことのある気の抜けた声とともに長身の男性が現れた。その人は私と記者の間に入った。
「いやぁ、うちの妹が大声出してすまないねぇ〜。第二王子に心酔してるんだ。そういうお年頃ってやつだから気にしないでくれ」
その声が誰の声かなんてすぐに分かった。
仮面をつけていて顔は見えないけど、間違いなくグレンズ先生だ。
「では失礼するよ」
グレンズ先生はそう言うと、唖然としていた私の手首を掴んだ。そしてそのまま私の手を引いて颯爽と立ち去った。
記者は何か話を聞きたそうにしていたけど、結局追ってこなかった。早足の先生の後について歩く。
とりあえず助かった。
って、私どこに連れて行かれるの……??
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