第21話
それから俺達は体育館、音楽室、理科室、保健室、屋上など学校の中を回った。誰もいない夜の学校というのは、通いなれた俺と透子にとっても新鮮なもので中々楽しめた。
そして最後にやってきたのが俺のクラス、一年三組の教室だった。
「へ~、いつもここで授業受けてるんだ~。ねえ、席はどこ?」
「そこの列の後ろから二番目」
「ふ~ん……」
ハルカは俺の席に腰掛けて、俺の方を振り返って言った。
「ねえねえ、どうかな?」
「……どうって言われても」
別に何も感想はない。
「えっへへ~」
それでも何故だかハルカは嬉しそうだった。
「ねえ、先生はどんな人? 男? 女? 若い? 優しいの、厳しいの?」
「井上先生っていう若い女の人だよ。まあ、優しいかな。俺はよく叱られるけど」
「ふーん、そうなんだあ……」
「あ! ねえねえ、これって……」
透子は壁に貼られた沢山の絵の中の一つを指さした。
「ああ、俺の描いたやつだよ」
この前の図工の時間に俺が描いたロボットの絵だった。課題は『好きなものを描こう』というものだったので、俺は迷わずロボットを描いた。
「ふふふ、下手だね」
「う、うるせえ」
「あはは、本当だ。案外こういうの苦手なんだね~」
「ああもう、うるせえっての!」
確かにちょっと歪だけど、そこまで笑うことないじゃないか。
「こうなったら今から絵の勝負だ! お題決めて、それぞれ黒板に描いて一番上手い奴が優勝な!」
「よ~し、負けないよ~」
「ま、誰がビリになるかはもう分かってるようなものだけどね」
「言ってろ! じゃあ最初のお題は……」
と、言った所でお腹がマヌケな音でぐぅと鳴った。
「そういや、晩飯食ってなかったな……」
「そう、だったね……」
今まで夜の学校探検で高揚してた気分が、空腹で現実に引き戻された。逃げてやってきたのだから、食料なんて当然持っていない。
「私達、これからどうしたらいいんだろう……」
透子が不安そうな声で言った。すみれは今も諦めずにハルカを探しているはずだ。何の力も持たないただの子供なら、不安にならないわけがないのだ。
「…………二人共、巻き込んでごめんね」
沈痛な顔でハルカは言った。駄目だ、この雰囲気はいけない。この雰囲気から予想されるこれからの展開は、
『もう二人に迷惑かけたくないから私はいなくなるね。今までありがとう』
これしかない。そんなのは絶対にいけないのだ。そんなありきたりな展開は許してはいけない。こんな風に彼女とお別れなんて、そんなのは絶対に嫌だ。
「よし、食い物を探しに行こう! 給食室にいけば何かあるかもしれないしさ、出発!」
俺はわざと明るい声をだして、雰囲気を変えるように努めた。
「そういう話は飯食ってから! な、行こうぜ!」
「……うん、そうしようか」
透子は俺の意図に気がついたのか、そう返事をしてくれた。
「さあ、行くぞ。おいハルカ、ぼやぼやしてるとお前の分まで食っちゃうからな!」
「あ、待ってよ~!」
そう言って俺は教室の扉を勢い良く開いて外に出た。
「ん?」
その時視界の隅で何かが動いた気がして、俺は廊下を見回した。
「どうかしたの、啓介?」
「……いや、何でもない」
俺の気のせいだったのだろうか、そこに誰かが居たような気がしたのは。
食料は、あっけなく見つかった。給食室の棚の中にカップ麺がちょうどよく置いてあったのだ。それも三種類が一つずつという、今の俺達にピッタリの数だ。
「お! ネギらーめんあるじゃん!」
「なにそれ、美味しいの?」
「おう、カップ麺ではこれが一番だぜ!」
「ふーん、そうなんだ……」
「私もそれがいい!」
「ダメ、ネギらーめんは一個しか無いんだから。お前らはそっちのやつ食ってろよ」
「ぶ~、ケチ」
そんな会話をしながらお湯を入れて、カップ麺を作っていった。電気ポットが保温のまま置いてあったのも非常に助かった。
「くんくん……うん、大丈夫だな」
「啓介くん、どうして匂いなんてかぐの?」
「……腐ってるかもしんないだろ?」
「啓介はバカねえ、賞味期限って知らないの?」
「そ、それくらい知ってるっつーの!」
三分待って、三人でズルズルとカップ麺を啜る。
「うん、やっぱネギらーめんは美味い」
