第23話
「……ざけんな」
でも、そんな糞みたいなエンディングを認めていいはずがない。痛む拳を、それでもギュッと握り締める。ガクガク震える脚をぶん殴って立ち上がる。グラグラ揺れる頭をもう一度壁に打ち付けて、意識をハッキリとさせる。
「おい、透子……」
体育館の床に座り込んだまま怯える透子に、俺は呼びかけた。
「わ、私、何がなんだか分かんないよ……」
その目からは涙がこぼれていたし、身体もガクガク震えている。そんな彼女を優しく慰めてやるのがきっと格好良いアニメやゲームの主人公。でも俺はそうじゃないし、それに今はそんな時間はない。
「透子、行こう」
「……い、行くって?」
切れた口元から滲んだ血を親指で拭って、俺は言った。
「俺達で、ハルカを助けるんだ」
「……私達で、ハルカちゃんを、助ける?」
俺一人では力が足りない、どうしても味方が欲しかった。
「ああ、そうだ。簡単に言うとハルカが悪者に連れ去られた。このままじゃハルカは俺達の知ってるハルカじゃなくなって、それでテロリストの操り人形になっちゃうんだ」
「あの悪者って、すみれって人の仲間なの?」
「多分、それとはまた別だ。透子、俺に協力してくれるか? 多分さっきみたいな怖い思いもするし、さっきよりも痛い思いもするかもしれない。でもここで終わりにしたら、諦めたら、ハルカはもっと辛い目に合うんだ。だから頼む透子、俺に力を貸してくれ」
無理強いは出来ないから、俺はとにかく頼み込む。テロリストと戦うのだ、当然危険は避けられない。透子の協力は喉から手がでるほど欲しいけれど、それでも彼女が断った場合には諦めよう。そう思っていたのだが、
「……私もハルカちゃんを助けたい。だってハルカちゃんは、何も出来ない私に出来た初めての……大事な、友達だもん」
透子の返事は早く、迷いがなかった。
「あんな最低のやつにハルカちゃんを渡すなんて、絶対に嫌。それにこんな形でお別れなんて……まだ決着ついてないのに」
「決着?」
「う、ううん何でもないの」
「そうか……。とにかくありがとう、透子」
透子に御礼を行ってから、泣きそうなほど痛む身体を引きずって体育館をでる。
今は利用できるものは、全て利用しなければいけないのだ。甘いことは、言っていられない。
ハルカのためなら、俺は何だってしてやる。
「なあ、どっかに居るんだろう!? 出てこいよ、緊急事態なんだ!!」
誰もいない夜の学校に、俺の声が響く。出てくるはずだ、彼女なら俺達のそばに居るはずだ。すぐには出て来ない、何度も俺は叫んだ。
「おい、すみれ! 早く来い! ハルカが大変なんだ!!」
「何よ急に呼び出して……って、あなた一体その顔どうしたの!?」
すみれが俺の呼びかけに反応して出てきて、いきなり驚いた声をあげる。
「啓介、その人は!」
「済まない透子、色々黙ってて。後でちゃんと説明する」
透子の反応にも無理は無い。だってすみれは俺達にとって、ハルカを追ってきた敵なのだ。でも今はひとまずそのことは置いておくことにする。
「すみれ、氷上慎吾って男、もしくは解放軍って名前。心当たりはあるか?」
「あなた何言って……ちょっと待って。解放軍って、氷上慎吾って言った?」
「ああそうだ、そいつがハルカを連れて行った。あいつはハルカと一緒に世界に革命を起こすらしいぜ」
何が革命だ、糞食らえ。
「何なんだよ解放軍って? 知ってることを教えろ」
「……解放軍、簡単に言うと反政府の超能力者集団ってところね。奴らの目的は政府に管理された超能力者の解放、正しい世界の創造。そのために超能力を悪用し、武力行使も厭わない過激なテロリスト集団。……でもどうして連中がハルカを狙うのよ? だってハルカの能力はそこまでのものじゃないはずよ?」
氷上がハルカを連れ去ったという事実にすみれは驚愕していた。だがしかし、彼女の発言はおかしい。
「ハルカの能力が大したものじゃないって、お前何バカなこと言ってるんだ?」
