第20話

「……カッケー、。格好良い、スゲエよハルカ!!」




 涙を流すハルカに、俺はそう言った。




「……へ?」


「なあなあ、今のって超能力ってやつだろ? すげー、初めて見た」




 彼女に泣いて欲しくなかった、自分を化け物だなんて言って欲しくなかった。




「助けてくれてありがとな、ハルカ!」




 彼女は俺を助けてくれたのだ。立派なことをしたのだから、胸を張らないのはおかしい。自分を否定する言葉を使うなんて、絶対に間違っている。




「……で、でも私は二人のことを騙して」


「騙されてなんかねえよ。だってお前は今まで『私は超能力なんて使えません』なんて俺達に言ったか?」


「それは、言ってないけど……」


「だったら騙してなんかない、俺達は騙されてなんかない。そうだろ?」




 我ながら完璧な反論だと思った。天才、流石俺。




「でも私は化け物なんだよ? こんなことが出来るなんて、普通気持ち悪がるよ……」


「普通は、そうなのかもな。……でもほら、俺って特別じゃん? 多分天に選ばれし勇者じゃん? 救世主じゃん?」




 ハルカの悲しい表情を笑顔に変えたくって、俺はわざとおどけてみせた。




「で、でも……」


「ほら、早く行こうぜ」




 煮え切らない彼女の手を強く握る。握った手から、ハルカの震えが伝わってきた。それでも、だからこそ俺はその手を放してやらない。




「二人共、大丈夫~?」




 崖の上から透子の声が聞こえてきた。見上げると、崖の下を覗きこむ透子の顔が見えた。ハルカと繋いでいない方の手をブンブン振って、俺はそれに答えた。




「大丈夫、俺もハルカも無事だ! お前こそ落ちないように気をつけろよ~!」


「大丈夫だって~!」


「……よし。じゃあハルカ、透子のところに行こう」




 ハルカを引っ張って歩き出そうとしたが、しかし彼女はその場を動こうとしなかった。




「おい、行くぞ?」


「で、でも……透子ちゃんもさっきの、見てたよね?」




 また泣きだしてしまいそうなハルカを安心させるために、俺は言った。




「多分な、でも大丈夫だよ」


「だ、大丈夫じゃないかもしれないでしょ!?」




 自分が否定されるのではないかとハルカは怯えていた。透子だって、ハルカを大事な友達だと思っているはずだ。だからきっと大丈夫だと俺は思う。




「……まあ透子がお前を怖がったとしてもさ、大丈夫だよ」




 そう思うけれど、でももしもの時のために臆病な俺は保険をかけておくことにした。




「ど、どうして?」




 アニメに出てくるヒーローたちのように、彼女を勇気づけられるように優しく、それでもハッキリと俺は言う。




「ハルカは一人じゃない。お前には俺がいるから。な?」


「あ……」




 あの日から、俺達は一人じゃなくなったのだ。それは彼女が超能力者だろうと何だろうと、絶対に変わらない。主人公は、ヒーローは嘘をつかない。一度言ったことを翻さないのだ。




