第8話 特訓


 私は少し……いや、かなり後悔してます。

 やっぱり身の丈に合わないことなんて言うんじゃなかった。就職優遇は確かに魅力的だったけど、飛行魔法が苦手な私が魔法祭に出たいだなんて無茶だったんだ……。




「おっとっととっ、ああっ、危なっ! ……はぁ、びっくりした」


 私は今、テネブライの演習着に身を包んで飛行魔法の特訓中です。

 飛行時に使う道具の“飛行盤”の上にちょこんと乗って、地上からは二メートルぐらい浮いてる。でも、浮いてるだけ。これが少しでも前に進めば、さっきみたいにバランスを崩して落ちそうになってしまう。本当はこのまま高く飛んで空中をサーフィンするみたいに動けたらいいのだけど……。


「ディアナ嬢! 体幹がなってないぞ! もっと姿勢を正すんだ!」


「は、はい!」


 地上にはアーロン先輩、その横にクラヴィス先輩、そしてグレンズ先生がいる。皆さま忙しいはずなのに、今日は私のために集まってくれた。

 もちろん今日の授業はとっくに終わってる。いわゆる放課後ってやつ。他の生徒たちは友人とお茶したり、街にお芝居を観に行ったり、恋人とデートしたりなどなど……自由な時間を楽しんでる。でも魔法祭を一ヶ月後に控えた私が、そんな呑気に遊んでいられるはずはない。テネブライ一年生の代表として、最低限の飛行力を身につけるべく、お三方から特訓を受けているのです。

 

「朝練で鍛えたインナーマッスルを思い出すんだ!」


 相変わらずアーロン先輩の指導は熱い。うう……一体どこよインナーマッスルって……全然ピンとこないよぉ。

 私は宙に浮いたままユラユラと前に進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返している。すると今度はクラヴィス先輩の小さな溜息が聞こえた。


「はぁ、まずいですね……。首席と聞いていたのでもうちょっとマシなものかと思っていましたが……先生、どうしましょう」


「うーん……ベルナールさんは魔力自体は申し分ないし、あとは単に平衡バランス感覚の問題かなぁ」


 ……バランス感覚か。そういえば私、前世でも自転車に乗れなかったんだった。これはまずいな。

 このままじゃ魔法祭で全生徒に「なんでこの人が代表なの?」って顔されちゃう。それじゃ応援してくれるクラスメイトや、推薦してくれた先輩たちに申し訳ない。


「じゃあ、まずは正しい感覚を掴もうか。アーロン君とクラヴィス君に掴まっていいから、途中で止まらずにここまで飛んでみてごらん」


 そう言うとグレンズ先生は宙に浮いて一瞬で五十メートルぐらい先まで移動した。速い……。


「よし! ディアナ嬢、我々に掴まってまずはあそこまで一息で行こう」


「はい。頑張ります!」


 先輩方は各々飛行盤に乗り、宙に浮くと私の前方で手を差し伸べてくれた。私は生まれたての小鹿のような足取りで、近づいてその手を取った。

 あっ、これは……すごく安定する! プールでビート板に掴まった時みたいにスーッと前に進める!

 二人の補助のおかげで一度も止まる事なく、グレンズ先生が待つゴール地点に到着することができた。


「できた!」


「たった一度でここまでできるなんて、すごいじゃないか! やはり私が見込んだだけあるな!」


「ははは、よかったねー。まぁこれは基礎中の基礎だけど、一人で飛ぶ時のコツが掴めれば、君は上達が早いと思うよ」


 わーい! 褒められた! 私ってば、やれば出来る子! さっきまでは絶望的だったけど、もしかして毎日練習すればなんとかなりそうかも?


「……しかし、この距離で十二秒もかかりましたね。正直、走った方が早いです」


 頭の中で自分を胴上げして喜んでいた束の間、クラヴィス先輩が現実を突きつけてきた。

 た、確かに……魔法を使って五十メートルを十二秒って遅すぎる。しかも補助ありで。これなら魔法を使わなくても全力疾走したらいいのでは……?

 アーロン先輩もグレンズ先生も私への期待値が低すぎるから褒めてくれるだけで、冷静になってみたらまだまだヘナチョコなのは変わらないんだ。あーあ浮かれちゃってた……魔法って難しいなぁ。


「一年生ならそれぐらいの速さで問題ないよ」


「そうですか。よかっ……」


「ただ、この前の基礎演習ではランドルフ殿下はこの距離を四秒台で飛行していたよ。もし対抗演目が“飛行レース”だったら、ベルナールさんの負けだね……残念だなぁ」


 殿下速っ! というか、グレンズ先生ってば、しみじみと私の負けを噛み締めないで下さい! まだ結果は分からないから……!


「先生、勝負というのは最後まで分からないものです。ディアナ嬢、闘う前から諦めてはいけないぞ。君はやればできる。今日はさっきの飛行練習をあと百回やろう! よし、クラヴィス手を貸してくれ」


「ひゃ、百回?!」


 正気ですか……この熱血漢……。


「……やれやれ、しかし疲労が出るといけませんから間をとって今日は五十回にしましょう」


 いや、それでも多いよ! 飛行魔法は走るのと同じぐらい疲れるのに。そんなに練習したら補助をする先輩たちも相当疲れるんじゃ……。

 ああ、そうだった……この人たちは超体育会系だったね。


「じゃあ、私は仕事があるからね。ベルナールさん、頑張ってね〜〜」


 さっきグレンズ先生が一瞬面倒くさそうな顔したのを見逃さなかった。そして私達から逃げるようにテネブライ棟に戻ってしまった。

 うう、私を置いていかないで……。


「よし、ディアナ嬢! インナーマッスルを意識してもう一度行くぞ!」


「ディアナ嬢、飛行時は胸式呼吸よりも腹式呼吸の方が体力消耗率が低いというデータがありますので、腹式呼吸で行ってください」


「はぁ、はい……」


 私、一応は悪役令嬢のはずなんだけど……なんか熱血スポ根漫画の主人公になった気分だよ。

 ある意味これは、断罪回避に向かってるって思っていいのかな? じゃなきゃ、ただとんでもないものに首を突っ込んでしまっただけってことになる。うん、きっとこれは断罪回避に繋がってる! これからの練習で正気を保つためにも、そう思うことにしよう……。

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