「ねえねえ、一口ちょうだい?」
「しょうがないなあ……、ほら一口やるから、そっちのシーフードもよこせよ」
「うんっ!」
「あ、私もこのカレー味あげるから一口!」
「はいはい……」
三人で交換しながら食べたカップ麺は、何故だかいつも家で食べているものよりも美味しい気がした。こんな大量生産されているもの、味が変わるわけはないのに不思議だ。
「……悪い、ちょっと便所行ってくる!」
真っ先にカップ麺を食べ終えた俺は勢い良く席を立った。
「も、もう食事中なんだからそういうことは!」
「いってらっしゃ~い」
二人のそれぞれの言葉に送られて、俺は給食室を後にした。
静かな廊下に出て少し歩き、体育館への渡り廊下にたどり着く。そして俺は言った。
「なあ、居るんだろ? 出てこいよ」
「あら、気づいてたのね」
ハルカを追いかけてきた女性、すみれが物陰から現れた。
「まあな」
「ふーん、啓介くんだっけ? 中々鋭いわね」
「一瞬見えた物陰と……あとは不自然に用意されたカップ麺。これだけあれば分かるさ」
「なるほど、子供だからって甘く見過ぎたみたいね」
軽く笑いながらすみれは言った。うん、やっぱり美人だ。
「で、お前はハルカをどうするつもりだ?」
「……その様子だと、ハルカにある程度は聞いてるみたいね。私はハルカを施設に連れ戻すために派遣された、彼女と同じ超能力者よ」
その超能力で俺たちの居場所が分かったってことか。とするとこの人の能力は追跡とか、そういう系統だということだろう。
「安心して、別に私はあなたたちに危害を加える気はないわ。ただあの娘を連れて帰れればそれでいいの」
「ハルカを施設に連れて帰って、どうするんだ?」
「……何か勘違いしてるみたいだけどね、別に施設はそこまで酷いところじゃないわ。脳に電極を刺したり、能力強化のために改造手術をしたり、そういうところじゃないの」
すみれは俺の質問に苦笑いしながら言った。
「むしろ隔離施設って言ったほうが正しいのかな。私達能力者を守るため、って言ったほうがいいのかもしれない。超能力者なんて言ってもね、マンガやアニメに出てくるほど強力なものなんてほとんど持ってないのよ」
「……そう、なのか?」
「ええ、念動力なんてほとんどの能力者が鉛筆一本動かすのがやっと出し、発火能力もライター程度出すのがやっと。読心なんて、ちょっと他の人より勘が良い程度なの」
もし彼女の言うことが本当ならば、超能力者というのは想像より大分しょぼいことになる。漫画やアニメのような超能力バトルが実在するかもしれない、と期待していた俺にとっては少し残念な事実だ。
しかしそうなると、俺を持ち上げたハルカの能力はとんでもなく強力なものなのか。あいつ、実は凄いエスパーだったのか。
「それでも私たちは他の人に出来ないことが出来てしまうのも事実。そんな超能力者たちを放置していたら社会はとても混乱してしまう。それに偏見や差別で超能力者たちは傷ついてしまう。そういったことを防ぐために施設はあるの」
確かにハルカは能力のことを明かした時、自分を化け物だと、気持ち悪いだろうと俺に言ってきた。確かにもしハルカのことを何もしらない人が能力を使っている場面に遭遇したら、そんな感情を抱いてしまうかもしれない。そういう意味では彼女の言う通り、施設は能力者を保護するためのものでもあるのだろう。
「それでもハルカみたいに、沢山の子供が親と引き離されてその施設に閉じ込められているんだろ?」
だがしかし施設は能力者の自由を奪っているのも事実だ。親と引き離されて、学校に通うことも出来ず、沢山の子供が当たり前に手に入れられるはずのものを奪われている。それは許されることなのだろうか。
「そうね、それは事実よ。私も四歳の時から施設に預けられてこの十年、ほとんど外には出られなかった。でも今回ハルカの追跡のために、初めて外に出られたの。能力を磨いていくつかの任務をこなせば、私達にはある程度自由が与えられるわ。もちろん制限は沢山あるけどね」
なるほど、大人しく真面目に機関側に従っていれば、いつかは少しの自由が与えられるということか。
「だから私はハルカを酷い目に合わせるつもりなんて全くない、むしろ彼女を保護するために来たの。分かってくれる?」
