第二章 魔法学園編

第1話 これが現実


「うう……」


 基礎魔法学の授業が終わる鐘の音が鳴った。周りの同級生たちは先程担当教官のエリザ先生から渡された重厚な作りの小さな箱を開けている。


 さあ、私も開けなくては……。だけど、手が進まない。


「開けないの?」


 後ろから声が聞こえて振り返ると殿下とリチャード様がいた。今日は私の後ろの席に座ってたからね。


「ええ、今開けようとしてます……」


 箱に手を当て深呼吸。はぁ、この後の授業のためにも早く開けないと。いや、ちょっと待って……まだ心の準備が……。


「そんなに気負わなくても……」


 リチャード様は困ったように眉をハの字にさせた。そうよね、側から見たらこんなことしてる私って相当変なやつよね……。でもこれはディアナわたしにとっては結構大事なことだから。


「ただのクラス分けじゃないか。ちなみに私とリチャードはルーメンだった」


 そう話す殿下の持っている箱には、オフホワイトの紋章ピンが輝いていた。

 うう……そんなのは知ってますぅ! ゲームでもそうだったんだから……!




 十五歳になった私が魔法学園に入学して早一ヶ月。一個下のヒロインが入学してくるのは来年だから、それに備えて謙虚に過ごしていた。

 この一ヶ月間は同級生たちと魔法の基礎分野を学んだ。そして昨日は今後のクラス分けテストを受けたばかり。

 そしてさっきの授業で、エリザ先生が小さなジュエリーボックスのような箱を一人一人に配った。この箱の中には、魔法の属性分けを示すピンが入っている。それで来月からの専門魔法のクラスが決まってしまう。


 そもそもこの世界の魔法には二つの属性があって、光魔法ルーメン闇魔法テネブライに分けられてる。ルーメンは主に治癒治療魔法、防御、風・水を操る魔法に秀でていて、テネブライは戦闘魔法、幻術、炎・土を操る魔法に秀でている。

 魔法学園では最初の一ヶ月で個人の適正を審査して、二ヶ月目からは属性クラス別で授業が行われる。……といっても基礎分野は引き続き光闇合同で授業するらしいけど。


 で、問題は私の属性……ゲームのディアナは言わずもがな闇クラスことテネブライだった。二年生ではテネブライ代表の“総裁”まで務めてたし。


 私の悩みはこのクラス分けだ。だって“闇クラス”だなんていかにも悪役っぽくて嫌じゃない? 別にテネブライの方を悪く言ってるわけじゃないよ。お父様もお母様もテネブライOBだし。でも、ゲームのディアナと同じ道なんて出来れば進みたくない。だから私は授業でもテストでもルーメン向きな回答をわざと選んでみたりして闇クラス回避の対策は練ったつもり。

 それだけ努力したからには、この箱の中身はルーメンであって欲しい。だけど遺伝的にはテネブライの可能性が高いのかな……。真相はこの箱を開けてみないと分からない。



「あぁ、緊張する……」


「別にそこまで緊張することじゃない。ほら、開けてみるといい。ディアナは家系的にテネブライだ」


 がぁん! 殿下ったらサラッとそういう意地悪言うんだから。

 十五歳になった殿下は大人っぽい顔立ちの美形で、いわゆるイケメンな顔立ちにご成長されましたけど、性格は相変わらずでございます。他のご令嬢と話している時はお手本スマイルを崩さず絵に描いたような王子様なのに。


「……殿下、私がルーメンになりたがっているのを知ってますよね? テストだってそれを考慮して勉強したんです!」


「それはそれだ。筆記と生まれ持った適性は違うから」


「正論ですけどなんだか腑に落ちませんー! もう、殿下のいじわる……!」


「なんだ、人聞きが悪いな」


「まあまあ、どっちにしたって一年生のうちは合同授業が多いし、そんなに今と変わりないと思うよ」


 私と殿下の間でリチャード様がフォローになってないフォローをしてくれた。彼は相変わらず優しい。昔は私より小さかったのに今では背も抜かされてしまった。それに可愛かった美少女フェイスも、今は柔らかな雰囲気の美人さんに成長した。


 殿下とリチャード様とは、魔法学園に入ってからも仲良くさせてもらってる。前世の記憶が戻った頃には予想もしていなかった展開だ。

 だから二人とクラスが違ったら今後一緒に授業を受けることも減るだろうし、正直さみしいなって思う。ゲームのディアナと同じ道が嫌ってだけじゃなくて、純粋に二人と同じルーメンだったらいいのになって気持ちがちょっとある。





「……よし、覚悟を決めました。開けます!」


 再び深呼吸をした私を殿下とリチャード様はやれやれといった感じで眺めてる。

 これでルーメンだったら嬉しくて踊っちゃうかもしれない。でももしテネブライだったら……その時はリチャード様に慰めてもらおう……殿下は期待できないし。

 私はそんなことを考えながら箱を開けた。


「あ……」


 箱の中には嫌味なほど漆黒に光り輝く紋章ピン。それにはご丁寧に『Tenebrae』のロゴが。うっ、どこからどう見てもテネブライだ……。


「あぁディアナ嬢、残念だったね……でもこればっかりは仕方がないね。お互い頑張ろう」


「そんなにショックなの? 属性に優劣はないし、そんなに気を落とすことではないだろう」


 二人はそんなことを言っているけれど、あまり耳に入らない。今の私、相当ひどい顔をしてると思う。はぁ……やっぱり私は闇クラスなんだね。

 うん、まぁ……なってしまったからには仕方がない。これからの学園生活、なるべく目立たず片隅で生きていこう……。

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