「分かったら早く行こうぜ? どんどん暗くなってきたしさ」


「……うんっ!」




 ハルカはやっと笑ってくれた。俺は彼女の手を引いて、透子と合流するために歩きはじめた。






























「もう分かったと思うけどね、私『超能力者』なの」




 透子と合流してから、ハルカはゆっくりと話し始めた。




「手を使わずにモノを動かせたり、瞬間移動ができたり」




 話を聞きながら、俺は透子の顔を横目で見る。透子は目を丸くしてハルカの話を聞いていた。




「えっと、その……今まで黙ってて、ごめんなさい!」


「え? どうして謝るの?」


「どうして、って……私のこと、怖くないの? 気持ち悪いと思わないの?」


「そんなこと、思うわけないよ」


「でも私は」


「ハルカちゃんと一緒に沢山遊んだけど、その時にハルカちゃんはその能力を一回も使わなかったでしょ?」


「う、うん。そうだけど……」


「私、ハルカちゃんだったら信じられるから。だから全然怖くないよ」




 透子は笑顔でそう言った。




「…………透子ちゃん」


「な、言ったろ。大丈夫だって」


「……うん、ありがとう。ありがとう。二人に会えて、私、本当に」


「あーもう泣くなよバカ、さっさと帰るぞ」


「うわー、もう真っ暗だね」


「……うん、うん」




 涙を流すハルカの両手を俺と透子がそれぞれ掴んで、三人で並んで歩いて行く。


 それからハルカは自分の今までの境遇をポツポツと、俺たちに話してくれた。




「私がこの能力が使えるようになったのは、三歳のときだったの」




 遠くにあったおもちゃを自分の元に引き寄せたのが始まりだったらしい。自分ではそう出来たのは何の不思議もなかったが、それを目撃した両親はとても混乱したらしかった。ハルカは病院に連れて行かれ沢山の検査を受けた。そしてその後、ハルカは政府の機関に預けられた。




「いつか必ず迎えに行くから、って。そう言ってお母さんとお父さんは私を預けたの。……そこにはね、私みたいな子供が沢山いるの。私より小さい子も、大きい子も一杯。みんなお母さんやお父さんから引き離されて、そこで能力の訓練を受けるんだ。いつかこの力を国のために役立てないといけないんだって」




 俺たちを信頼してハルカはこのことを話してくれている。辛いのを我慢して話してくれている。彼女の痛みが少しでも和らぐように、俺は彼女と繋いだ手に少し力を入れる。




「信じて待ってたんだ、私。いい子にしてればいつかお母さんとお父さんに会えるって。……でも、三年経っても、誰も私を迎えに来てくれなかった。……確かにね、周りの子に会いに来る人だって誰もいなかったんだ。でも私のお母さんとお父さんは違うんだって、そう信じて待ってたの」


「ハルカちゃん……」




 話を聞いているだけの透子が、泣きそうな顔をしていた。バカ、お前が泣いてどうするんだ。




「何か事情があるのかな、病気にでもなったのかな、って心配になって施設の人に聞いても、あそこの人たちは何も教えてくれなかった。ただあの人達が言うのは、『能力を磨いて、皆の役に立てる立派な能力者になれたら、きっとご両親にも会えるよ』って、いっつもそればっかりだった。……だから私は施設を抜けだしたの。お母さんに、お父さんに会うために」




 磨きあげた能力と入念な下準備で、ハルカは脱出に成功した。それからは大変だったらしい。施設の外は見知らぬ街、住んでいた場所からは遠くはなれている。当然施設からの追手だってやってくる。それを能力や機転で乗り越えて、ハルカはやっとのことで自分の家に、両親の待つ場所にたどり着いた。




「やっと帰ってきて、私はただいまって言って家の中に入って行ったの。お母さんが出てきて、私久しぶりに見るお母さんの顔に泣きそうになっちゃって……でも」




 ボロボロになりながら、やっとたどり着いた帰るべき場所。でもだけど、現実はとっても残酷だった。




「お母さん、私のこと、覚えてなかった……どちら様ですか、って……」




 『ただいま』に『おかえり』が返ってくることはなかった。ハルカの母親は、ハルカのことを忘れてしまっていたのだ。




「そんなことないって、私だよ、ハルカだよって何度も言ったけどお母さんは全然私のこと分からないみたいだった。…………しばらくしたらお父さんも出てきたんだけど、でもお父さんも同じだった。多分、機関の人たちに私に関する記憶を消されたんだろうね」




 両親に忘れられる、それはどんなに辛いことなのか俺には想像がつかなかった。俺だって両親に放ったらかしにされているけれど、それでも存在を忘れられてはいない。彼女の絶望は、相当大きいものであったに違いない。