「だってハルカは超低レベルのテレポーターよ? わざわざテロリストが狙うほどの能力者じゃ……」
「は? テレポートなんかより念動力だろ。あいつは崖から落ちる俺と自分、二人分の体重を支えて」
「はあ!? そんなに強力な念動力を、あの娘が!?」
すみれは俺の発言に大きな反応を示した。その反応の大きさに、俺は若干後ずさってしまった。
「何だよ、知らなかったのか?」
「もちろんある程度の念動力があるのは知ってたけど、そんな強力なものなんて記録はないわよ……」
「そうだったのか……」
だとするとアレほど強力な念動力をハルカは隠していたか、もしくは俺の危機に面して覚醒したのか、どちらかになる。どちらにせよ機関がハルカの能力についてしっかりとした情報を持っていなかったことが今回の原因だが、今はそんなことはどうでも良い。
氷上の言う通り、ハルカは機関に付けられた脳内のチップを外してもらえるかもしれない。だがしかし、その後は悲惨な結末が待っている。脳みそをいじられて、ハルカはテロリストどもの操り人形にされてしまうのだ。
「とにかく、ハルカを助けなければいけないんだ。すみれ、力を貸してくれ」
俺は先ほど起こったことを全てすみれに説明して、彼女に助力を求めた。頭を深く下げて頼み込む。今は少しでも味方がほしい。
「……ここから先は私達でなんとかするわ。あなたたちは家に帰りなさい」
しかし、俺の願いはあっさり却下される。当然だ、そこまでタダのガキである俺達に任せられるはずもない。だけどこの反応は予想済みだ。
「私達、だって? へえ、あんたには他に仲間がいるのか?」
ここが交渉の正念場だ。俺はできるだけ偉そうに、さも全て分かっているかのように振る舞う。
「当然じゃない、私は機関の所属よ? この任務にだって数人であたってるわ」
「じゃあどうして氷上のことを察知出来なかった? どうしてハルカが俺に強大な念動力を使ったのを察知出来なかった?」
「……そ、それは」
「これは俺の推測だが、あんたちはハルカの今回の脱走についてあまり重く見ていなかったんじゃないか? 施設からの脱走なんてよくある話だし、ハルカの強大な念動力についても機関は知らなかったんだろ。きっと機関の上層部の連中はハルカと親交のあるあんたを追跡で出して、それでハルカが大人しく戻ってくれば御の字。もしハルカを期限までに連れて帰れなければ、どうせ大したことのない能力者だ。チップを使って殺せばいい。そんな具合じゃないのか? だから恐らく、ハルカの追跡に出されてるのはすみれ、あんた一人だと俺は思うんだ」
俺の言葉に、すみれは返事をしなかった。沈黙を肯定と受け取って、俺は話を続けた。
「このままあんたらにハルカを任せるわけには行かない。あんたの報告を受けたら機関はもしかして、テロリストにチップを解除されて洗脳される前にハルカを殺す、っていう判断をするかもしれないだろ。いや、俺が機関の人間ならきっとそうするな。テロリストに強力な能力者を渡すことは阻止しなければいけない」
でも、そんなこと俺は許さない。ハルカは俺の大切な友達で、命の恩人だ。そんな存在をみすみす見殺しになんてしたくないし、もう悔しい思いをするのはゴメンだ。俺の話を聞くすみれの表情は厳しい。その反応を見て俺は更に続ける。
「……なあすみれ、あんた一人でハルカを助けに行くつもりだろ?」
だけど俺は、すみれがハルカを諦めるなんて、そんな決断をしないと分かっていた。すみれは言っていたのだ、ハルカは自分の妹のような存在だったと、ハルカを殺したいわけなんて無いと。その時の彼女の表情を、俺は嘘だとは思えなかった。あの悔しさの滲んだ声を、俺は信じられるものだと思った。
「もう一度言うぞ、俺たちはハルカを助ける。だから力を貸してくれ……いや、あんたに俺たちの力を貸してやる。だから一緒にハルカを助けよう」
俺はすみれの弱みにつけ込む。相手の弱いところをついて、こちら側に有利な形で交渉を進める。決して正義のヒーローのすることではない。でも、それでいい。俺はそんなものではない。正攻法じゃ彼女を救えないことは、もう痛いほど分かったのだから。