彼女の言うこと全てを信頼していいのだろうか。判断にとても迷う。彼女が嘘をついていないか、その瞳をじっと見つめて確かめる。
「もし、もしハルカがあんたと一緒に施設に帰ったら、俺達はどうなるんだ?」
「もちろんあなた達には何の危害も加えない。ちゃんとお家に返して――」
「俺達の記憶は、いじらないのか?」
ハルカの両親のハルカに関する記憶は全て消されたのだ。恐らく超能力に関する記憶は、一般人が持っていていいものではないと機関は判断しているに違いない。
「……本当、あなたのこと子供だと思って甘く見てたわ」
「やっぱり、ハルカに関することは全部消すんだな」
すみれの反応がそれを物語っていた。
「仕方ないのよ、超能力者の存在はトップシークレットなの。私だって、折角できたハルカの友達の記憶を奪うなんて、そんなことしたくないの。でも……」
「そういうルール違反をすると、あんたやハルカの身も危ないってことか?」
「……そうね。今私にはある程度の自由が許されてるけど、もし機関に逆らったっていう情報が伝わったら……」
すみれは自分のこめかみの辺りを指さした。
「ここに埋め込まれたチップに電流が流されて即死亡、ね」
「……そのチップ、もしかしてハルカにも」
「……ええ、その通り。ハルカにも同じチップが埋め込まれているわ」
なんてことだ、これじゃあハルカの命は機関に握られているのと同じじゃないか。このまま俺達と逃げ続けても、いつかはハルカは機関に殺されてしまう。
「それにね、実はもう実際タイムリミットが近いのよ。明日の日の出までに、私が機関にハルカの確保を報告しなかったら、ハルカはチップに電流を流されて」
「そんな、ふざけんなよ! あいつを殺すなんて、そんなの絶対許さねえ!」
政府だか機関だか知らないけれど、ハルカを殺すなんてことさせてはいけない。
「私だって、そんなの許せないわよ。ハルカは施設では私の妹みたいなものだったのよ? そんな娘を殺すなんて絶対に嫌。だからね、だから私は彼女を迎えに来たの」
すみれは険しい顔で俺にそう言った。静かな口調だったが、そこからは怒りや悔しさがにじみだしていた。
「……ハルカはそのこと、知ってるのか?」
「多分、チップのことすら知らないでしょうね。殺されるって知ってて脱走するなんて、あの娘もそこまでバカじゃないわ」
ため息をつきながら、すみれは言った。
「だけどあの娘単純だから、いつか本当に両親が迎えに来ると信じてたのよ。それでも限界が来て、会いにいってしまった。中途半端にテレポートなんか使えるのが悪かったのね。……私たちがしっかりしてれば、ハルカはあんな悲しい思いをせずに済んだのに……」
両親に忘れられてしまっていたこと、それはハルカの心に深い傷を与えた。もしハルカが施設を脱走せずにいたら、そんな思いはしなかったに違いない。もちろん真実を知らずに生きていくことが正しいとは言えないけれど、他にもハルカにショックを与えない方法もあったはずだ。でもそれは、ハルカに最悪の形で伝わってしまったのだ。何て残酷なことなんだろうか。
「……でも、あなたたちに出会えたことはハルカにとって幸運だったと思うわ」
すみれは柔らかな笑みで俺を見つめていった。
「あなたたち二人に出会えて、自分の能力のことを知っても受け入れてくれる友達ができて、ハルカは幸せだったと思うわ。本当はあなたに最初に話しかけた時には、もうハルカがここに居るって知ってたの。それですぐに連れて帰るつもりだったの」
なるほど、あの時俺に声を掛けた時には既にハルカの発見はしていたのか。まあ、チップに発信機がついていないわけはないし、すぐに見つかるのも当然だ。
「でもね、この一週間あなたたちを見ていて、ハルカは本当に、今までに見たことがないくらい楽しそうだった。それで気が変わったの。期限ギリギリまで、ハルカをあなた達に預けようって」
「……そういうことだったのか」
「あの娘に素敵な思い出をくれて、ありがとう」
思い出、というすみれの言葉が酷く引っかかった。俺達の事をもう終わったことのように扱われているような感じがして、ふざけるなという気持ちが込み上がってくる。
