第14話 魔法祭Ⅳ


《さてここで開始から十五分が経過しました! 現時点の得点はルーメンが二ポイント、テネブライがゼロポイントです!》


 ヒィ……! 先手取られてる!

 ついに始まったケルターメン。ルールは簡単、川を止めれば一ポイント。止めた場所が上流ならさらに加点がつくらしい。制限時間は一時間、より多くポイントを取った方の勝ち。

 開始の合図で、私は飛行魔法を使いながら森に入り、堰き止めやすそうな川を物色した。川は全部で十二本あるから、まずは簡単そうな場所から押さえないとね。

 ちなみに私の後ろにはフクロウみたいな魔獣が後を付けてきている。この子は視界を別の場所に映し出す能力がある。要するにカメラマンだね。

 実況やギャラリーは森の中まで入ってこられないから、この魔獣の能力で別の場所から私たちの行動を見てるってわけ。もちろん殿下の方にも一羽付いて回ってる。

 

「テラ・ソルウォール!」


 焦っちゃだめだ。まずは計画通りに土魔法で小さいダムを作る。呪文を受けた土はボコボコと盛り上がり堤防みたいな形になった。といってもまだ土は川の中だ。これを重ねて大きくしていかないと。


《おっと! テネブライのベルナール令嬢は土魔法で堤防を作るようですね!》


《なるほど、この場で土魔法を使うというのはいい判断です》


《対するルーメンはどうでしょう?》


《ルーメンのランドルフ殿下は得意の水魔法で攻めながら風魔法も併用し、水の流れを止めているようですね。この競技の正攻法です》


 せ、正攻法? この競技にそんな攻略法があるの? 先輩、特訓の時にそういう情報も教えて欲しかったよ。飛行魔法も大いに役に立ってるけどさ……。


《おお! ルーメンのランドルフ殿下、二本目の河川堰き止め成功です! 上流付近のため加点が一点入りますので、これで合計四ポイントとなります!》


 わわっ、また? 殿下はやることが早いなぁ。ま、私も土のダムがもうすぐ完成するからこれで水が止まるはずだ。よし、こっから挽回するぞ!



「……えっ?」


 あと一押しで土ダムが完成するってところで、急に川の水が減っていった。このままじゃ川が枯れそう。な、ななななぜ……?


「まさか」


 私は飛行盤に飛び乗った。ここより上流は流れが強いはずなのに、登れば登るほど水が少なくなっている。



「やあディアナ」


「あーーー!! 殿下!」


 やっぱりーー!!

 上流では水の渦巻きが出来ていて、そこで水が堰き止められそうになっていた。

 なんと言うことでしょう……私がせっせとダムを作っている上流で、殿下がこんなことをしていたなんて。

 爽やかに微笑んでる殿下が今だけはちょっと憎らしい。


「もしかしてここの下流にいた?」


 殿下は私の必死の形相を見てそう言った。

 うわーん、悔しい!


「そうですよ! こうなったら私も上流でおっきいダム作っちゃいますからね! 負けませんよ!」


「え、危ないからもっと下流にいなよ」


「それじゃ殿下に勝てません!」


「ディアナは……勝たなくていいだろ」


 殿下はそう言って気まずそうに目を逸らした。

 こ、これはやっぱり……婚約破棄の兆候だ!

 殿下的にはこの勝負に勝って、気持ちよく婚約破棄したいのだろう。その気持ちは分からないことはない。でも、それじゃ困るの。まだヒロインちゃんが入学してくるまで四ヶ月も残っている。こんなに早く婚約破棄だなんて寂しいし。

 ……いや、そうじゃなくて。えっと、そう。もう婚約破棄だなんてゲームのシナリオと違いすぎるし、婚約破棄が早いほど私の今後の展開が危険な気がするから!


「わ、私だって殿下に勝ってもらっちゃ困るんです! まだを言わせるわけにはいかないので!」


 “アレ”というのはもちろん“婚約破棄”だ。


「……何のこと?」


 殿下は私の発言に神妙な顔をしている。私は声を張って言葉を続けた。


「とぼけたってだめです。殿下が私になんて全てお見通しですから!」


 と言った途端、ザブンと大きな水音がした。

 そして大量の水飛沫が顔にかかった。目の前の殿下も同じく水びたしだ。

 何が起こったの?

 川を見ると、さっきまであった水中の渦巻きが消え、止まっていた流れが動き出していた。

 殿下の魔法が不発したみたい。どうしたんだろう、失敗するなんて。

 私は慌てて殿下の方を見た。すると殿下は耳まで真っ赤にして、固まっていた。様子がおかしいぞ。


「私の思っていることなんて……お見通し……だと?」


「え、ちょっと……どうしたんですか?」


《おやおや、これはルーメンのランドルフ殿下の水魔法が解けてしまいましたね! 惜しい! もう少しで堰き止められそうだったのですが》


《複雑な魔法ほど、精神の乱れで解けてしまうことがありますからね。おそらく何かしら心理面に迷いが出たのでしょう》


《なるほど。おっと、ここで下流にあったベルナール令嬢のダムが活躍しています! 見事に川を堰き止めました! これでテネブライに一点入ります!》


 えっ? えーーーー!

