第7話

 お約束やテンプレといったもの。




「啓介くん、はいこれ」




 例えばクラスの地味な眼鏡っ娘がメガネを取ったら美少女だったとか(しかも脱いだら意外と巨乳! 地味メガネっ娘といえば隠れ巨乳!)、通学路の曲がり角でぶつかった女の子(もちろん食パンを加えていて、そして転んだ拍子にパンツが見えて大激怒)は自分のクラスに転校してくるとか、そういうの。これらは死ぬほど使い古されたシチューションで、だがしかし無くなることはない不思議なものである。それらは一体どうして廃れないのか?




「な、何だよいきなり?」




 その理由は非常に簡単で、こういった展開には魅力があるということなのだ。おいおいもうこんなお約束展開は食傷気味だぜもうお腹一杯だよ、とか言いつつも、みんなニヤけているのだ。これらは現実では到底起こり得ないイベントで、だからこそ誰もが愛してやまないものなのである。




 でもだけどしかし、だ。




「何って、お弁当だよ? いつも通り、今日も作ってきたんだけど」




 それが実際自分の身に突然降り掛かって来ると、一体どうなのだろうか。




「……おいおい、もうお腹一杯だってのに」




 確かに俺はニヤけていた。どのくらいかというと、頬がピクピク痙攣するくらいだ。




「もう、まだ何も食べてないのにお腹一杯ってどういうこと?」




 だってそうだろう、今日は朝からお約束展開のオンパレードだっていうのに、さらに手作りのお弁当まで追加なんてやり過ぎだろう。


 目覚ましに一緒に登校、席は何故か隣同士で、居眠りするとペンでつついて起こされ、そして加えて現在昼休みの教室で手作りのお弁当、まさに怒涛のお約束ラッシュ。




「……は、ははは、お腹は減ってるんだけどな、うん」




 お腹は減っていても胸はいっぱいで、もうこれ以上のお約束を詰め込む気にはなれなかった。




「じゃあ一緒に食べよ? 今日は啓介くんの好きなもの一杯入れてきたから、ね?」


「いや、でも、その……」




 正直、気味が悪い。もちろん女の子からの手作りお弁当というのは嬉しい。だがしかし、今回はその女の子が問題なのだ。いきなり現れて俺の幼馴染を名乗り、そして何故か俺以外の人間にはそれが認められているこの状況。こんな状況で得体のしれない少女からもらった弁当なんて、恐ろしくてとてもじゃないが食べられない。




「……ダメ、かな?」




 彼女は涙目で俺を見つめる。おい、止めろ。美少女にこんな顔をさせるなんて、罪悪感が湧いてきてしまうじゃないか。




「んああああ、もう、分かった! 取り敢えず弁当だけもらってく、じゃあな!」




 弁当を彼女からひったくってダッシュで逃げ出す。




「あっ、啓介くん!」




 俺を呼ぶ声が後ろからしたが、無視して教室を出て廊下を走った。とにかくこの気味の悪い現実と、彼女への罪悪感から一刻でも早く逃げ出したかった。




「どうしろって言うんだよ、こんちきしょう!!」




 叫ぶ俺にすれ違う生徒が驚いた目をするが、そんなことは関係がなかった。


 俺は相変わらず、混乱していた。




























「あ、もしもし? 俺、啓介。ああ久しぶり……突然なんだけどさ、お前『中庭遥香』って知ってるか? …………やっぱり、そうか。……はは、いや別に何かあったとかじゃねえけど。いきなり変なこと聞いてすまんな。……ああ、うんまたな……じゃあな」




 これで、7人目だった。空を仰いで俺はつぶやく。




「……この状況、マジでヤバくねえか?」




 昼休みの屋上、彼女から逃げ出した後俺は一人でここに来て、中学の頃の友人に片っ端から電話をかけていた。もちろん電話の内容はたった一つ、『中庭遥香を知っているか?』ということだけだ。


