第13話 記憶を巡って


「じゃあ、はじめようか」


 フォーズ医師せんせいはそう言うとニコリと笑った。

 き、緊張してきた……。


「よろしくお願いします……」


 部屋の奥のベッドに横になると、筆のようなもので額に印をつけられた。


「今から記憶を呼び覚ますからね。その間ディアナ嬢は眠っているけど、夢の中で今までの記憶が流れるから靄を見つけたらそこに飛び込んでね。制限時間は一時間あるから、ゆっくり見つけられると思うよ」


 靄に飛び込む? それは一体どういう……。


「ではでは、行ってらっしゃ〜い」


 私が困惑している隙に、フォーズ医師はまるで指揮者のように両手を大きく動かした。

 あ、始まっちゃった……。

 すると、急に部屋の中が揺れ動き、風が巻き起こった。そして竜巻のような物体が現れ、私に近づいてきた。それは近づくにつれて、まるでハリセンのような大きな扇に形が変わって……。


「いだっ!」


 いや、そんなに言うほど痛くはなかったけど……。私は謎の扇に額を叩かれた。ちょっと待って、記憶を取り戻すってそんな物理技なの?


 全然何も起こらな……あ、……ちょっと身体が重くなった。うわぁ……これが魔法? すごい。

 重くなった身体がベッドに沈み、瞼が自然と閉じられた。フォーズ医師と殿下が話す声が聞こえるけど、だんだんと聞こえなくなっていく。ハリセン攻撃からたった数秒で私の意識は遠のいてしまった。







「ここが記憶の中?」


 気がついた時には、真っ暗闇の中にいた。記憶の中というより夢の中って感じかな。

 …………って、何これ。

 暗闇の中に一筋の光がさしていた。その光は次第に大きくなり、すると目の前に巨大なスクリーンのようなものが現れて映像が流れ始めた。

 それは後ろにも右にも左にも、上にも下にも……。映像は全部私の、ディアナの記憶だ。各スクリーンにはそれぞれ違う時期の映像が流れている。……待って、どれ見たらいいの?

 私はぐるぐると回りながら順番に映像に目を通した。……だめだ、きりがない。同時に六画面とか難易度高すぎるでしょ……首痛くなってきたな……。どうしたものかな……ん?? これは……。


「ギデオンだ……」


 ちょうど正面のスクリーンに小さなギデオンが映った。たぶん五、六歳ぐらい。なんというグッドタイミング。

 そして映像が進むにつれて白い煙のようなものが現れ、画面を隠していった。


「間違いないわ」


 えーと、どうするんだっけ? 確かあの靄に飛び込むって言ってたよね……。あの靄に……だ、大丈夫だよね。飛び込んだつもりが画面にぶつかるとかないよね? これは魔法だから、そんなコントみたいな展開はないよね、信じるよ!


「えい!」


 私は捨て身で靄に飛び込んだ。一瞬で目の前が真っ白になったけど、しだいに靄は消えていった。

 すると小さなギデオンと小さな私が目の前にいた。しかもここはアンブリッジ家のお庭だ。何これ、どういうこと?





『ディアナお従姉様ねえさま、ぼくがアリオットに行っても忘れないでね』


 小さなギデオンが目に涙をためて、小さな私にしがみつく。


『何めそめそしているのよ』


 前世を思い出す前の私が、ギデオンを鬱陶しそうに見ている。


『……ごめんなさい。……ぼく、お従姉様だいすきだから』


『あーまたその話? もう、分かったわよ。ギデオンはお従姉様がだいすきなのね』


 ……思い出した。

 あの頃の私はお姉様ごっこと称して、ギデオンを自分の理想の弟として甘やかして遊んでいた。でもしばらくするとその遊びにも飽きちゃって、お姉様ごっこなんてやめたつもりだった。でも小さなギデオンはそんなことまで分からなかったし、そもそも遊びの一環だったなんて思っていなかったのよね。


『お従姉様、ぼくが大きくなったら結婚してくれる?』


 ん? なんですと。


『はぁ、またそれ? はいはい、その代わりお金持ちになってね。あと美男子でなくてはダメよ、一緒に歩くのが恥ずかしいから』


 さ、最低だ……六歳児に何てこと要求してるの。しかも、どうでも良さそうにおしり掻きながら言うんじゃないよ。


『ほんと? うれしい、がんばるね。あ……ぼくね、最近字を覚えたからアリオットに行ったらいっぱいお手紙書くね』


『はぁ、めんどくさ……』


 こら私、小声でそんなこと言うな。

 それにしても手紙……確かに長文でいっぱい届いた気がする。返事は……書いた覚えがない。


 目の前のやりとりが終わると、元の六画面スクリーンの場所に戻っていた。


 約束って……この流れだと……。

 結婚の約束ってこと……? 確かにあの時はまだ殿下の婚約者じゃなかったし、そもそも何も考えてなかった。適当にハイハイって言ってたけど、ギデオンはそれを本気にしてたってことなのかな。

 確かにそれなら、後からランドルフ殿下と婚約した私は大嘘つきだし、そもそもその約束さえも忘れて呑気に生活してたなんて最低って思うかもしれない。


 そう言えば、殿下と婚約した年には毎日のように手紙が来てた。いくらアリオットでも王族の婚約者の話題は伝わってたはず。でも私は王族になれると浮かれて、ギデオンの手紙に目を通さなかった。あれには何が書かれてたんだろう……。せめてきちんと読んで返事を書いておけばよかった。


 あぁ……全部私が悪い。もう、駄目すぎるよディアナ……。




「時間だよ、戻っておいで〜〜」


 どんよりした気持ちを無理やり叩き起こすかのように、フォーズ医師の声が響き、目の前が途端に明るくなった。そしてその眩しさに瞬きすると元の医務室のベッドの上に戻っていた。記憶の夢から覚めたんだ。ベッドの脇にはフォーズ医師と殿下がいた。


「た、ただいま戻りました……」


 先程までの光景のせいで、いつもより暗い声が出てしまった。


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