第15話 まさかの展開


 婚約破棄、それは成立していた婚約を後から取り下げられることだ。

 なんらかのトラブルが発生して、片方が一方的に告げることが乙女ゲーム界隈では多い。


 私はいずれ、その時がくると覚悟はしていた。だけどまさか、こんなに早い段階で殿下に見放されてしまうなんて思ってもみなかった。

 私達って結構いい茶飲み友達だと思っていたから……。




「ディアナ、こんな時に呼び出してすまない」


「いえ、大丈夫です。次の先輩達の競技は夕刻からですもんね。まだ時間に余裕があります」


 私はなるべく平常を装って笑った。

 それにしても、もっと大勢の前で婚約破棄をされるのかと思ってたけど、実際はそうでもないみたい。

 私が殿下に呼ばれていたのは、試合が始まる前に控えていた代表者専用の部屋。他の代表者の先輩達はこれからの競技の準備があって、ここに戻ってくることはないし、もうここには私達しかいない。


 私は殿下が座っているソファの隣に座り、二人分の紅茶を淹れた。

 

「……」


「……」


 空気が重い。……何か話さなきゃ。


「あの、殿下……」


「ディアナ、あの時言ったことだけど……」


 私が声を発したタイミングで殿下も話しだしたので、言葉が被ってしまった。


「えっと、何?」


「あ、殿下こそ何でした?」 


「あ……いや、ディアナから先に言っていいよ」


 殿下は微笑んでそう言った。私はそれを聞いて、腕に着けていた魔法石のブレスレットを外して殿下に渡した。


「あの、これありがとうございました」


 魔法石は婚約破棄される前に、きちんとお礼を言って返しておきたかった。だけど殿下は首を横に振った。


「返さなくていいよ」


「え、でも」


「これはディアナにあげる。魔法石を贈る意味は分かってるよね?」


 殿下にそう言われて、私は押し黙るしかなかった。

 分かってるよね……って? 魔法石は特別な相手に贈るものだよね? それならなぜ、これから婚約破棄をする私にくれるの? 意味が分からない。


「ケルターメンが始まる前に話したことの続きをしてもいい?」


「はい、どうぞ」


「……ディアナ、君はまだ私のことをだと思っているよね」


「た、他人だなんてとんでもない。私は殿下の婚約者ですよ」


 ヒロインちゃんが現れたら、もう殿下とは他人になるかもしれないけど。今はまだ婚約者だと思ってるよ。

 あれ……私ったらどうして胸が苦しくなってるんだろう。


「うん、私もそう思っていたよ。君は婚約者で、そう決まっているだけの関係なのだと」


 今更どうしたのだろう。そんなのは昔から分かっていることなのに。

 私は殿下の婚約者。親が決めた関係。ずっとそうだった。


「だけど、この関係は変わっていかなくてはならないと思うんだ。私の心も変わってしまったから……」


「……」


 ああ、頭がぐらぐらしてきた。ついに、婚約破棄されてしまうんだ。

 あぁ……婚約破棄って、思っていたよりもずっと辛いものなのかもしれない。


「今日はディアナの何気ない言葉に何度も翻弄されたよ。全く、私が私でないようだった。本当はこれを今言うべきなのか分からないけど、言わないと君はずっと分からないままだろう?」


 私は次に言われるであろう言葉を待った。ああ、ついに婚約を解消されてしまうんだ。そう身構えていた私に、殿下は落ち着いた声を発した。


「ディアナ、形だけの婚約者でいるのはやめよう。私は君が好きだ」


「……え?」


 殿下の発言に、雷に打たれたような衝撃が走った。

 驚きすぎて声が出なかった。開いた口が塞がらない。

 殿下はまっすぐに私を見つめていて、冗談を言っている様子ではない。


「……ほんと、思った通りの反応をするよね。だけどディアナは、これからも今まで通りでいいんだよ」


 殿下は優しい口調で微笑んだ。


「君に好きになってもらえるよう私が今から努力するから」


「……」


 言葉が出ない。心臓がバクバクと高鳴って、うるさい。


「はは、そんなに動揺する? もう薄々気付かれてると思ってたのに」


「だって、そんな……そんな素振り一度も……」


「ディアナは鈍いからなぁ。じゃ、さっそくだけど利き手を出して」


 殿下はそう言ってクスリと笑った。私は頭が真っ白になっていたけど、言われるがまま右手を殿下に差し出した。

 いつの間にか、先程返却しそびれた魔法石のブレスレットを殿下が持っていた。殿下は優しい手つきでブレスレットを調節して私の腕にぴったりのサイズに変え、腕に着けてくれた。

 殿下の指先が手首に触れると、その場所が熱くなっていくような気がした。不思議な感じ。

 どうしちゃったの、私。


「ディアナは私の特別な人だから、これをいつも身に付けていて欲しい。……はは、こういう事言うのって結構恥ずかしいね」


 殿下は珍しく楽しそうに声を上げていた。私はというと状況を把握するのに必死で呆然としていた。

 殿下のくれた魔法石は、深海のような神秘的な色をしていてとても綺麗だった。



 私は結局、婚約破棄されなかった。冷静になると、まずそこにホッとした。

 だけどその後、殿下に言われた言葉を思い出して何度も顔が火照った。





 魔法祭は終わった。結果はルーメンの勝利となった。そしてテネブライは十年連続敗北するという不名誉な記録を更新してしまった。

 だけど私はあの後の記憶がほとんどない。

 先輩達の競技の応援中も、気が付けば殿下のことが頭に浮かんでいた。これは何かの病気かもしれない。私、おかしくなっちゃったのかな……。

 こうして、私達の魔法祭は幕を閉じた。


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