第4話 ちょっと難しい話 (sideランドルフ)


 少し、難しい話になるかもしれない。

 この国の始まりは約六百年前、ある魔術師が民を救ったことだと言い伝えられている。そしてその後、魔力を持っている貴族達が国を発展させ、魔力を持たない平民達もそれを支えてきた。

 この国の貴族の割合はわずか全人口の七%だ。昔の貴族達は皆魔力を持っていたらしいが、現在は魔力を持っている貴族自体が少ない。だからこの国で魔法を使えるのは本当に一握りの人間だけということだ。


 さらに難しい話をするけど、魔力というのは劣性遺伝だ。

 つまり『A』が優性である常人遺伝子、『a』が劣性の魔力遺伝子としよう。魔力のない人間は皆『AA』となるし、魔力を持った者は『aa』、魔力を持った人と持っていない人との子供は『Aa』となる。『aa』以外は遺伝的に魔法を使うことができない。

 つまり何が言いたいかって言うと、魔力を持った貴族や私のような王族は結婚相手を決める際に必ず『aa』となる魔力を持った人間と結婚しなくてはならない。

 そうでないと自分の子供は魔力を持たずに生まれてきてしまうから。

 そして厄介な事に『aa』と『aa』同士でも四親等以内の近親婚の場合は突然変異を起こして魔力が消えてしまうのだ。だから、いとこ同士の結婚も好ましくないとされている。


 つまり、王族である私の結婚相手は、魔力を持っており、私と血が繋がっておらず、高い身分で、健康体で、歳が近い女性でなくてはならない。これは王家に生まれれば必須事項だ。ほんと面倒だよね。


 そして二年前になるけど、私が八歳の時、そういった条件にすべて当てはまる令嬢ディアナ・ベルナールと婚約した。

 他にも条件の合う令嬢は数名いたけど、ベルナール家は由緒正しい公爵家で財力もある。王家の身内にしておけば、反乱分子を牽制することもできるという点が決め手になった。



 二年前、私はディアナ・ベルナールに初めて会った。どうせ政略結婚なのだからどんな相手でもいいと思っていたが、実際に会うとかなり衝撃を受けた。

 なぜなら流石にあそこまで酷い相手とは思わなかったからだ。

 酷い、というのは外見ではない。もちろん内面の話だ。

 彼女の最大の問題は性格だった。初対面だというのに人の話を聞かず自分の話ばかり、城に仕える者達には無理難題と我儘ばかり、そして極め付けに私に対して「殿下はまるで宝石のようです! 殿下と一緒にいれば私の魅力も一層輝きますわ!」となんの悪びれもなく言い放った。

 まさか同世代の少女に自分の存在を物のように語られるとは思わなかった。そして悪気がないといった表情なのがまた救いようがなく愚かに見えた。

 すかさず、「私は貴女のアクセサリーではない」と激怒してもよかったが、少し考えてやめた。私が激怒してこの性格が改善する見込みがあるだろうか。うん、きっとないな。なら彼女に注意するだけ労力の無駄だし、何より必要以上に関わりたくない。私の一存でこの婚約がこじれるのも厄介だ。

 そうして私は、実害がない限り彼女の無礼な言動を適当に聞き流すことにした。



「ランドルフ殿下、ご心配をおかけして申し訳ございません」


 だからこの一言には正直驚いた。あの自己中で我儘な子からそんな言葉が出てくるとは思わなかったから。いつもの気の強そうな大きく開かれた瞳も心なしか弱々しく、よく言えば柔らかい表情をしていた。

 言葉遣いも丁寧で、声色も凛としていて以前は感じられなかった品があった。目の前の令嬢は本当にあのディアナ・ベルナールなのか? 今まで大して興味もなかったし関わりたくなかった存在なのに、いつもと違う違和感があると追求したくなった。不思議な感覚だった。



 その不思議な感覚を親友で幼馴染のリチャードに話すとあからさまに嫌な顔をされた。


「僕は君の婚約者が苦手なんだ。様子がおかしいのは体調が悪かっただけさ」



 去年の今頃、リチャードは初対面のディアナ・ベルナールに何故か言いがかりをつけられていた。流石に私は彼女を注意したが、私が席を外した隙に懲りずにリチャードの足を踏んだらしい。

