第13話 招待状
今日もグレンズ先生はいない。
……はあ、私何やってるんだろう。
あれから一週間。私は毎日グレンズ先生の研究室を訪ねている。だけど今日もお休みだ。もうしばらく学園には姿を現さないのかもしれない。
こんな急にいなくなるなんて。なんでだろう? 私に正体を知られたから?
それにこないだのジュリアちゃんの件も気がかりだ。あれは絶対にポプラレスが関係してると思う。
だから尚更、次にグレンズ先生に会ったらはっきりと言わないといけない。
私はポプラレスに協力しないし、こんなこと早くやめるべきだと。
「このままお辞めになるって噂を聞きましたよ」
突然後ろから話しかけられて、思わずびくりと肩が揺れた。
「タチアナ様……」
振り向くとそこにはクラスメイトのタチアナ様がいた。タチアナ様はゴージャスな巻き髪をなびかせて笑みを浮かべて立っていた。朝から意外な人物に会ってしまってちょっと驚いた。
「ディアナ様はグレンズ教官を探しておられるのでしょう?」
「え……はい、そうですけど……タチアナ様は何か知っているのですか?」
「いいえ、私もよく事情は知りません。ですが、オルセン伯もご高齢ですから……一族内で何かしら揉め事があるのかもしれませんね」
オルセン伯はグレンズ先生のお父様にあたる人だ。
でも正しくは義父だ。これを知ったのはつい最近。手がかりを探して貴族の戸籍表を調べた時に分かったことだ。
実はグレンズ先生の出生は平民で、突然魔力が現れたことによりオルセン家の養子になったらしい。色々複雑な家庭だ。
「そうですか。先生はオルセン伯の後を継がれるつもりなのかもしれませんね」
オルセン家は元々魔力を持たない貴族の家系で、直系の跡取りもいる。だけどオルセン伯爵は、魔力持ちのグレンズ先生を養子に迎え入れた。
もしかしたら後継者問題で揉めているのかもしれない。
「グレンズ教官にお会いしたいなら、学園の外で案内できますよ」
タチアナ様はそう言うと、シルクのハンカチで包まれた何かを私に手渡した。
「……これは何ですか?」
私は恐る恐るハンカチを開くと、豪華な装飾がなされた銀色の封筒が現れた。これは何かの招待状?
「この前お話ししました“仮面の集い”の招待状です。会員制なので、私がディアナ様を推薦しました」
「え、私を? なぜですか」
「なぜ? そうですね……ディアナ様はこの集いに相応しい方だと思ったからです。それに興味がおありのようだったので」
目力のある瞳でじっと見つめられて、怯みそうになる。相応しいって言われてもイマイチ喜んでいいのか分からない。
「お気持ちはありがたいですが、私は王族の婚約者ですからこのようなパーティーに出席するわけにはいきません」
少し考えて、私はそう言葉を返した。
封筒をよく見ると、王家が承認した印章がなかった。本来、こういう大人数が集まる催しは王家の印章が必要だ。
だけどこのパーティーはその印がない。つまりこれは未申請だ。だからどんな人が来るかわからない。ごく稀にこういう集まりで裏取引をしたり、過激な思想を持った人たちの集会が行われることもあると聞いたことがある。
だから王族の婚約者である公爵令嬢の私が、そういう場所に行くのはあまりよろしくない。
「ふふ、ディアナ様ならそうおっしゃると思いました。ですが、今グレンズ教官に会う方法はこれ以外にありませんよ」
「……」
それはそうなんだよね。この前タチアナ様が言っていたグレンズ先生っぽい人が本人ならば。
このパーティーに行けばグレンズ先生を探し出せるかもしれない。
「皆さん仮面をつけていますから顔は見られません。それに私の推薦ですから身元を詮索されることもありませんわ。ディアナ様には好都合でしょう?」
「確かに。いや、でも……」
「そんなに深く考えることはありません。少し変わったパーティーだと思えばいいのです」
うーん……そうは言ってもグレンズ先生がいる時点で怪しい集まりだよ。
でもこれはチャンスでもある。このままポプラレスを放置しておくわけにもいかないし……。
「あの、これは私一人しか参加できないのでしょうか?」
頭の中の天秤は“パーティーに参加する”に傾きつつある。
だけど現実的に考えてみるともう一つ問題がある。仮にも嫁入り前の私が、こんなよく分からないパーティーに一人で行くのはまずい。お父様が絶対に反対する。だからパートナーか、せめてボディガードが必要だ。
「パートナーの方とご一緒でも大丈夫ですよ。それならランドルフ殿下の分も推薦状を書きますわ」
「それはだめです!」
王家非公認のこんな訳の分かんないパーティーに王族の殿下を連れ出すなんて、危険すぎる。私が逆に殿下のボディーガードをしなくちゃいけなくなる。
それに殿下は色々と鋭い人だ。事情を偽って話したら絶対に怪しむだろうし、殿下の目を盗んでポプラレスのことを探れる自信なんてない。
それならリチャード様に頼む? ……いやいや、だめだめ。いくらなんでも、そこまで迷惑をかけられない。
じゃあ、残るはあと一人……。
「……えっと、ランドルフ殿下ではなくて、そうですね……私の従弟のギデオン・アンブリッジ宛てに書いていただけませんか? それで彼が了承してくれたら、私も一緒に参加しようと思います」
こういう時はやっぱり身内に頼るのが一番ね。ああ見えて剣術が得意だからボディーガードにはもってこいだし、事情を偽って話しても何とか誤魔化すことができそうだわ。
それにギデオンが一緒なら、お父様もパーティーへの参加を反対しないだろう。
あと問題は、ギデオンが了承してくれるかどうかだけど……。
「そうですか、分かりました。ではパーティーは次の週末ですから、それまでにお考えください」
「ありがとうございます」
「ふふ、良いお返事をお待ちしてますわ」
タチアナ様はそう言って、にこりと笑った。
ああ、これでもう引き返せない。ギデオンを説得してパーティーに参加する。そしてグレンズ先生を探し出すんだ。
こうなったらやるっきゃない!
