第8話
「お前は今から『啓介くん、一緒に帰ろ?』と言う」
「啓介くん、一緒に……って、正解です。よく分かったね」
放課後、ホームルームが終わると自称幼馴染が俺に近づいてきた。ここまでの展開を考えれば、用件は言われなくとも分かった。
「はっ、ここまで来れば予想できるっての」
「すごいね啓介くん。じゃあ、帰ろっか」
当然のように、何の気負いもなく彼女はそう言った。他の女生徒と同じ制服に身を包んではいるが、モノが全く違った。均整のとれた完璧なプロポーション。胸は巨乳というほどまではないけれど、華奢な体つきにその膨らみは素晴らしいバランスで実っている。真っ白な肌はキラキラと輝いているし、長い黒髪は顔を突っ込んだらいい匂いがしそうだ。つまり他の女子とオーラが全く違う、レベルが段違いに高すぎる。
こんな女子に誘われたら喜んでホイホイ付いて行ってしまうだろう。ただし、この状況でなければだが。
「流石幼馴染だけあって息があってるな」
「うるせえよ義史、このエロゲ脳が」
「何で怒るんだよ、変なやつだな。それと啓介、お前にだけは言われたくない」
「俺とお前のエロゲ脳度合いを比べると、お前の方が外付けハードディスク一つ分くらい上だと思うんだが」
「容量の問題じゃないっつーの」
「二人共仲良いねえ」
中庭遥香はニコニコ笑いながら俺達のやり取りを見ている。その表情に怪しげな企みは感じられない、今のところは。
「そういや啓介、生徒相談室どうだった? 昨日行ってきたんだろ?」
「……なるほど、その事実は変わってないのか」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもない」
俺が謎の視線に悩まされ義史の勧めで相談室に行ったということ、この事実は消えずに残っているらしい。というか、それが残っていなければ、俺は昼休み先生に話しかけられることなどなかったから、それも当たり前のことだ。やはり昨日から変わったことは中庭遥香という存在の登場だけなのだろうか。
「最高だったぞ、先生は美人だしエロそうだし。義史、お前も行ってみたらどうだ?」
「え、マジで!? そんな美人エロ教師が居るのかよ!? 俺初めて知ったぞ」
何だこいつ、知らなくて俺に相談室を勧めたのか。それでもナチュラルに美人エロ教師と言う言葉が出る辺り流石だ。
「俺も初めて知ったよ。とにかく悩みとか適当にでっち上げて相談に行くのをオススメする。あんな美人とお話できる機会なんてそう無いぜ」
「よ、よし俺も行こう。……あーでも三次元の美人を目の前にして、一体何を話せばいいんだよ? 俺、全然分かんねえ」
「脳内ではクラスメイトを散々陵辱してるのに、現実となるとこのザマか。所詮童貞だな」
「糞、反論出来ないが、お前だって童貞だろうが」
「ふん、この前の仕返しだ」
同じ童貞に童貞と馬鹿にされる屈辱、義史にもたっぷり味わってもらおう。
「まあしかしだ、俺も鬼じゃない。お前と一緒に相談室に行って。すみれ先生を紹介してやらんこと無いぞ」
「ほ、本当か啓介?」
脳内陵辱マニアであろうと、口先だけの童貞野郎だとしても、義史が俺の友人であることに変わりはないのだ。実際にすみれ先生と会うことでこいつの妄想の種を増やしてやることぐらい吝かではないのだ。
「ああ、お前には色々お世話になっているからな。よし、それじゃあ早速……」
早速相談室へ行こう、としたところで、
「ダメです!」
腕をぐいっと引っ張られた。
「うわっ!」
俺の腕を引っ張っているのは、中庭遥香だった。
「ほら啓介くん、早く帰るよ! それじゃあね義史くん!」
「お、おいお前なんだよ急に!」
「いいから、啓介くんは私と帰るの」
そのままずんずんと教室の出口まで引きずられていく。
「何で怒ってんだよ?」
「怒ってないもん!」
言葉とは裏腹に、彼女は頬を可愛らしくふくらませている。ひょっとしてこれってその、あれだろうか……。
「嫉妬イベントまでしっかり起こるのかよ……」
確かに他の女性の話をされた時の幼馴染の反応としては、これが正解だ。素でやっている行動なのか、それとも計算でやっているのか、それは分からない。だがしかしどこまで完璧を貫き通すんだ、中庭遥香よ。
「おい啓介、俺への淫乱女教師紹介はどうなったんだよ!?」
義史の悲痛な叫びにクラスの女子たちが冷たい視線を彼に向ける。俺は淫乱なんて一言も言っていないのだが、ああ何て残念なやつだろうか。
