第14話 安らぎの場所(sideランドルフ)
私は休日だというのに、ジュリア・マグレガーの身の回りで起こった出来事の資料に目を通していた。彼女の“魔力の暴走”の裏にはきっと何かがある。それさえ解明できればいいのだが……。
本来は私自身がここまで首を突っ込むことではないのかもしれない。彼女の世話役を任せられた時に断ることもできた。
だが、そうしなかったのはディアナの顔が浮かんだからだ。
ジュリア・マグレガーは入学当初から浮いた存在だった。私はそのことを知っていた。知っていたが、私にはある程度の諦めの感情があった。
あの場所において魔力を持たない家柄で生まれた彼女が、他の生徒から軽視されてしまうことは仕方がないことだった。どんなに正義を振りかざそうと、人の心に根付いた魔力至上主義の感情は変えられないし、“突然変異”による魔力の暴走への恐れや不信感を簡単に消すことはできない。私はそう思っていた。だからあの時は他人事のように振る舞えたんだ。
しかしあの日、ディアナは違った。他の生徒達に詰られるジュリア・マグレガーを発見した途端、ディアナは迷いなく彼女を救おうと声を発していた。
あの時のディアナの横顔に、私は心を鷲掴みにされてしまった。ディアナは強くて清い人だ。私はあの時、自分が間違っていたのだと気付いた。
私はなぜ王子という地位がありながら、最初から全てを諦めていたのだろうか。私はあの一件で心を入れ替え、ジュリア・マグレガーの世話役として“魔力の暴走”の解明に努めることを決めたのだった。
私の憶測が当たっているならば、学園の誰かがジュリア嬢を狙っている。
だけど目的が分からない。それに手段も独特だ。考えれば考えるほど謎が深まるばかりだ。
「ランドルフ様」
ノックの音とともに、侍従のグレイの声が聞こえた。
「どうした?」
「失礼します。あの、ディアナ・ベルナール公爵令嬢がお見えになっていますが……本日お約束をされていましたか?」
「いや、今日はそのような約束はしていないが……構わないよ。通してくれ」
「畏まりました」
そう言ってグレイは部屋を後にした。
ディアナが来る。
私は彼女を待つ間、書類で散らかっていた机の上を整えた。
何の用だろうか。学園ではなく、わざわざ訪ねてくるのだから大事な用なのだろう。心当たりは……ないこともない。
去年の魔法祭の後、私はディアナに自分の気持ちを打ち明けた。あの後、ディアナからの気持ちを聞けていなかった。もう何ヶ月も前の話だ。無理に返事を聞きたいわけではない。だが本音を言うと、少しでもディアナの心が知りたい。
だが最近のディアナは何を考えているのか分からない。彼女の小指に輝く指輪を見る度、不安な気持ちになってしまう。古くからこの国では、小指の指輪は“約束”を意味する。だから初めてディアナのあの指輪を見た時は言葉を失った。
一体“誰”と“何”の約束をしているのか。何も知らないことが悔しかった。
そしてディアナはまるであれを婚姻指輪かのように、どんな時でも身につけていた。
そんなに大切な物なのか……? ディアナは自分で買ったと言っていたが、今まであんな風に装飾品にこだわっていた事はなかった。それにあのデザインも彼女らしくない。
……こんなことで心乱されてしまう自分が嫌になる。
だからこそ、今ディアナの口から私と同じ気持ちだということを聞ければ、私は安らげると思った。
「殿下、いきなり押しかけてしまって申し訳ありません」
部屋に入ってきたディアナは、気まずそうにしていた。
「それはいいけど、どうしたの?」
心臓の音が煩い。それを悟られないように表情を変えずにディアナを見た。今日もあの指輪は輝いている。
「実は……」
ディアナの口から出た言葉は、私が期待していた言葉でも恐れていた言葉でもなかった。ディアナは銀色の封筒を取り出し、クラスメイトに誘われたパーティーの話を始めた。
「……やっぱり“仮面の会”なんて怪しげな集まりに行くのは駄目ですか?」
私は黙って話を聞いていただけなのに、ディアナはまるで叱られている子供のような顔をした。
正直ディアナがそのような場所に行くなんて、いい気はしない。
そのパーティーが王室非公認というだけでも心穏やかではないし、怪しい人間が沢山集まる場所にディアナを行かせたくない。
一応ギデオンが同伴するらしいが、いくら身内でも夜に二人で出かけることにも嫉妬してしまう。
だけどそこまで考えて、冷静になった。
将来ディアナが王族になれば、きっと今より窮屈な思いをさせてしまうだろう。王族になれば、嫌でも規律やしきたりに縛られる。
だけどディアナはまだ王族ではないじゃないか。それなら今だけでも好きなようにさせてあげよう。
私の感情で、彼女を縛り付けるのはよくない。
「まだ駄目だとは言っていないよ。少し心配だけど、ギデオンがいるなら大丈夫だろう。……楽しんでおいで」
「えっ……ええっ⁉︎ いいんですか!」
「何、そんなに驚くこと?」
「そりゃ驚きますよ。だってさっきまで凄く怖い顔してましたよ? もうだめかと思いました……」
ディアナはそう言うと「しまった」と口元を押さえて失言を誤魔化そうとした。
怖い顔って、失礼だな……。
「でも、よかったです。ありがとうございます!」
ディアナはそう言って無邪気に笑った。彼女の笑顔で心がすっと軽くなる。
ディアナが嬉しそうだと、私も嬉しい。
そう思った矢先、ディアナの指先に目がいってしまった。
……またあの指輪をしている。
彼女の指輪は、ギラリと光を反射して存在を主張しているようだった。
私はそれを見て、何故か嫌な予感がした。
もし、あの指輪を贈った相手がいるのなら、いつかディアナはその相手のところへ行ってしまうのではないだろうか。
そんなことが頭をよぎる。
そう考えると“仮面の会”ですら、私の知らぬ所で行われる『逢引き』なのではないかと疑ってしまう。
……いや、違う。こんなものは私の悪い妄想だ。
もう少し冷静になれ。私はディアナを信じている。この純粋な笑顔が、私を欺いているなんてこと……ないに決まってるさ。
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