―――
「嫌だね」
「えっ、なんでよ!」
テネブライ棟に戻ってギデオンを見つけた私は、さっそくパーティーのことを話した。
ポプラレスのことやグレンズ先生のことは話せないから「社会勉強のためにも一度こういう場に行ってみたいの!」というフワッとした理由で言い通した。
そして彼の答えはノーだった。
「“仮面の集い”って……なんだそれ。くだらない」
「くだらな……くなんてないよ! 珍しい催しじゃない。せっかくクラスメイトのタチアナ様が招待してくれたのに」
ごめんねギデオン。私も正直ちょっとくだらないなって思ってるよ……。だけど今はこれに参加するしかないの。
ギデオンは私の話を呆れた様子で聞いている。
「それになんで俺なの?」
「うっ……それは、その、王室非公認のパーティーだからよ。それにお父様も貴方と一緒なら安心すると思って……」
「ふーん、俺はボディーガードってこと」
「た、頼もしいってことよ……! それに気心知れた相手と一緒の方が楽しめるって言うじゃない?」
「そもそも楽しそうには思えないけど」
即答された。
それは私も全く同感だ。ほんと、顔も見えない相手とお話しして何が楽しいんだろうね……。
ってだめだ。今はギデオンを説得しなきゃ。こうなったら泣き落とし作戦だ。
「……ねえ、お願い。こんなこと頼めるのギデオンだけなのよ」
「……」
私は真剣な表情を作ってじっとギデオンを見つめた。すると彼の瞳が一瞬揺らいだ。ような気がする。
よし、この調子だ!
「……俺だけ?」
ギデオンはボソッとそう言って表情が緩んだ。あれ、これはなかなか好感触なのでは?
もうひと推しだ。私は思いつくまま、ギデオンを褒めた。
「ええ、ギデオンだけよ。貴方すごいわ……だって」
「……」
「だって、こんなくっだらないお願いも聞いてくれるんだもの! さっすが私の
「はあ……ディアナなんて嫌いだ……」
「なんでよ!」
途中までいい感じだったのに……!
ギデオンはそっぽを向いてしまった。
「……というか殿下はこのこと知ってるのか?」
先程の“嫌い発言”に軽くショックを受けていたら、ギデオンはそう訊いてきた。
「え、まだ殿下には何も話してないけど」
私がそう答えるとギデオンの眉間の皺が一層深くなった。
「はあ? 殿下に黙って行くつもりだったのか? そんなことしてみろ、後が怖すぎるだろ……」
「流石に黙っては行かないわよ。殿下には直前にサラッと報告するつもりだったのだけど……だめかな?」
するとギデオンの顔がみるみる青くなった。
「そんなのほぼ事後報告じゃないか! 殿下の身になって考えてみろよ。自分に何の相談もなく別のパートナーとパーティーに行かれたら傷つくだろ!」
「そ……そうよね」
確かにそれはいい気はしないよね。
殿下には怪しまれたくなかったから隠したかったのだけど、やっぱり嫌われたくないし、ここはちゃんと話しておいた方がよさそう。
「はあ、これじゃ俺が後々何を言われるか……ああ、もう先が思いやられる」
「てことは、一緒に行ってくれるの?」
さっきのはそう言う意味に聞こえたけど。するとギデオンは静かに頷いた。
「ああ、でもまず殿下に許可を貰ってきてよ。順番が逆だ」
「わ、わかったわ! ありがとう!」
よかったあ!!
ギデオンったらいつの間にこんなにしっかりした子になったのかしら。
まずは彼の言う通り、殿下に話を通そう。
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