第10話 仮面の集い
「簡単に説明しますと、会員制のパーティーのようなものですわ」
タチアナ様は誇らしげにそう言った。周りの子達は、興味津々な様子で耳を傾けている。
「推薦状さえあれば、身分は関係なく誰でも参加できますのよ? 仮面をつけて毎回決められたドレスコードで参加するのがルールなのです。先日、私は兄と一緒に初めて参加しましたの」
タチアナ様は得意げな表情でそう話を続けた。
「それで、そこにグレンズ先生がいらしたのですか?」
「ええ、そうです」
「……あの、もしかしたらよく似た人とか、見間違いの可能性はありませんか?」
「まさか、見間違えるはずありませんわ。それに声も聞きました。あれは絶対にグレンズ教官の声でしたわ」
私の言葉に、タチアナ様は語尾を強めた。かなり自信があるみたい。そのパーティーにいた人物が本当にグレンズ先生だったのかは確かめようがないけど、調べてみる価値はありそうね。
「じゃあグレンズ教官は二日酔いのせいでお休みしたってことかしら?」
シシィ様がふんわりと柔らかい声でそう言うと、周囲がどっと沸いた。
「ふふ、それでは不良教官ですわね」
「本当ですわ。明日にはいらっしゃるかしら? ふふふ、誰か真相を訊いてきてくださらない?」
ご令嬢達はキャッキャと楽しそうに話を弾ませて、しだいに本題から話が脱線していった。
「興味深いお話をありがとうございます。……では、私はこの辺りで失礼しますね」
私はタイミングを見計らって、ガールズトークから離脱した。
「もう行かれるの?」
「まだ午後の講義まで時間がありますよ」
なるべく角が立たないように言ったつもりだったけど、ご令嬢達は不思議そうに私を見ていた。すると輪の中心にいたタチアナ様が口を開いた。
「みなさん、きっとディアナ様はこの後ランドルフ殿下と待ち合わせしていらっしゃるのよ。野暮なことを申し上げるべきではありませんわ」
「あらあら、そうですわね。ふふ、羨ましいですわ」
「ディアナ様、楽しんできてくださいね!」
なっ、なんじゃそりゃ……。
殿下と待ち合わせなんてしてないし、むしろ学園で会えたらラッキーってレベルなのに。でも否定するのはなんだか虚しいからやめた。
そうして私はその場を後にした。部屋から出ようと講義堂の扉を掴んだ時、咄嗟に背後から何か視線を感じたような気がした。
「……?」
振り返ると、まだご令嬢達は楽しそうにガールズトークを続けていた。
別に変わった所はない。
一応部屋の中をぐるりと見渡してみる。何もおかしな所はない。そして私はもう一度、部屋の中にいるご令嬢達に目をやった。
するとその瞬間、タチアナ様とバチリと目があってしまった。それは、こちらが固まってしまうぐらい鋭い視線だった。
だけどすぐにその表情は穏やかな笑顔に変わった。そして何事もなかったかのように、タチアナ様は私に手を振り会釈した。つられて私も笑顔を作って部屋を出た。
な……何? さっきの。
タチアナ様は私に何か言い残したことでもあったのかな。私も目つきが悪くて誤解されやすいから、決めつけるのは良くないけど……さっきのはちょっと驚いた。いや、私の勘違いかもしれないけど。
タチアナ様はエバンス伯爵家のご令嬢だ。性格はちょっと気が強い所があるけど、流石に彼女がポプラレスに関係しているとは思えない。
でも一応、注意しておいた方がいいかもしれない。
テネブライ棟を出て、私は本館の中庭に向かった。晴天の空に、心地よい風が吹いている。
気持ちがいい。ここに来ると落ち着くな。
だけどそう思っていた矢先、私は茂みの中に身を潜めることになってしまった。
なぜならそこには、殿下とジュリアちゃんがいたからだ。
「……」
茂みの影から様子を伺うと、二人はどうやら私に気付いてないみたい。よかった。
確かにさっき、今日もどこかで殿下に会えたらいいなぁなんて思ってたけど、流石に殿下とジュリアちゃんがいるところには行けない。
その組み合わせだと、私が悪役になっちゃうような気がするから。
ジュリアちゃんはテラスの椅子に腰掛け、何か書き物をしていた。そしてその正面に殿下がいて、テーブルに手をついて何かを話していた。距離があって話の内容までは聞こえない。
だけど殿下が何かを言うと、ジュリアちゃんが書いていた手を止めて、殿下を見上げて微笑んだ。
わあ、可愛い。ジュリアちゃんの大きな瞳が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。
殿下はジュリアちゃんの話を真剣な表情で聞きながら、時々頷いていた。
すごく、お似合いだ。
胸の奥がちくちくする。
こうやって見ると、殿下とジュリアちゃんは雰囲気もビジュアルも身長差もぴったりだ。すごく絵になる。
つ……つらい。分かってたことだけど、現実が急に目の前に現れるとダメージがすごい。
こんなことを思っちゃいけないのに。こんなことを考えている場合じゃないのに。それなのに私は心の奥で、ジュリアちゃんに早く殿下から離れてほしいって思ってしまっている。
……やっぱり私って悪役の素質があるんだ。
はあ……私はジュリアちゃんをポプラレスから守らなきゃいけないのに、今になってこんなことを思うなんて最低だ。
とにかく早くこの場から立ち去らないと。自分がどんどん嫌な人間になってしまう。
そう思った瞬間、頭上から誰かの声が聞こえた。
「何してるの?」
「いえ何も、邪魔者はもう立ち去りま……」
と言いかけて、声のする方向を見た。
「って、リチャード様⁉︎ 何してるんですか?」
「えっと、それは僕が聞きたかったんだけどな。こんな所でかくれんぼ?」
そうか。この状況は、第三者からすれば私がおかしいのか。
リチャード様は心配そうに私を見ている。一方私はさっきまでの複雑な感情が一旦どこかへ消え去っていったことに安堵した。
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