 結果は全員一致、みんなまるっきり同じ反応で、




『は? お前何言ってんの?』




 この言葉だった。これの意味するところが『そんな女は知らない』だったらどんなに気が楽だったろうか。だが実際はその真逆で、




「……全員に脳みそを心配されるって、どうなってんだよこれ」




 実際は『何を当然のことを聞いてくるんだお前は』という意味だったのだから、全くもって深刻な状況である。




「一体何者なんだよ、あいつは……」




 中庭遥香と名乗る少女、いや美少女。今朝いきなり俺の部屋に現れて幼馴染を名乗る可憐な女の子。


 美少女なのは良い、文句ない、最高だ。整った顔立ちに、磨き上げられた黒髪ロング。そして素晴らしい太もも、絶対領域。中庭遥香は文句のつけようのない美少女だ。


 だがしかし、問題は今の状況だ。ただ俺の幼馴染を自称するちょっと頭の痛い女の子がいるだけなら話は単純だ。だけど今はそんな簡単な状況ではない。彼女の言っていることを皆が認めている、世界が彼女を俺の幼馴染だと認めているのだ。




 今までは世界がおかしくなってしまったと考えていた。だけど今こうやって、昔からの知人に確認をしていくと、どんどん外堀が埋まっていくと、おかしくなってしまったのは自分なのではないかという思いが強くなっていってしまっていた。




「んあ~、くっそ……」




 もう一度、5月の空を見上げる。頭上は雲ひとつ無い青空、そして手元には、




「……これ、食って大丈夫なのか?」




 自称幼馴染の手作り弁当。可愛いらしい柄の包みに入ったお弁当箱。




「はあ……。怪しいんだけど、何か食わないのも悪い気がするっていうか」




 女の子から手作りのお弁当をもらうなんて、俺の人生で初めての経験だった。この状況じゃなければ喜んで食べているのだが。




「取り敢えず、中身だけでも確認しておくか……おお」




 中身は見事なものだった。卵焼きやタコさんウィンナーなど定番に加えて、俺の好物の唐揚げもしっかり入っているし、ミニトマトやブロッコリーで彩りもある。




「見た目は問題なし、か……むむ、次は匂いだ」




 顔に近づけてくんくんと匂いを確かめる。異物が混入されている可能性も考慮しなければ。酸っぱい臭いとかアーモンド臭とかがするようなら絶対口に入れてはならない。




「……うーん、分からんな」


「分からないのはあなたのその不審な行動の理由なのだけれど」




 振り返るとすみれ先生が俺を呆れた顔で見ていた。いつの間にここに来ていたんだ、まったく気配がしなかったぞ。しかしすみれ先生は今日も美人だなあ。人気のない昼休みの屋上でイケないことしたくなる。




「お弁当の臭いなんか熱心に嗅いで何をやっているの?」


「すみれ先生、この弁当には俺を毒殺するための罠が仕掛けられているかもしれないんです」


「毒殺? 何だか物騒な話じゃない。そのお弁当、誰かに貰ったの?」


「ええ、まあ……」


「女の子、よね? へえやるじゃない、あなたも」




 すみれ先生は冷やかすようにニヤニヤと笑った。




「そんな単純な話だったらいいんですけどね」


「ん、何か素直に喜べない事情でもあるの?」




 この件はついて先生に話してもいいものだろうか。また頭おかしい奴扱いされるのは嫌だ。




「大丈夫よ、遠山くん。私はカウンセラーなんだから、あなたの悩みは真剣に聞くし、絶対に馬鹿にしたりしないわ」


「すみれ先生……」


「隣、座っていいかしら?」




 こんな美人のお姉さんにここまで言われたら、俺は断れるはずがない。




「わかりました。すみれ先生、ちょっと相談乗ってください」




 先生に相談して何かが変わるわけではないだろうけど、それでもきっと話すことで楽になることは出来るのではないだろうか。












「……なるほど。身に覚えのない幼馴染が突然現れた、か。なかなかヘビーね」




 俺が事情をひと通り話し終えると、すみれ先生はそう言った。ちなみに弁当にはまだ手を付けていない。




「先生、やっぱ俺の頭がおかしくなったんでしょうか?」




 やっぱり俺には昨日義史が言っていたように、統合失調症の恐れがあるのだろうか。うげえ、最悪だ。




「んー、聞いてる限り話してる内容以外は論理的な崩壊もなかったし、その線は薄いんじゃないかしら」


「ほ、ホントっすか!?」




 プロのカウンセラーがそう言ってくれるなら、かなり心強い。




「ええ、本当に病んでしまっている人は自分はおかしいと客観視できないものなの。だからあなたが急におかしくなってしまった、という風に考えるのは難しいわ」


「そ、そうですよね! 俺は正常ですよね! ひゃっほう、正常バンザイ! 正常位バンザイ! あ、でも別にすみれ先生が主導権を握りたいって言うなら俺は騎乗位でもバンザイです! バン座位! ぐへへっ、座位って言えば対面座位ってのも最高ですよね。こうラブラブ感っていうか密着度っていうか。すみれ先生はどれが好みです? 自分はそれに合わせますよ!」




