第3話 醜い嫉妬に御用心


 前世の記憶を取り戻してから十日が経った。断罪回避案がまとまった私はすっかり元気を取り戻していた。


 そして快気祝いと共に、私の誕生日パーティーが執り行われることになった。このパーティーには親戚の他に同年代の貴族令息、令嬢……そして婚約者であるランドルフ殿下も招待していた。





「ディアナ嬢、お誕生日おめでとうございます」


 ランドルフ殿下はそう言ってプレゼントを手渡してくれた。


「殿下、ありがとうございます」


 頂いたものを大切に両手に抱え、礼儀正しくお礼を言った。よし、笑顔よ、笑顔!

 こんな当たり前の動作でさえ、今までの私はきちんとできていなかった。

 私は今までの悪い印象を覆そうと必死になっていた。


「あの日から、少し雰囲気が変わったような気がするね」


 殿下はそう呟き、顎に手を当て首を傾げた。何か悩ましげな表情の殿下はその仕草さえも絵になる。

 でも殿下に見惚れてる場合じゃない。なんとかこのまま好印象で物語を進めないと。


「私も十歳になりましたので、レディとして今までのような恥ずかしい行いをしないように気をつけようと思ったのです。殿下にも沢山ご迷惑をかけてしまい、反省しております……」


 私は今までの数年間で悪役としての素質を十分露わにしてきた。だからまずは反省しなきゃ。


「へぇ、そうなんだ」


 殿下は平坦な声色で相槌をうち、フッと鼻で笑った。

 ん……? 鼻で……笑った?

 別に「反省してるのか偉いね」なーんて言って欲しかった訳じゃないけど、さっきのはなんだか馬鹿にされてるような……面白がられてるような反応だ。

 私の今までの行いがよっぽど悪かったのは事実だから、笑われるのは仕方がない事かもしれないけど。


「ところで、リチャードにはもう会った? 彼は貴女を恐れてどこかに隠れていると思うんだけど」


「い、いえ」


 げっ、そういえばリチャード様も来てるんだった。

 リチャード・テューダー様。彼はランドルフ殿下のご友人で、ゲームの攻略対象者の一人だ。

 リチャード様に初めて会ったのは去年の今頃。殿下と親しげに話すリチャード様を見て、何も知らない私は怒り狂っていた。何故なら、リチャード様はどう見ても男装女子にしか見えないぐらいの美少女な風貌で、私はてっきり女の子だと思い込んでいたからだ。

 それで……ああ思い出すのも情けない。私は初対面でリチャード様の足を踏んだり、嫌味を言ったり……沢山の嫌がらせをした記憶がある。

 あの時の私は、自分より可愛い女の子は虐めないと気が済まなかった。それに自分よりも殿下と親しい仲なのも気に食わなかった。

 その後、彼が本当は男の子なのだと知ったのだけど……私は自分から謝ろうともせずに一年が経った。あれ以来、リチャード様とは会っていない。もっと早く記憶が戻っていれば、あんな馬鹿なことしなかったのに……。


「一年前のこと後悔しているの? なら私がリチャードを連れてきてあげるから、話してみる?」


「あ……えっと」


 殿下は柔らかい表情なのに有無を言わさないような圧があった。本音を言えばあんなことをしてしまった手前、できれば今日ではなくて心の準備ができてから会いたい。けどここで断ったらもう二度と謝れないかもしれない。


「待っててね。どうせ近くにいるから呼んでくるよ」


 こちらの返事も聞かず、殿下は招待客たちの中に消えてしまった。どうしよう。今更なんて言えばいいの。避けられてるし、絶対怒ってるよ。


 しばらくすると近くから「無理だって。いやだ。怖いもん」「ちょっと、離してよランドルフ」「もう、面白がるなよ! 僕にとってトラウマなんだから」と一年前に聞いたであろう声が聞こえてきた。

 ト、トラウマか……やっぱりそうだよね。


「ディアナ嬢、お待たせ。ここじゃ人目があるからこっちに来てくれる?」


 ランドルフ殿下はそう言って物陰に誘導して満面の笑みで親友を私に差し出した。

 ちょっと待って、殿下はなぜそんなに楽しそうなの?


 そして差し出された少年は、悪魔でも見たかの様な表情で固まっている。肩にかかるほどの長さのハニーピンクの髪に大きな目と長い睫毛、背は私より少し小さいぐらい。まごう事ない美少女……ではなく美少年、リチャード様だ。

 可愛すぎる。どこからどう見ても美少女だし、私なんか比じゃない美貌だ。可愛いなぁ……可愛い……って感動している場合じゃない。すごく怯えられているし、早く謝らないと。


「あの……リチャード様」

「ひぃ」

「えっと、実は」

「ごめんなさい!」

「え?」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 今度は私が固まってしまった。こんな可愛い子をここまで追い詰めるなんて、私ってばひどすぎる。


「リチャード様、謝らないでください。私の方こそすみませんでした」


「……え?」


「あんなにひどいことをしてしまって後悔してます。許していただかなくてもいいです。ただ謝りたくて。あの時はごめんなさい」


 そう言って私は土下座する勢いで頭を下げた。その勢いでセットした髪が崩れたけど、どうでもいい。

 この謝罪は私の今後のためとかじゃなくて、人としてどうしても言っておきたかった。記憶が戻る前の悪役令嬢がしたことでも、それも私なんだから。

 下げた頭を上げるのが怖くてしばらく地面とにらめっこが続いた。

 だけど、意地悪をされたリチャード様はもっと怖かっただろう。いまさら許してもらえるとは思えない。

 すると突然、頭上からリチャード様の声が聞こえた。


「頭を上げてください。ディアナ嬢」


 言われた通り頭を上げると、なんとも言えない表情のリチャード様と珍しいものを見たような表情のランドルフ殿下がいた。


「貴女がそんな風に謝罪されるなんて夢にも思いませんでした。……そこまでおっしゃるなら……あの事は、その、無かったことにしませんか?」


 リチャード様はぎこちなさは残るけど、優しく笑いかけてくれている。て、天使すぎる……。


「ありがとうございます……!」


 リチャード様、こんなに美少女的ビジュアルなのに器の大きな男だよ。私は感動し目が潤んだ。


「で、結局貴女はリチャードの何が気に入らなかったの?」


 感動を遮るかのようにど直球な質問をしたのはランドルフ殿下。隣のリチャード様は「おい、もういいってば」と殿下を諌めた。

 だけど私はすらすらと白状した。リチャード様を男装女子だと勘違いし自分より可愛い姿に嫉妬したと、正直に説明した。


「……なんだ、そんなことだったのか。どうして嫌われたのか結構悩んでたのに」


 リチャード様は少し複雑そうに苦笑いしていた。ちなみにリチャード様が女の子に間違えられる事は日常茶飯事らしい。

 とりあえず、許していただけたみたいで良かった……。



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