 部屋に戻ると意地の悪い顔をしたディアナ・ベルナールと瞳に涙を溜めて視線で何かを訴えてくる親友がいた。リチャードも男なら自分で注意してくれと思ったけど、相手はディアナ・ベルナールだ。いくら女の子だからといっても、私と背丈が変わらない彼女は小柄なリチャードより強いのは明らかだった。

 だからあの時のリチャードには同情した。そんなことがあって当然だがリチャードは彼女を避けている。


「そういえば、彼女の誕生日パーティーの招待状が来ていたな。リチャードの所にも来ただろう?」


「……もちろん。はぁ、憂鬱。僕は気配を消してるから当日構わないでよ」


 リチャードは溜息混じりにそう言った。






「ディアナ嬢、お誕生日おめでとうございます」


 ディアナ・ベルナールの誕生日パーティーが始まり、私はプレゼントを彼女に手渡した。


「ランドルフ殿下ありがとうございます」


 淑やかに深々と頭を下げる彼女に、やはり変な感じがした。

 頭を上げた彼女は何が楽しいのかニコリと笑った。

 この違和感はなんだろうか。もしかすると、今後は婚約者の前で猫をかぶる方針にしたのだろうか。そんな事をしても、すぐにボロが出るだけだろうけど。


「私も十歳になりましたので、レディとして今までのような恥ずかしい行いをしないように気をつけようと思いましたの。殿下にも沢山ご迷惑をかけてしまい、反省しております……」


 恥ずかしそうに頬を赤く染め、少し早口で彼女はそう言った。へぇ、反省なんて単語知ってたんだ……。

 面白そう、それが率直な感想だ。

 もし万が一、彼女が本当に変わりたいと思っているならその過程を見物してみたいし、嘘であればそれを暴いてやりたい。そう思うと胸が高鳴り、ふとこの場にリチャードを連れてきたらどうなるのか試したくなった。

 そして私は強引にも彼女をリチャードと対面させた。彼女を怖がっていたリチャードには悪いけど、そうせずにはいられなかった。


 リチャードを前にして顔が強張るディアナ・ベルナールを見て、私は吹き出しそうになった。

 ほら見たことか! 人はそう簡単には変われない。プライドが高いこの子はきっと、またリチャードに何か言いがかりをつけ見下した態度を取るんだろう。そうしたら今度は私がこう言ってやろう「恥ずかしい行いはしないのではなかったのかい? 貴女はいつも口だけだね」って。そしたらこの子はどんな顔するんだろう。はは、面白すぎる。最高だよ。自分にまだこんなに子供っぽい部分が残っていたなんてね。

 さあどうする? ディアナ・ベルナール。



 しかし次の瞬間、私は肩透かしを食らうことになった。


「あんなにひどいことをしてしまって後悔してます。許していただかなくてもいいです。ただ謝りたくて。ごめんなさい」


 目の前の少女はそう言うと、地面に額がつきそうなほど頭を下げた。それは高貴な身分の少女が決してするはずがない動作だろう。それが今、目の前にある。

 私はまたもや驚かされてしまった。私の予想では、彼女が改心なんて出来るわけないという結末のはずだった。だが違った。

 本当に? 本気なの? 私は自問しながら彼女をまじまじと眺めた。頭を上げる気配はない。何故か鳥肌が立った。


 隣のリチャードはかなり困惑している様子だ。無理もない。きっとこの先、普通に生きていたら誰かにこんな風に謝罪をされることはないだろう。

 リチャードはディアナ・ベルナールに頭を上げるように言うと、彼女はやっと顔を見せた。

 その顔は深く傷付いているように見えた。いつもの彼女らしくない表情だと思った。

 そして二人はあっと言う間に和解した。予想外だった。


 人はそう簡単に変われない。だけど彼女は反省し、変わりたいと思っているらしい。


 ディアナ・ベルナール。本当に面白いね。どうなるかは分からないけど、しばらく観察するとしようか。


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