 すみれ先生のお墨付きをもらって俺は大いにはしゃいだ。




「そうやってどんな文脈でもセクハラに持っていけるあなたの思考回路だけは、明らかに異常だと思うわ」


「うわっ、その笑ってるのに目だけはとても冷たいその表情止めてください! すごく興奮します!」


「ふふふ、何だか相談に乗って損した気になったわ……」




 先生が遠い目をしている。悪いことをしただろうか、なんて。でも先生に、俺は正常だと認めてもらえたのは嬉しいし、とても安心できた。




「でも先生、俺がおかしくなったんじゃなければ、この状況はどうやって説明するんですか?」




 安心は出来たが、それでもこの状況が異常なことに変わりはない。




「そうねえ……」




 すみれ先生は腕を組み考え込んでしまった。この状況に合理的な説明をすることはやはり難しいのだ。




「遠山くん、多世界解釈って知ってるかしら?」


「へ?」




 すみれ先生の発した意外な言葉に、思わず間抜けな声がでる。




「そう多世界解釈。パラレルワールドとでも言ったほうが分かりやすい?」


「いや、それは知ってます。でもこの状況にどうしてそれが?」




 多世界解釈、パラレルワールド、シュレディンガーの猫、こういうのはよくエロゲやアニメ、マンガなんかで登場するワードで俺にもとても親しみがある。例えば最近のだと『シュタインズ・ガーデン』とか『マジラブ』とか『Ever151』とか、ちょっと古いけど『愛を叫ぶ幼女YU-NA』とか、例を上げればキリがない。説明では毎回、可愛らしい猫が生命の危機に瀕することになるのだ。業界はいつか動物愛護団体に訴えられるに違いない。




「あなたは別の世界から迷い込んでしまったのかもしれないのよ。この『幼馴染・中庭遥香がいる世界』にね」


「…………んな、アホな」




 それはあまりにも荒唐無稽な話でないだろうか。確かにそういうエロゲやギャルゲは名作が多いけど、現実にそんなことが起こるなんて考えにくい。




「もうちょっと真面目に考えましょうよ、先生」


「あら、私は結構真面目なのだけど。じゃあ遠山くんは他に考えつくのかしら、あなたの置かれた現状に対する説明」


「むむむ……」




 そう言われてしまうと、結構難しい。俺に何か他の説明が思いつくのだろうか。




「……壮大なドッキリ、とか?」


「この状況でまだそれが言える? 大体遠山くんみたいな一般人にこんな大げさなドッキリ仕掛けて、誰が得するっていうの?」


「じゃあじゃあ、中庭遥香は宇宙人でこの地域の人々を洗脳して地球人に紛れ込んでるとかは?」


「それならどうして遠山くんだけ無事なのかしら?」


「ええっと……聖なるドラゴンの加護とか右腕のマジックブレーカーとか、的な?」


「論外ね、まだ私のパラレルワールド説のほうが説得力があるわ」




 確かに今までの中だと先生の出したパラレルワールド説が一番マシだ。




「仮に、仮にです。先生の言うとおり俺が平行世界に迷い込んだんだとして、俺は一体どうしたらいいんでしょう?」


「う~ん。私は心理学は勉強したけど物理学とか量子力学とかはさっぱりだから、正直に言うと見当もつかないわ」


「……ですよねー」


「逆にこういうのは遠山くんのほうが詳しいんじゃない?」


「……まあ確かにゲームじゃよくあるシチュエーションですけど、ああいうのには必ずヒントがあるんですよ。例えばタイムマシンとか考古学者の親父が残した特殊なギミックとか、十七年前からの因縁とか。とにかく今の俺みたいに唐突に起きるものじゃないんです」


