第7話 適任者


「総裁……どうします? ディアナ嬢は絶対断ると思いますよ」


「いや、分からんぞ。普通の令嬢ならきっと断るが、彼女は違う。あの『朝練』にだって出てくれるようなパワフルな令嬢だ。一度聞いてみる価値はあるんじゃないか」


「しかし……」


 学園の裏庭で課題をしていたら、物陰からコソコソと怪しげな声がした。

 えっと……その声はアーロン総裁と総裁秘書のクラヴィス先輩かな?


「……あの、どうかなさいましたか?」


 丸聞こえな声の主の方へ振り返ると、やはりそこにはアーロン先輩とクラヴィス先輩がいた。


「はは、すまないディアナ嬢。コソコソと怪しい行動をしてしまって」


 アーロン先輩はポリポリと頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。


「……えっと、何かご用ですか?」


 嫌な予感がするけどここまできたら聞かなきゃ気になる。するとクラヴィス先輩が眼鏡を正してアーロン先輩に耳打ちした。


「総裁、やっぱりやめましょう。こんな可憐な女性に“アレ”は酷です。それに今まで女子生徒が“アレ”に出場した前例はテネブライにはないですし」


 な、なんか不穏な話が聞こえるぞ……。


「うむ、そうだな。ではディアナ嬢、今年の『魔法祭』に出てくれないか」


「えっ……」


「ちょっ、総裁、僕の話聞いてました?」


 クラヴィス先輩がアーロン先輩を咎めて何か言っているけど、もうそれが頭に入らない。私はただ呆然としてしまった。

 だって、『魔法祭』ってあの『魔法祭』でしょ?

 もちろんゲーム内でもイベントとして『魔法祭』があったから知ってる。各学年のルーメンとテネブライが対決する一年に一度の魔法学園のお祭みたいなもの。

 確か、対決内容は当日知らされるのよね。野生の魔物と闘って倒した数を競うとか、宝探しみたいなものだったりとか、飛行レースとか、一対一の決闘だったりとか、毎年内容が違ったはず。ゲームでは好感度の高い攻略対象者が出場して、ヒロインはそれを応援するっていう甘酸っぱい恋愛イベントだった。けど……あれに出場しないかって? 私が? 嘘でしょ……。

 ゲームのディアナは、確か特等席を陣取って高見の見物をしていたはず。私も特等席まではいかなくても、客席で出店のお菓子や軽食をつまみながら楽しく観戦できると思ってたのに……。



「まずは少し話を聞いてくれないかい? そして、断るかどうかはそれの後決めてほしい」


「はぁ……」


 アーロン先輩はいつもテネブライのことを第一に考えてるのは知ってる。文武両道だしみんなに信頼される凄い人だと思う。けど……こうなると周りが見えなくなるタイプだからちょっと困る。


「ディアナ嬢は知っていると思うが、この学園が設立されて今年で二百五十年だ。君はその記念すべき『魔法祭』で勝利したいと思わないかい?


「勝利……ですか?」


「ああ、私は思うぞ! それに、近年の戦歴は九年連続ルーメンが勝利している。もし今年も敗北すればテネブライは十年連続敗北の不名誉な新記録ができてしまう! このままではテネブライの存在意義が問われるかもしれない。だからなんとしても、勝たなければならないのだ!」


 アーロン先輩の熱弁は説得力がある。確かに十年連続で負けるのはなんか情けないような……。


「でも、なぜ私が? 適任者は他にいると思いますが」


「いや、ディアナ嬢。君が最適任なんだ。朝練の様子を見て、私は一年生の代表を誰にするかずっと考えていた。はっきり言って適任な者はいなかったよ、男子生徒にはね。だが君は体力もあるし、気力とやる気もある! おまけに魔力も強い! 君の持つフィジカルとメンタルの強さ、これは代表にふさわしい素質だよ。……まあ、飛行力だけイマイチだけど、それは特訓したらいいさ!」


 代表の選考基準がフィジカルとメンタルって……ここは魔法学園ですけど! あと、飛行力のことはもっとオブラート包んで言ってほしかったです……!


「代表者は当日まで関係者以外秘密だ。相手側の代表ももちろん当日まで分からない。だが、今年はおそらくランドルフ殿下だろう。王族は代表に選ばれやすいからな」


「そうなのですか……?」


「きっとそうだ。だがそうなると君以外の生徒では、怯んでしまうだろう。だが君は婚約者だから大丈夫だろう! むしろ殿下が怯むかもしれない!」


 な、なんじゃそりゃ……。

 まず、私が出てきたら殿下は怯むっていうよりは、ドン引きするでしょうね……。そして最上の呆れ顔されちゃうよ。想像できるよ。

 もうテネブライ連続敗北は仕方ないってことで、悪いけど断っちゃおう。私には無理だ。




「総裁! そんな理由でディアナ嬢が引き受けてくれるはずないでしょう? ディアナ嬢、申し訳ありませんでした。この話は忘れてください」


 黙って話を聞いていたクラヴィス先輩が、私からアーロン先輩を引き剥がしつつそう言った。


「クラヴィス! なぜそんなことを言うんだ。まだ話は終わってないのに……」


「はぁ……総裁、いいですか。いくら適任者だと言っても、この方はランドルフ殿下のですよ。増してや、未来のになられる方なのですよ?」


 ぎくっ。そう言われると引っかかるな。だって私はこの先どうなるか分からない。ヒロインちゃんが登場したら、婚約が白紙になってもおかしくない状態だ。


「彼女はテネブライ勝利云々よりも殿下の勝利を望まれているはずです。それに、魔法祭に出場してもというメリットしかないのに、王族に嫁がれるディアナ嬢が引き受けてくださる訳ないでしょうが」


「あの、今なんと」


 今何かスゴイことが聞こえた気がする。ディアナの今後にも関わりそうな大事なことが……。


「えっ……ですからテネブライの勝利よりも……」


「そこではなくて、出場者のメリットのところです」


「メリット……ですか? 『魔法祭』の出場歴があると卒業後の魔法職の就職に有利なのです。そんなこと、ディアナ嬢には関係ない事ですよね」


 し、知らなかった……この世界にそんなチート制度があったなんて。

 前世だったら他の生徒からクレーム来そうだよ。この世界の貴族たちは世襲が多いし、そういうのあまり興味なさそうだけど……私は興味深々だよ。

 

 今のところゲーム通りの処刑は免れそうな気がしてるけど、どちらにせよヒロインちゃんが入学してきたら私は殿下に婚約破棄されると思う。そしたら家にも沢山迷惑をかけてしまう。だから将来は自分一人で生きていかないといけないんだ。

 そう考えると、就職優遇制度はとっても魅力的に聞こえる。


 殿下に勝てる見込みはない。でもみんなの前で負けて悪目立ちしようとも、これに出場さえしていれば なんだ。それ、最高じゃない! 


「やっぱり私、出たいです」


 私のその一言にクラヴィス先輩は目を丸くし、アーロン先輩は勢い良くガッツポーズをした。この感じ、初めて朝練に誘われた時とデジャブな気がする。

 私って相当扱いやすい人間なのかもしれない……。


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