第5話 知らぬ間の嘘



「ディアナの嘘つき! もう女なんて信用しない!」


 目の前の少年は、私の顔を見るなりそう言って足早に階段を上がっていった。そして階段を登りきるとこちらを振り返り、眉間にしわを寄せひと睨みしてきた。ちょっと。急に何なのよ。私そんな睨まれるようなこと言った? 流石に何か言い返してやろうと思ったけど、その前に彼は自室へ篭ってしまった。ガタンとドアを閉める際に大きな音を立てて。……感じ悪いなぁ。


 前世の記憶を取り戻してから初めて従弟いとこの少年、ギデオン・アンブリッジに会った。ギデオンのお父様であるベール伯父様がアリオット地区の魔術長官に抜擢されたのは三年前。その都合で幼かったギデオン達もアリオットに引っ越して三年間向こうで暮らしていた。国防と魔法研究を担う辺境の地アリオットまでは、馬車ならここから五日ほどかかる。長官の任期を終えた伯父様たちは三年ぶりに王都へ戻り、こちらで暮らす準備をしていた。ギデオンとは彼がアリオットへ行く前に会ったきりだから三年ぶりの再会のはずだった。


 そしてさっきの場面に戻るけど、お母様と二人で伯父様宅を訪問した私は久しぶりにギデオンと顔を合わせた。するとギデオンに突然「本当にあのこと覚えてないの?」と聞かれて、正直何のことか分からなかったけど、ちょっと考えてから「好きな本貸すわよ」って言ったの。三年前私が持っていた絵本を欲しがっていたからその事だと思って。そしたらギデオンが急に不機嫌になってさっきの言葉が飛んできたってわけ。何か他に約束してたっけ……思い出せない。忘れたのは私が悪かったけど、そんなに怒らずに何のことか教えてくれたらいいのに。


 ギデオン・アンブリッジ。一歳年下のまだ九歳の少年。ふわふわの紫色の髪と私とよく似た吊り目が特徴的。大きくなればもっと色気を放った影のある感じの美青年に成長する。なんでそんな事を知ってるかというと、ギデオンも乙女ゲームの攻略対象だったから。つまり私にとって要注意人物。確か元々女性不信で、ヒロインと打ち解けるまでは気難しい性格だった。ゲームでは、初恋の人に捨てられたトラウマで女性不信になったって説明されてたけど、一部ゲームファンの間ではそれだけではなく幼少期に従姉ディアナにいじめられていたことも原因だろうと憶測されていた。実際ゲームではいじめてる描写はなかったし、今世でいじめた記憶もないけど、悪役令嬢ディアナならやりかねないよね。……気をつけないと。




「ごめんなさいねディアナちゃん。もう、ギデオンったら……」


 お母様とお茶をしながら談笑していた伯母様が申し訳なさそうに言った。するとお母様は持っていたカップを置いた。


「ギデオンは照れているのよ。だって、こっちに居た時はディアナにべったりだったじゃない? それが急に離れ離れになってしまって、今度はどう接していいのか分からないのよ。だからディアナ、ギデオンに怒ってはいけませんよ」


「いえ……私は別に怒ってないです」


 怒ってたのはギデオンです。


「ふふふ、ディアナちゃんはそんなことで怒ったりしないわよね。そうね、あの子ったらアリオットへ行ったばかりの頃はずっと部屋にこもって泣いていたわ。屋敷に帰りたい、ディアナお従姉様ねえさまに会いたいって言ってね……」


 いやいや、そんなに慕ってるならあんな台詞絶対に言わないでしょ。


「たった六歳で見知らぬ土地に行ったなんてとても心細かったでしょうね……可哀想だわ。きっとお義姉様も大変なご苦労がありましたでしょ?」


 お母様がそう伯母様に聞くと、伯母様は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出し饒舌に語りだした。


「ええそうなのよ! すごく大変だったわ……! アリオットって本当に田舎でなにもなくてすごく退屈だったわ。ドレスを仕立ててくれる職人も人手不足で全然いないのよ。信じられる? 旦那様は生き生きとお仕事をしていましたけど、私はつまらなかったわ……」


「私もお義姉様がいなかったので退屈でした。もっとアリオットのお話を聞かせてください」


「もちろんよ。そうね……田舎町だけど、のどかだし作物は美味しかったわ」


 伯母様とお母様はいつの間にかギデオンの話ではなく、アリオットの話に花を咲かせていた。この二人は昔から本当の姉妹みたいに仲が良い。

 そして伯母様の話からすると、三年前ギデオンは寂しがってくれたらしい。そんな仲だったはずなのに、何が原因で嫌われてしまったんだろう。きっとその“約束”が関係してるんだろうけど……思い出せない。

 はぁ、魔法学園に入学する前からこんな関係じゃまずいよね。どうにかして関係を改善しないと。



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