第14話 悩めば悩むほど



 ない……ないない、やっぱりない!

 私は屋敷の倉庫から、書斎、自分の部屋の隅々まで捜索した。でも、やっぱりなかった。

 そりゃ四、五年前の手紙なんて悪役令嬢わたしが取っておくはずないよね。中身すら見てないんだから……。

 こないだ無事に魔法療法を終えたけど、私は過去の自分の行動に精神的ダメージを食らってしまった。殿下にも軽く内容を話したらドン引きされた。そりゃそうだ。

 予定では今頃ギデオンと仲直りしてるつもりだったのに……。昔のことを考えれば考えるほど、今更何を言っても火に油を注ぐだけな気がしてギデオンと話せていない。だから取り敢えず、昔貰った手紙を探してみようと思ったの。

 自室の本棚の本も一冊ずつ広げて挟まってないか調べてみた。はぁ、ないわね……。手帳とかに挟まってないかな。どれどれ……。


「あ……」


 残念ながら何も挟まってはない。でも、二年前に書きかけで終わった前世の覚え書きがあった。うわぁ、これ結局最後まで書くの面倒くさくなったんだったな。ランドルフ殿下のこととか詳しく書いてるのに、後半のポプラレスのことなんて適当すぎるでしょ……やる気なくなっちゃったんだろうな。まぁ、折角だから今書き足しておこうか。


「…………」


 あれ?

 ポプラレスのメンバーって誰だっけ。どんな顔だっけ。名前は? 身分は? 男だっけ女だっけ。そもそも私が協力した犯罪ってなんだっけ……。あれ……この前までちゃんと覚えてたのに。見覚えのある靄が、思い出そうとしても隠す。まさかこれって……。

 ふとフォーズ医師の言葉が蘇る。


『僕はあんまりおすすめしないよ。別の記憶に靄がかかるし、二度目は効かない魔法だから』


『確かに生活に支障はないレベルの記憶だけど、人によって価値観が異なるから一概には言えないよ』 


 えぇっ……。もしかして前世のゲームの記憶に靄がかかったってこと? 確かに今の生活には必要ないことだけど、後々とても大事なのに! あぁ、なんてこと。

 でも、ちゃんと忠告されてたのにリスクを考えず押し切ったのは私だ……またしても自業自得……。

 ギデオンのことと、新たな靄のことで頭がぐちゃぐちゃになる。

 あー、だめだ。とりあえず今はギデオンのことを優先するぞ。ポプラレスのことはまた後で考えよう。


 それに今日は午後から殿下と会う約束をしてる。私の小さな脳みそじゃどうにもならないから、殿下にギデオンのこと相談してみよう。





「ギデオンには同じ男として同情するよ……」


 呆れ顔の殿下と、その横には珍しくリチャード様がいる。今日は天気がいいので王宮の庭園でお茶することになったけど、私の気持ちは晴れてない。むしろ大雨だ。


「うう……分かってますよ……」


「まあまあ、気を落とさずに。……それで、昔の手紙はあったの?」


 殿下とは裏腹に優しい声色のリチャード様。最近背が伸びてちょっと男の子っぽい顔つきになってきた。それでもまだまだ可愛いけど。


「いえ……どこにもなかったです」


「あの頃の君のことだ。適当にその辺に放置して、間違えて捨てたんだろうね」


 私もそう思う。さすが殿下は私のことをよく分かってらっしゃる……。


「本当は約束を知った上で、ちゃんと謝ろうと思ってたんですけど……もう今更何を言っても遅い気がして。私がギデオンだったら、もうこんな人とは二度と関わりたくないって思うし……」


 今の私の顔、晴天の空に申し訳ないぐらい暗いだろうな……はぁ。目の前の殿下とリチャード様は困ったように顔を見合わせている。私の自業自得話なんて聞いても楽しくないよね……。

 もう話を切り上げようとしたその時、リチャード様の口が開いた。


「ディアナ嬢……今から言うことで、もし嫌な気持ちにさせてしまったらごめんね」


 リチャード様の澄んだ瞳にじっと見つめられた。そういえば、最近はほとんど目を逸らされなくなったな。


「……僕だって最初は君が苦手だったんだ。でも二年前のあの時、君は反省してちゃんと謝ってくれた。そしてその後に君が素直で優しい子だってことも分かった」


「リチャード様……」


「だから……えっと、余計なお世話かもしれないけど、もう一度ちゃんと話してみた方がいいと思うよ。そのギデオンって子と」


 リチャード様はそう言って女神様みたいに微笑んだ。その優しさに目の奥が潤む。


「うん、私も同感だよ。お互いまだ幼かったから仕方ない部分もある。きちんと謝れば、相手によほどの性格の歪みがない限り許してくれると思う」


 殿下の淡々とした口調が、うじうじしていた私の背中を押してくれた。


 ……やっぱりギデオンと話そう。例え許して貰えなくても、もっと嫌われてしまっても、悪いと思ってるのに何も言わないのはだめだ。

 いい加減な約束をしてしまったことも、手紙を無視したことも、そんなことをして今は後悔してるってことも……きちんと謝って、話してみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る