「私が泣きだしたらお母さんもお父さんも困った顔して、でも頭も撫でてくれないし抱きしめてもくれなかった。当然だよね、二人にとって私は知らない子なんだから。……ははは、それでね、家の中から赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきたの。二人共慌てて赤ちゃんの方に走って行ってさ。誰、その赤ちゃん? ……って、決まってるよね。お父さんとお母さんの子供。私の妹か弟なの、きっと。知らない私が泣いているのなんかより、自分の子供が泣いてることのほうが大変に決まってるもんね。もう、私はそこに居られなかった。走って、走って、逃げたんだ」




 やっとたどり着いた自分のあるべき場所、でもそこはすっかり変わり果ててしまっていたのだ。居場所を失った彼女はふらふらと街を彷徨って、




「そして、二人に出会ったの」




 そしてハルカは、俺と透子に出会ったのだ。




「お母さんとお父さんに忘れられて、私はもう一人ぼっちになっちゃったんだって、そう思ってた。……でも私は一人じゃ、ないんだよね?」




 まだ涙の後が残る顔だったけれど、それでもハルカの笑顔は明るかった。




「ああ、そうだよ」


「うん、ハルカちゃんは一人なんかじゃない」


「……えへへ、ありがとう」




 やっぱりハルカは笑ってるほうが可愛いと思った。恥ずかしいから言えないけど。




「あっ!!」


「どうしたの、急に?」


「もう『カードゲッターひまわり』始まってるじゃん! やっちまったぁ……」




 驚愕の事実に俺は頭を抱え込む。




「もー、またアニメの話?」


「いやだってさー」


「……ふふふ」




 透子が呆れた顔をして、ハルカがなぜだか知らないけど楽しそうに笑う。ほら、いつも通りの俺達だ。ハルカの能力のことが分かっても、何一つ変わることなんてない。


































 どんぐり山から降りた時には、もう辺りは真っ暗になっていた。




「さって、今日はここで解散かな」




 透子の家はここからだと帰り道が俺たちと反対だった。




「ねえねえ、明日は何時に集合?」


「そうだなあ……」




 三人でそんな会話をしながら歩いていると、




「ハルカ」




 正面に見覚えのある女性が現れた。




「あ。あんたはこの前の」


「あらどうも、この前はお世話になったわね」




 その女性は、数日前俺ににハルカの写真を見せてきたお姉さんだった。




「いえいえ、御礼を言われるほどのことはしてないですよ」


「……ねえ君、皮肉って言葉知ってるかな?」




 お姉さんは頬をピクピクさせながらそう言った。




「……すみれ、何しに来たの?」




 俺のすぐ隣りのハルカは険しい表情でお姉さん、すみれと呼ばれる女性を見つめた。




「何しに、ですって? そんなのあなたを連れて帰るために決まってるじゃない」




 ハルカを連れて帰る、今すみれはそう言った。連れて帰る先は、ハルカが逃げ出してきた施設に違いない。




「いや、私は帰らない」


「ハルカ!」


「だって、やっと私にも友達が出来たんだよ!? それなのに」


「ワガママ言わないで! 私たちは普通の人達と違うの、普通に暮らすことなんて出来ないのよ?」


「そんなことない! 二人は私の能力のことも全部分かって、それでも友達だって言ってくれたんだよ!?」




 ハルカとすみれはどんどんヒートアップを続けていく。




「いいから、来なさい!!」


「嫌だって言ってるでしょ!?」




 すみれの伸ばした手をハルカは勢い良く振り払う。




「このっ……こっちが下手に出てれば」




 このままではマズい。力に訴えかけられたら、俺達子供では勝ち目は無い。




「あ、お巡りさーん! こっちです、変質者です、助けて~!」


「なっ、ちょっとあなた何を言って!」