「……あなたって本当に頭の回る、本当に嫌な子供ね」
すみれはため息をついて、疲れた顔でそう言った。
「ああ、だから俺はきっと役に立つぜ。あんな糞読心エスパーなんかには、もう二度と負けない」
「……ハルカの反応は、確かにここから来てるわ」
「ここが氷上が潜伏している場所、か」
俺たちはすみれの能力を使って、氷上の潜伏したと思われる廃棄された倉庫のすぐ近くまで来ていた。茂みの中から、中の様子を探る。住宅地から遠く離れた山の中のこの倉庫は使われなくなって長いのだろう、かなり老朽化が進んでいた。まさに悪者が潜伏するにはうってつけの場所だ。深夜の山奥は街の明かりも届かず真っ暗で、俺達を照らすのは頭上に輝く満月だけだった。
「中に人の気配は?」
「今のところ二つ、恐らく氷上とハルカでしょうね。……あなたの予想通りよ」
氷上の他にテロリストの仲間が居たらハルカの奪還は難しくなっただろうが、氷上の言葉からそれは無いだろうということが推測できた。この近くに居たのは偶然だと氷上は言った。テロリストどもがどんな風に普段活動しているかなんてのは知らないが、あいつらは万全の体勢を整えてハルカを求めてきたのではないということは十分推測できた。そして今やはり氷上は単独で行動しているらしい。俺達にとっては最高に都合が良かった。
「……よし、じゃあさっき話した手筈通りに行こう」
一度深呼吸をして、俺は言った。少し動くたびに身体中がズキズキ痛む。それでも、今を逃せばハルカを助けるチャンスはないのだ。このまま氷上を見過していれば仲間が来てハルカは連れ去られて洗脳手術を施されてしまう。もしテロリストの手術が遅れたとしても、明日の朝になってしまえば機関の設けたタイムリミットだ。ハルカは脳内チップによって殺される。俺達に残された時間は短い。
「うん、分かった」
透子は力強い声で返事をした。気合十分といった感じだろうか、氷上から受けたダメージはもう回復しきっているようだ。
「ちょっと待って」
配置につこうとした俺たちを、すみれのその声が引き止めた。
「……最後にもう一度確認するわよ。あなたたち、本当に良いのね?」
しつこいなあと俺は呆れたが、それでもすみれにも思うところが色々あるのだろう。俺はすみれに正面から向き直って言う。
「ああ、大丈夫だよ」
「うん、私も大丈夫」
透子もすぐに俺に続いた。
「……分かったわ、始めましょう」
すみれは納得したのか、そう言って俺達に背を向けて離れていった。俺と透子の二人が残された。
「じゃあ、私も行くね」
「おう、また後でな」
「気をつけてね? 出来るだけ、怪我しないようにするんだよ?」
「分かってる、そっちこそ気をつけろよ?」
「うん、それじゃ」
透子も俺から離れていって、茂みの中に俺は一人になった。
「……あ、やべ」
一人になって、緊張が今頃やってくる。ここまでハルカを助けることに必死で、色々なことを深く考えてこなかった。
ハルカの命がこの作戦にかかっている。それにハルカだけでない、もちろん俺の命だって危ないし透子やすみれにも危険は及ぶ。何しろ相手はテロリストなのだ。一人になって、ようやくその事実がのしかかってくる。震えそうになる心を立て直すため、両手で頬をぱちんと叩く。
脳裏に今までの彼女との思い出が蘇る。出会った時の寂しげな表情、一緒に遊んだ時の笑顔、アニメに集中する俺にむくれた顔、全てを打ち明けた時の悲しい笑顔。
このままハルカを失うのは、絶対に嫌だ。改めてそう考えると、不思議と緊張はなくなっていった。
「よし……」
心は決まった。後は全力で事にあたるのみだ。倉庫の扉へと俺は足を進めていった。
錆だらけの鉄製の扉を引いて、俺は叫ぶ。
「よう、テロリスト! 本当の正義の味方の登場だ!!」
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