「また今度なー」
「絶対だぞ、絶対だかんな!」
そんなに会いたければ一人で相談室に行けばいいのに。まあ、それが出来れば苦労はしないのか。
「なあ、一人で歩けるから手離せよ」
「ダメ。放したら啓介くんきっと、その先生のとこ行っちゃうんでしょ?」
「あのなあ……」
こういう展開、俺はとにかく大好きだ。自分のためにヤキモチを焼いてしまう幼馴染とか、大好物だ。
「何よもう、デレデレしちゃって」
大好物に違いはないのだが、彼女の狙いが見えない今の状況では素直に喜ぶことはできない。
「……分かったよ、相談室には行かない。だから放してくれ」
遥香は早足でずんずん進んでいく。すれ違う周りの生徒の目が痛いので、一刻でも早くこの状況から脱したかった。
「だ、ダメ」
「何で?」
「ダメなものはダメなの」
「はあ……」
彼女に裏がないと分かっているならこの状況にニヤニヤ出来るものだが、彼女の意図が分からないこの状況だと困惑する他無い。
「啓介くんはこうやって私と歩くの、不満?」
「不満っていうか……おい、前向いて歩け。危ないぞ」
「そんなの大丈夫……って、うわあ」
「ほら言わんこっちゃない」
俺の方を見ながら歩いていたため、遥香は歩いてくる女生徒にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい私の不注意で!」
転んで尻餅をついた衝突相手に遥香は勢い良くペコペコ侘びを入れる。
「痛たた……何か最近良くぶつかられる」
尻餅をついた女子のパンツが運良く見えないか俺はすかさず下半身にチェックを入れる。
「ちっ、スカートはまくれてないか」
パンツは見えなかったがその女子の生脚はスラっと長く、程よく肉のついた一級品だった。運動部で鍛えられたものだろうか。いいなあこういう太もも、触りたい舐めたい顔を埋めたい。
「人の脚、ジロジロ見ないでよねこの変態」
聞き覚えのある声に上半身へ目を向けると、そこにはジト目で俺を見つめる柳井がいた。
「おう柳井、お疲れ様」
「お疲れ様じゃないでしょうが、あんたたちどこ見てんのよ」
「お前の脚だ」
「いい加減にしなさい」
「本当にごめんね、透子ちゃん」
遥香がもう一度柳井に頭を下げる。
「……っ! 気をつけてよね、全く」
「うん、ごめんなさい」
柳井は起き上がってホコリをパタパタと払い、そして無言で遥香をじっと見つめた。
「…………」
「ん? 何かな、透子ちゃん」
「……何でもないわ」
「もう透子ちゃん、変なのー」
やはり柳井と遥香は知り合いなのだろうか。いや、柳井は俺と小学校から一緒なわけだし、幼馴染であるらしい遥香が見ず知らずの他人であるはずがないのだ。
「柳井、昨日はありがとうな」
念のため、昨日の柳井との事故はこの世界でもあったことなのか確認しておく。
「……別にどうってことない。じゃあ私、部活行くから」
「何だよ、大分そっけないじゃないか。昨日は柳井汁までくれて、あんなにデレデレだったのに」
「だからその如何わしいネーミングは止めなさいよ。それにデレデレなんてしてない、捏造しないで」
やはり昨日のことは確かに起こっていたことようだ。やっぱり昨日から変わったことは、中庭遥香が居るということ、それだけのようだ。
「それじゃあね」
「おう、またなー」
「バイバイ透子ちゃん」
柳井は最後までクールに去っていった。まあ大して親しい間柄でもないし、仕方がないか。
「……なあお前ってさ、柳井と仲いいのか?」
「透子ちゃんと? 啓介くん、やっぱり今日はなんかおかしいよ?」
「ああ、俺はおかしいんだよ。で、あいつとは仲がいいのか?」
中庭遥香がいる、という以外のことが変わっていないと言うのならこいつと柳井も大して親しくないということでなければおかしいのだ。俺とずっと一緒の幼馴染というのなら、俺と同じく柳井との関係も薄くなければ変な話だ。彼女の返答が『柳井とは大して親しくない』というものだったら、『昨日から変わったのは中庭遥香の存在だけ』という仮説は証明されるのだ。
そうなれば少しは今の状況を整理できる。脱却に一歩近づくことが出来る。そう思うと、少し心が軽くなる気が――――
「透子ちゃんだって私たちの幼馴染でしょ? 昔からよく一緒に遊んでたじゃない」
――――したんだけど、なあ。
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