 動揺したすみれが後ろを振り返る隙に、俺はポケットから水鉄砲を取り出して彼女の顔面に向かって放出した。




「わっ! ぷぁっ、何するの!?」


「今だ、走れ!!!」


「け、啓介くん!?」


「ちょっと啓介!!」




 二人の手をつないで、俺は走りだした。彼女から逃げなければならない。


 ハルカは帰りたくないと言ったのだ。だったら俺はそれを叶えてやりたいし、このままハルカを連れて行かれるなんて嫌だった。




「待ちなさい!」




 後ろから怒気を含んだ声が聞こえてくるが、そんなものは気にしない。相手は自分たちとは違って大人だ。一刻も早く、少しでも長い距離を取らなければいけない。




「こっちだ!」




 闇雲に逃げても仕方がない。双葉ヶ丘は昔からの住宅街で入り組んだ細かい道が多いので、俺は土地勘を生かして何とか追手をまく方法を選んだ。




「こ、こんなとこ通るの!?」




 他人の家の庭を通るとき、透子が驚いた声を出した。




「ああ、次はあそこの生垣だ。這ってけばギリギリ通れる隙間があるから」




 ハルカを守るために、今は手段を選んでいる場合じゃないのだ。


 民家の敷地内をいくつも抜け、工事現場の中を通り、俺達はいつも通っている小学校にたどり着いた。開いている換気窓を見つけて、素早く校舎の中に逃げ込む。




「ふう……ここまでくれば大丈夫かな?」


「はあ、はあ、はあ……もうダメ、走れないよ」


「何だよ情けないなあー」


「だってぇ……」




 彼女は座り込んで、肩で息をしていた。いつもの綺麗なロングヘアーもボサボサになってしまっている。


 休みの日、しかも夜ということもあって校舎の中に人気はない。いつもと違う真っ暗で静かな学校は少し不気味だったけれど、今は女の子二人と一緒にいるのだ。怖がってなんかいられない。




 しばらく休憩して息が整ってから、ハルカは言った。




「ここが二人の通ってる学校なの?」


「ああ、そうだよ」


「へ~、ここが学校かあ」


「ハルカちゃん、学校に来るのは初めてなの?」


「……うん。施設でも勉強は教えられるけど、やっぱり学校とは違うなあ」




 ハルカはきょろきょろと辺りを見回した。やはり学校が珍しいのだろうか。




「普段は二人共ランドセル背負ってここに通ってるんだよね?」


「そうだけど?」


「それでそれで一年生から六年生まで一杯生徒がいて、先生も何人もいるんでしょ?」


「うん……」


「そっかあ……」




 ハルカは嬉しいのか悲しいのか、どちらとも取れるような複雑な表情で目の前の景色を眺めていた。




 ハルカは三年間施設に閉じ込められていたという。その施設について俺は詳しく知らない。でもきっと入学式なんてものないし、ピカピカのランドセルを背負うこともないんだろう。俺たちが経験する普通を、ハルカはずっと逃してきたのだ。




「なあハルカ。折角だからさ、学校の中案内するよ」


「え?」




 お節介かもしれない、余計なお世話かもしれない。それでも俺は今まで手に入らなかった普通をハルカに見せてやりたかったし、そして何より彼女に暗い顔はしてほしくなかった。




「あ、それいい考えだね! どうかな、ハルカちゃん?」




 透子も俺と同じような気持ちでいてくれたようだ。透子の顔がぱあっと明るくなった。




「い、いいの?」




 不安そうな瞳でハルカは俺を見た。全く、何を遠慮しているんだか。




「別に、嫌ならいいけどさ」


「ううん、全然嫌じゃない! 嫌じゃないよ!!」


「そうか、じゃあ行こうぜ。まずは体育館かなー」


「出発進行ー!」




 ハルカの返事を確認してから、俺は歩き出した。透子も俺に続いて明るい声を出す。




「……ありがとう、二人共」




 後ろから、そんな声が聞こえた気がした。




「ほら、ぼさっとすんなよー」


「うん!!」

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