第12話 二年経って

 

 ついに来た、この日が。

 前世の記憶を取り戻したあの日から、なんだかんだで二年が経った。

 そして約束通り今日、私は王宮の医務室にて魔法療法を受ける予定だ。本当は魔法病院で治療すればよかったのだけど、設備は病院と変わらないし医務室ここを使えばいいって殿下が言ってくれた。担当してくれるフォーズ医師せんせいも王宮での仕事があるからその方が都合がいいらしい。私は約束の時間より少し早く着いてしまったから、フォーズ医師が来るまで静かに待つことにした。



 ところで、この二年で私の周りはちょっと変わった。

 まず、殿下とのお茶飲み会の数が週に二回になった。私はいつも暇してるから、殿下が来いと言えば二つ返事ですぐに駆けつけた。だって最高級のお菓子食べたいし。でも周囲からはその姿が健気な婚約者だとか、仲睦まじく微笑ましいとかなんとか言われてるみたい。てっきり立派な忠犬だとか言われてると思ってたから驚いたよね。わんわん。……冗談はさておき、殿下と私は今でも名ばかりの婚約者でただの茶飲友達だ。だから周囲が想像するような甘い関係ではないし、変に誤解されてるのがちょっとむず痒い。だけど渦中の殿下はそんな噂は特に気にしてないみたい。



「フォーズ魔法医はもうすぐ来るそうだよ」


 医務室の扉が開き、ランドルフ殿下が現れてそう言った。彫刻のように整った顔とブラウンのサラサラの髪は今日も絶好調だ。


「そうですか、ありがとうございます。……って殿下も何か治療されるのですか?」


 私が腰掛けている大きなソファに二人分ほど間を開けて座った殿下を見て私は思わずそう言ってしまった。だってここ、煌びやかすぎて忘れかけてたけど一応医務室だ。

 奥には天蓋のついた患者用のベッドなんかもある。もしかして、殿下も何か治療をするのかな……。


「……いや、一応君の付き添いだよ」


「ん?」


 え……今なんて言いました?

 付き添いってあれだよね、チビッコが診察室までお母さんに付いてきてもらってるあれだよね。

 いやいやいや、私もう十二歳だから流石に大丈夫だけどなぁ。お母様でさえ今朝普通に見送ってきたし、別に魔法かけるだけで入院するわけじゃないしね。


「え、君のご両親がどうしても来られないと聞いたから来たのだけど」


 どうしても来られないって……お父様はともかくお母様は万年暇でしょうが。

 朝から「殿下とごゆっくり〜」とか訳のわからない事言っていたし、お母様の陰謀を感じる……。


「もしかして聞いてないの?……迷惑なら帰るけど」


 殿下は少し驚いたようにそう言って、ソファから立とうとしていた。

 えー帰るなんて、それはそれでなんか寂しい!


「迷惑なんてとんでもないです! 確かに殿下が来てくださるなんて知らなかったですけど……できれば居てくださると助かります。初めてのことなので」


「……そう。ディアナがそう言うなら居るけどさ」


「ありがとうございます!」


 魔法療法なんて初めてだし、実はちょっと怖いなって思ってた。だから殿下がいてくれるとちょっと気持ちが楽になる気がする。

 ふと殿下の方を見ると、目が合った。そして今度は悩ましげに深い溜息吐いてきた。な、何ですか……。


「……名前、ちょっと前から呼び捨てで呼んでるのになんでそんなに無反応なの」


 あぁ、確かに。最近よくディアナって呼ばれるなって思ってた。前まではディアナ嬢って呼んでたのに。


「呼びやすいからですよね? 好きに呼んでください。全然気にしてませんよ」


 私も殿下のこと殿下って呼んでるし、長々とディアナ嬢なんて言いにくいんだろうし。


「……そこは気にして欲しいところなのだけど」


「え、それはどういう……」


 どういう意味ですかと聞こうとした瞬間、勢いよく扉が開く音がして私の声はかき消された。



「ディアナ嬢、お待たせ〜!」


 白衣のような医師団の制服に身を包んだフォーズ医師が到着した。


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