 なんかよく分からないけど一点入っちゃった! やったー!!


《……えー、よく分かりませんが、おそらくベルナール令嬢がランドルフ殿下に心理戦を仕掛け、その末にポイントを得たというところでしょうか。流石ですね》


《それはそうだ! ディアナ嬢は朝練で鍛えた強靭なメンタルを持ち合わせているからな! 私はそこを見込んだのだ!》


《ちょ、アーロン総裁。急に乱入しないでください!》


 突然の乱入者に慌てている実況席の声が聞こえている。アーロン先輩は相変わらずだ。

 そういえば、さっき実況で言ってた“心理戦”って何のことだろう。殿下にそんな難しい技を使った覚えはない。

 まあ、ラッキーだったってことでいいのかな?


「えっと、何の話でしたっけ……」


 実況は盛り上がってるけど、現場の私達は気まずいったらない。実質私が点数を横取りしたみたいになってしまった。

 だけど殿下はそれに怒っている様子もなく、むしろほっとしている様な感じだった。


「心理戦……なるほど、そう言うことか。ディアナが急に変なことを言い出すから驚いたよ。でも次は通用しないからね」


「変なこと……?」


「じゃあ私は向こうに行くから。ディアナはあまり無理をしないように」


「え、ああ……はい」


 殿下は話し終えると、飛行魔法を使って颯爽と去っていった。

 相変わらず飛行が速い。私も負けてられない!






―――


《結果発表です! ルーメンのランドルフ・エメ・ルーブ殿下は十四ポイント獲得! 対してテネブライのディアナ・ベルナールさんは九ポイント獲得! よって一年生の対決はルーメンの勝利です!》


 ハイ、負けました……。


「ディアナ嬢〜〜! 残念だったな! だが私は感動したぞ! 最後の追い上げは凄まじかった!」


「アーロン先輩、ありがとうございまっ……おわっ」


 なぜか誰よりも感極まっているアーロン先輩は、そう語りながら急に私の頭を撫でた。わしゃわしゃわしゃ、と飼い主が大型犬にする様な感じで。

 私は犬か! 

 苦笑いしながら頭にあった先輩の手を丁寧に引き剥がして髪を整え、テネブライの生徒が集まる応援席ブースに向かった。

 敗北後のテネブライブースはお通夜状態かもしれないと覚悟していたけど、皆優しく出迎えてくれた。


「皆さん、ごめんなさい。負けてしまいました」


 私はそう言って皆に頭を下げた。頑張ったけど、やっぱり殿下は強敵すぎた。


「ディアナ様! 謝らないでください! 私達は寧ろ感動を頂き、感謝していますから」


「そうですよ! あの心理戦も流石だと思いました。諦めない心が大切なのですね……!」


 リンダ様とシシィ様はそう声を上げてくれた。う、うれしい……。


「ディアナ様! あの殿下とこんなにいい勝負をなさるなんて……素敵でしたわ!」


「感動しました! 俺たち、ディアナ様に一生ついて行きます!」


「ディアナ様はテネブライの星です!」


「えっ、え、そんな皆さん褒めすぎではないですか?」


 テネブライのみんなの優しい言葉に頬が緩む。負けてしまったけれど、みんなに喜んでもらえて良かった……。嬉しすぎて泣きそうだよ。


「ベルナールさんは人気者だねー」


 背後からグレンズ先生の声が聞こえた。そう言えば、今日顔を合わせるのは初めてだ。


「先生、今日のために色々サポートしてくださってありがとうございました」


「はは、どういたしまして。って言っても大したことはしていないけどね。ま、これで来年の総裁は君で決まりだね」


 ん? 今なんと?

 グレンズ先生ったら、いい笑顔で今とんでもないこと言ったよね。


「あの、今とても不穏な単語が聞こえましたけど……」


「え? でも総裁は生徒の投票制だから、君以上の支持率の生徒を見つけてくる方が難しいんじゃないかな」


「え……はは、先生ったら冗談きついです」


 動揺しすぎてうまく笑えない。


 魔法祭が終わったら今度は総裁選が待っている。もちろん私は総裁職なんてごめんだ。

 それなのにこの魔法祭で、私はかなり目立ってしまった。まずい……。これはかなりまずいかもしれない。

 周囲にいるテネブライの生徒達がキラキラした目で私を見ている。お願いだから、総裁選で投票しないでね……。私は心の中でそう願った。


「ふふ、私の計画通りだよ」


「計画?」


 グレンズ先生の呟きに、私は思わず声が出た。だけど先生は笑ってはぐらかした。


「それより、そのローブすごく似合ってるね。大蛇みたいですごく可愛いよ」


「『大蛇みたい』は余計ですよ」


 私はそう言って苦笑いしたままテネブライブースを後にした。




 この後は、殿下と会う約束をしている。

 殿下は私に告げたいことがあるって言ってたな。はあ……ついに婚約破棄されちゃうんだ。

 ……やだな。

 私の足取りはいつもより重かった。


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