すみれが俺達の事を終わったことのように扱うのも、無理は無いのかもしれない。このままハルカとの逃亡を続ければ、彼女は機関に殺されてしまう。あっけなく、命を奪われてしまう。だから多分ハルカを大人しくすみれに引き渡すのが正解だ。命は何にも代えがたい、それくらい俺みたいなガキだって分かっている。
「……くそっ」
だけどハルカを機関に引き渡したのなら、それは俺達の永遠の別れになるだろう。俺と透子はハルカに関する一切の記憶を消されて、今までの日常に戻っていくことになる。
今までの、一人ぼっちの毎日。
家に帰っても誰もいない。
一人でご飯を食べて、一人でアニメを見て、一人でゲームをやって、一人で漫画を読んで、一人で風呂に入って、一人で寝る。
そんな、そんな今まで通りの何てことはない日々。ただそれに戻るだけ。
ただ、また一人に戻るだけ。
俺はしっかりしているし頭もいいからそんなのは楽勝で、
「…………嫌だ」
そして、そんなのは絶対に嫌だった。ハルカが来てくれて、お互い一人ぼっちの俺達は、ようやく二人になれたのだ。ハルカのことを忘れて離れ離れになってしまったら、俺もハルカも、また一人ぼっちに逆戻りしてしまう。それは、嫌だ。耐えられない。
「そんなの嫌だ、嫌なのに……」
でも俺には、この状況を変える力がない。ハルカが機関に殺されるのを防ぐ手立てが無い。女の子を守るために機関と戦うなんてずっとアニメや漫画で憧れていた展開だ。だけどそれをいざ前にして、俺にはハルカを救う力がなかった。選ばれた勇者でもなければ、秘められた特殊能力なんてものもない。どうやってもハルカを助けられない。
「啓介くん……」
気がつくと、涙が出ていた。両親が出て行った時も涙なんか出やしなかったのに、俺は泣いていた。糞、格好悪くって嫌になる。
「ハルカには、本当に良い友達が出来たのね。羨ましいくらいだわ……」
すみれが俺に近づいてきて、優しいてつきで頭を撫でてきた。止めろよ、こんな無力な俺なんかに優しくするな。
「糞、糞、糞、どうして俺は何も出来ないんだよ……」
ハルカは俺を孤独から救ってくれたのに、俺はハルカを助けてやれない。世界は彼女に酷く厳しい。
悔しくて悔しくて涙は中々止まってくれなかった。
「え? 啓介のことをどう思ってるか?」
「う、うん……」
「どうして急にそんなこと?」
「ちょっと気になって……それに今丁度啓介くんいないし」
「……私は啓介のことが、好き」
「や、やっぱりそうなんだ……」
「うん、私は啓介が好き。あいつはちょっと……いやかなりデリカシーが足りないし、アニメとか漫画ばっかり見てるし、顔もそんなに良くないし。あと運動も私より全然出来ないし……」
「け、結構酷いこと言うんだね」
「……でも」
「でも?」
「でも私には、啓介しか居ない。私のことちゃんと理解してくれて、いざというときはすっごく頼りになって。あとね、本当はすごく優しいの」
「……そうだね、啓介くんは優しい」
「だから私は、啓介が好き。大好き」
「そっか……」
「で? そっちはどうなの?」
「ど、どうなのって……どういう意味かな?」
「啓介のこと、好きなの?」
「へ!? わ、私は別に啓介くんのことはそういうのじゃないっていうか、えと、あの」
「ふふふ、本当分かりやすいなあ~」
「うぅ……意地悪だよぉ」
「ふふっ、ごめんごめん。でもさ、好きならちゃんと言わなきゃ、告白しなきゃダメだよ」
「え、もう告白したの!?」
「いや、私はしてないけどさ」
「もう、ビックリさせないでよ~」
「私はしてないけど、でもね、しなきゃ絶対ダメ」
「何それ?」
「……ははは、何なんだろう本当」
「もう、よく分かんないよ~」
「ははは、そうだね」
「……ねえ、私達ライバル、だね」
「……ライバル。……そっか、うん。そうね」
「ふふふ、そうだねライバルだよ」
「その割に、何だか楽しそうじゃない?」
「えへへ、私達は親友でライバル、だよ? 何だかちょっと、ワクワクしてきちゃった」
「何言ってるのよ、全く」
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