第2話 ようこそ闇クラスへ


 足が重い。はぁ行きたくない……。


 私は今日から始まるテネブライの授業が憂鬱すぎてたまりません。

 あんなにルーメンになるための勉強したのに、やっぱりテネブライになってしまうなんて……。

 今までの授業は本館で合同だったけど、属性別の授業になると専用の別館まで行かなくちゃいけない。だから今、私は別館のテネブライ棟に向かってるところなのです。


 それにしても、魔法学園はとてつもなく広い。今までの合同授業をしていた本館と、その西にあるルーメン棟、東にあるテネブライ棟とあとは舞踏館まである。その上、すれ違う貴族令息令嬢方も名高い家の方々ばかり。まぁ一応私もその一人なんだけどね……。

 

 魔法学園の制服は、高級感のあるグレーの生地に胸元にはシックなリボンとダブルボタンのついたドレスタイプ。派手さはないけど細部までデザインに凝っていて結構可愛い。私は好きだな。この真っ黒の校章ピンさえ付けなければね……。


 今頃殿下とリチャード様はルーメン棟でクラスメイト達と優雅におしゃべりでもしてるんだろうなぁ……いいなぁ。私も早く友達つくらないと。テネブライになったからって悪役街道まっしぐらってわけじゃないし。私はちゃんと普通の学園生活を送ってやるんだから。


「ごきげんよう」


 まずは挨拶から……講義場の扉のそばにいたご令嬢にニッコリ笑って挨拶してみた。うん、ちゃんと笑えてるはず。


「……ディアナ様! 申し訳ございません! 扉をお開けします!」


 あれ……?

 クラスメイトと思われる可愛らしい女子生徒は私の顔を見るなり蛇に睨まれた蛙みたいな反応で扉を開けてくれた。いやいや、挨拶しただけなんだけどなぁ。


「ご、ごめんなさいね。ありがとうございます……」


「いえ、とんでもございません!」


 ご令嬢は耳まで真っ赤にして足早に去って行った。と言うか逃げ去っていった。

 なんか失敗した気がする。合同クラスの時も殿下とリチャード様以外からは大体こんな反応だったなぁ。私の何が恐ろしいんだろ。顔? 表情が怖かったとか? それかこの背丈のせい? 悪役オーラが滲み出てたから? どれだろ……もしかして全部?


 ディアナは顔のパーツ一つ一つがハッキリしていて綺麗だ。前世のへちゃむくれな私とは雲泥の差。だけど別の言い方をすれば近寄りがたくて親しみやすさは皆無だと思う。実際ゲームでのディアナもそうだった。派手な化粧をすれば、絵に描いたような悪女になるし、長身だから高いハイヒールを履けば男性の背丈を越えて迫力満点だ。


 だから私は敢えて薄化粧にして、靴はフラットシューズを特注してる。でもやっぱり何をしてもこの威圧感は拭いきれないのかな……。




 授業開始の鐘が鳴り響くと、二十代半ばぐらいの男の人が講義場に入ってきた。髪は白銀で目の下に黒子があるその人は、全身黒色の魔導師姿をしている。そしてそのまま教壇に立つと頭をぽりぽり掻いてへにゃりと笑った。


「皆さんはじめましてー。君たちを今日から三年間指導するテネブライ教官のグレンズ・オルセンです。グレンズ先生って呼んでねー」


 な、なんか緩いな……。テネブライの教官なんてどんな強面で屈強な先生が来るのだろうって思ってたけど、グレンズ先生はイメージとは違ったフワフワオーラを放ってる先生だ。

 確かグレンズ先生ってゲームでも名前がチラッと出ていた気がする。モブキャラだったけど、実際モブにしとくには華やかすぎるぐらい綺麗な顔をしている。


「今日は初回だしテネブライの大事な決まりごとの話でもしようかな。あとは……後半はちょっと土いじりでもしてみようか」


 思いつきみたいに早々と授業を進めていくグレンズ先生。土いじり……多分私の思ってる土いじりとは程遠いものなんだろうな。


「あっ、しまった。私の自己紹介はしたのに、みんなに自己紹介してもらうの忘れてた」


 急に先生はそう声をあげた。

 忘れてたのか。てっきりそういうのはしないものなのだと思ってた。もしかして、グレンズ先生って天然……?


「うーんと……どうしよっかなぁ」


 グレンズ先生は焦りながら手元の生徒名簿を高速でめくって唸ってる。


「ま、いっか! 名簿見たらだいたい把握できました」


 っていいんかい!

 先生のマイペースさに私は思わず心の中でツッコミをしてしまった。大丈夫かなこの人……不安になってきた。


「ちなみに、ディアナ・ベルナールさんはどこに座ってるのかな? ディアナ・ベルナールさんは手を挙げてくれる?」


 えっ、なぜ私?

 グレンズ先生は大きな講義場全体を見渡して探してる。さすがに名乗り出なきゃまずいよね……せっかく目立たないように一番後ろの席に座ったのに。


「はい……」


 仕方なく私はひっそりと手を挙げた。一体何だろう……。


「ああ! そーんな所に!! 君には色々手伝ってもらうからよろしくねー!」


 グレンズ先生は教壇から無邪気にブンブン手を振ってきた。その姿にクラスメイトたちが一斉に振り返って私を見た。

 ヒィ……勘弁してください、目立ちたくないのに。そもそも手伝うって何のことだろ。


「ベルナールさんはこの学年のテネブライ首席です。だからこのクラスのまとめ役として室長をしてもらいますね」


「え……」


「私の補佐とか連絡役も任せますから、みなさんはベルナールさんを中心に団結してくださいね〜」


「は……はあ」


 そ、そんな制度があったの? 確かに結構勉強したけどあれは光クラスに行くための勉強だったのに。

 周囲からは拍手が巻き起こってる。まずい、初日からめちゃくちゃ目立ってしまった……。


「ベルナールさん、この授業が終わったら一緒に二年生の“総裁”のところへクラス代表として挨拶をしに行きましょうね」


「分かりました……」


 総裁ってゲームなら私が来年就くはずの役職だ。そんな重役さんにはできれば関わりたくなかったよ。こうなったらなるべく印象に残らないようにサッと挨拶してサッと帰ってやる……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る