第四章 ポプラレス編

第1話 仮面舞踏会Ⅰ


 今夜はついに『仮面の集い』に参加する。ここで必ずグレンズ先生を見つけだす。

 この前はきちんと話せなかったけど、先生も転生者だったら説得の余地はあるはず……。




「まあ、なんてお美しい……!」


 タチアナ様は、馬車から降りた私とギデオンを見て開口一番にそう言った。

 お美しい、だなんて大袈裟だなぁ……。タチアナ様は黒色のゴージャスな鬘を被っているから一見誰だか分からなかったけど、気合が入っている感じ。

 今回のドレスコードは【髪色:黒 服装:ゴールド】だから、元から黒髪の私は鬘を被る必要もなく、いつも通り。強いて言うならゴールドのドレスと仮面がより悪役っぽさを醸し出してるって感じ。一方ギデオンは渋めのゴールドの装飾がついた礼服。よく似合っていて様になってる。


 すれ違う人たちが皆、金色でギラギラしていて眩しい。そして仮面をつけているせいか、表情のない蝋人形に見えてきた。なんだか少し不気味。

 この中のどこかにグレンズ先生がいるのかな……。


 そんなことを考えて歩いていると、ギデオンが仮面の奥の目を細めてこちらを見た。

 な、なによ?


「ディアナ、分かってると思うけど、知らない男について行くなよ」


「わ、分かってるわよ」


 ちょっと声が裏返った。

 隙を見て先生を探し出すつもりだったし、最終的にはギデオンと別行動を取りたいんだけど、この様子じゃ難しそう。


「こっちはくれぐれもディアナに危険がないようにってランドルフ殿下から十分……いや十二分に釘を刺されてるんだからな」


「ええっ、殿下が?」


 ギデオンにそんなお願いをしてたなんて知らなかった。心配してくれていたのだと思うと嬉しい反面、申し訳ない気持ちになる。

 私がまさか反王政派のポプラレスの幹部を説得しようとしてるなんて知ったら殿下は卒倒するだろうな。

 殿下や周りの人に嘘をついてまでこんなところに来たんだと思うと、ちくちくと胸が痛む。

 私は悪役になるつもりはないし、ポプラレスの陰謀を知っていて見過ごすこともできない。だからこそ早く解決しないといけないんだ。

 小指の指輪がシャンデリアに反射して光ってる。この指輪も早く取ってしまいたい。


 

「ま、ランドルフ殿下にそんなこと言われなくったって、俺はディアナをまも……」


 ギデオンがそこまで言いかけた時、ちょうどダンス音楽の演奏が始まった。ヴァイオリンやピアノの音が重なり合って、彼の声は打ち消された。


「えっと、何? ごめんなさい、聞こえなかった」


「……なんでもない。とにかくフラフラするなよ」


 私は敢えてギデオンの言葉に頷くことはしなかった。


 中央では仮面をつけた男女が手を取って踊っている。黒い髪に金色のドレスを着た女性達は個性がなくてまるで人形に見える。

 ん? ……個性がない?

 私はピンと閃いて思わず声を上げた。


「そうか! その手があったわね」


「? どうしたディアナ」


 フラフラするなと言われたばかりだけど、そういうわけにもいかないの。ごめんね。

 私は心の中でギデオンに謝って、次の曲が始まると同時に前に踏み出した。


「じゃ、ちょっと踊ってくるね! ギデオンも楽しんで!」


「えっ? はっ? 待てよ!」


 ギデオンの声は予想外の出来事に焦っているように聞こえた。私を追おうとするけど、その隙を見計らっていた他の女性達が殺到した。

 チャンスだ。私はそのまま足を止めずに早足で人混みに飛び込んだ。

 皆同じような格好をしているから紛れ込んでしまえば暫く見つからないはず。


 仮面をつけた人たちが踊る中、私もそれに紛れて目の前にいた男性の手を取った。

 伸びやかな音楽と一緒にステップを踏む。


 よし、ひとまずこれで紛れ込めた。あとは先生を探すだけね。

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