第15話 終わりよければ


「ま、待って……!」


 私はスカートを鷲掴みし、アンブリッジ家の階段を一気に駆け上がった。もしこんな無作法な所をお母様に見つかったら、きっと大きな雷が落ちると思う。すれ違った使用人さんにも変な目で見られた。でも今は気にしない。


「待って、お願い」


 そう言ってもギデオンは早足で歩き、足を止める気配はない。

 ギデオンに謝りたい。今まで何度も謝ってきたけど、約束を知らない中身のない謝罪だった。でも今日は違うんだ。

 しかし当のギデオンは通常運転で私を避けてきた。私も諦める訳にはいかない。


「待って! 一分だけ、三十秒でもいいから!」


 息も切れ切れの声に、ギデオンがやっと足を止めこちらを不快そうに見た。


「なんだよ」


 ぶっきらぼうな声だった。早く終わって欲しそうな雰囲気が全身から醸し出ている。

 ギデオンとこうやって話すのは何年振りだろう。


「思い出したの。五年前の約束……」


「……あっそ、今更もう遅いよ」


 予想通りの返答に、心が折れそうになる。


「うん、確かにもう遅いよね……。でも私、後悔してる。ギデオンのこといっぱい傷つけたことも、いい加減な約束したことも。手紙だって読まずに捨てちゃってたことも」


「……」


「でも私、もうギデオンのこと傷つけたくないって思ってる。無理に許してくれなくてもいい。今の私は、ギデオンのこと大切な弟だと思ってるから。だから……謝りたくて、本当にごめんなさい」


 もはや言い逃げに近いかもしれない。頭を下げて持っていた封筒をギデオンに差し出した。


「なにこれ……」


「手紙、書いてみたの」


「はぁ? あの時は一回も返事くれなかったくせに!」


 ギデオンが声を荒げた。怒ってるはずなのに、今にも泣きそうにも見えた。


「うん、書いてみて分かった。ギデオンがどんな気持ちだったか……」


 手紙を書くのって楽じゃない。相手のことを考えれば考えるほど書けなくなるし、全部書き終えてもやっぱり納得できなくて最初からやり直してしまったり。ギデオンもそんな気持ちだったのかもしれないって思うだけで、いい加減だった自分がいかに愚かだったか思い知らされた。


「……」


 捨てられるかもしれない。この場で破られても文句は言えない。私はもっと酷いことをしたんだもん。封筒を差し出した手が小刻みに震えてきた。

 すると次の瞬間ギデオンは止めた足を進め、私の手から封筒を奪い取った。そしてそのまま光の速さで自室に入ってしまった。あ、ここってギデオンの部屋の前だったのか。


 はぁ、行ってしまった……。自分の不甲斐なさに溜息が出た。もうこれ以上はだめかな……。

 そう思っていた時、ドア越しからギデオンの声が聞こえた。


「別にもう怒ってない。避けてたのは思い出したくなかったからだし。なのにこんな……追いかけ回して今更手紙なんて……ほんとディアナって馬鹿じゃないの!」


 珍しく大声をあげているギデオンに、私は扉越しに黙って耳を傾けた。


「っだから……今度は手紙、捨てるなよ!」


「……!」


 “今度”があるんだ……。

 その言葉にほっとした瞬間、涙と鼻水が同時に出てきた。良かった。本当に……。








「ふーん。よかったね」


 つい先日のギデオンとの出来事を殿下に話すと、思ってたより薄い反応が返ってきた。えー、ここもっと感動するところなんですけど!


「はい、よかったです! しかももうギデオンから返事のお手紙が……ふふ、しばらくは文通してみようと思います!」


 またギデオンに返事を書き、ちょっとずつ距離を縮めていけたらいいなぁ。それにギデオンったら、話しているときよりも手紙の方が優しい言葉遣いだし違う人みたいで面白い。前世でいうとメールではキャラが変わる人みたいな感じかな? それがなんか可愛い。


「文通って……そんなのしなくても近くに住んでるじゃないか」


「それはまぁ、そうなのですけど。お手紙の方が心が開きやすいじゃないですか」


「へぇ……それで? ディアナはもう返事を書いたの?」


 今日の殿下は機嫌が悪い方だ。何か嫌なことでもあったのかな? 王族は大変だなぁ。


「はい。今日帰りに出してこようと思いまして」


「じゃあ見せて」


 はぁ? 見せるって……この手紙を? いやいやいや……。

 殿下はニコリと綺麗な笑みを作って手を差し出してくる。笑顔なのに目は笑ってない。


「あの、さすがにプライバシーですし。殿下にもこれは見せられないですよ……」


 私は消え入りそうな声でそう言うと、殿下は急に真顔になった。いくら冗談でもその顔は怖い。

 すると殿下はまた不機嫌そうに口を開いた。


「……困るなぁ、そういうことされると」


「別に殿下に迷惑かけてませんけど……」


「まぁいいや、相手は身内だしね。でも、あまり思わせぶりなことをしてはいけないよ。従弟とは結婚できない決まりなんだから」


 殿下は何故か語尾を強調してそう言った。

 思わせぶりって……まるで私が悪女みたいに言うんだから。失礼しちゃう。これは従弟への健全なコミュニケーションなのに。


 だけどまあ、一件落着してよかった。……一件落着、だよね? 何かを忘れてる気がするけど……うーん、今すぐに思い出せないってことは、きっと“どうでもいいこと”なんだろうね。だからまあ、いっか。


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