「ふーん、そういうものなの」




 話して大分楽にはなったが、やはりこの現状を打開する術は見つからなかった。




「それじゃあ遠山くん、ちょっと考え方を変えてみましょう」


「はあ、一体どのように」


「中庭遥香さん、だったっけ。その子がいる現状、これはあなたにとって不都合なものなの?」


「え?」




 すみれ先生の言葉に、俺は考えこむ。


 現状を整理すると俺の身に降り掛かったのは、『美少女の幼馴染ができた』という点だけだ。それ以外のことは今のところ起こっていない。俺は特殊な機能を持った電子レンジを発明して謎の組織にも追われている訳でもないし、地球は異星人に侵略されてなんかいない、深海の施設に閉じ込められた訳でもない。ましてや考古学者の父親が失踪して学園長の陰謀に巻き込まれてもいないし、古代文明の遺跡も近所にはない。


 冷静に考えると彼女が居ることによって俺に不都合なことは、極めて一切全く起こっていない。




「……今のところない、ですね」


「でしょ? だったら少しずつ、現状を受け入れて行くのはどうかしら?」


「現状を、受け入れる……」


「そ、幼馴染が居る生活っていうのかな」




 幼馴染が居る生活、その言葉について考えてみる。




『ほら啓介くん、朝だよ、起きて!』




 朝は当然幼馴染の目覚まし。




『さ、一緒に学校行こ?』




 その後は一緒に登校。




『ね、お弁当作ってきたんだ。一緒に食べよ?』




 お昼休みは一緒に手作りのお弁当を食べる。




『啓介くん、一緒に帰ろ?』




 放課後はもちろん一緒に帰る。




「……んでもって帰りは寄り道なんかしちゃったりするんだよな、ぐへへ」




 なるほどなるほど、当然のことながら幼馴染のいる生活というのは悪くない。それに中庭遥香は美少女なのだ。美少女の幼馴染なんてむしろ今まで夢に見ていた位のものだ。




「それで無理やり付き合わされて甘いもの食べに行ったりして、『お、おい……周りカップルだらけじゃねえかよ』『いいじゃんそんなの気にしなくたって』『いいじゃんってなあお前。俺達はただの幼馴染でだな』『啓介くんは私とそういう風に見られるの、イヤ?』『それは、その……』」


「……遠山くん?」


「『ごめんね、嫌だったよね。こんなトコ来るの。無理やり誘ってごめんなさい。帰ろっか』『おい、待てよ。俺は、その、別に嫌だとは一言も」


「はいはい、そろそろ現実に戻ってねー」


「言って、ねえし……』『啓介くん……』『ほら、座れよ。パフェ、食いたかったんだろ?』『うんっ! ……えへへ、やっぱり啓介くんは優しいね』っていうとこまで妄想出来ましたよ先生!」


「ああそうあなたって本当に凄いわねー」




 幼馴染というものはやっぱり魅力的なものだと、すみれ先生のお陰で再認識できた。だから先生の台詞が棒読み感に溢れているのはきっと気のせいだ。




「んで、話を戻すけどね。啓介くんがこの状況に陥った理由は分からない。それにどうやってこの異常事態を打破して元の状況に戻ればいいのか、それだって分かってない。そうなのであれば……」


「そうなのであれば?」


「今のこの『幼馴染が居る生活』、これを受け入れて楽しんでみたらどうかしら?」




 先生の言っていることは非常に前向きで建設的だ。あたふた騒いで精神をすり減らすより、そういうものだと受け入れて今を楽しむ、そっちのほうが確かにずっと有意義だ。




「確かに、先生のいうことは最もだ。俺も幼馴染キャラって大好きだし、最近じゃ幼馴染は負けフラグって言われてるけどむしろその不遇っぷりも立派な持ち味だと思ってるしそんな逆境でこそ幼馴染は輝くと思ってる……でもさ」


「でも、何?」


「そこまで簡単に彼女のことを信じることは出来ない。やっぱり彼女には不審な点が多すぎる」




 そこまで俺はノリで生きてる人間じゃない。中庭遥香を俺の幼馴染と認めて受け入れることは、不可能といっても良い。




「へえ……案外常識的なのね、あなたって」


「ええ、俺は常識派ですからちゃんとゴムはつけますよ先生。問答無用で後先考えず『中』を選ぶのはゲームの中だけです」


「先生は直前に下したあなたへの評価を覆したい気分でいっぱいです」




 今のところの方針としては様子見、といったところだろうか。




「ま、確かに焦る必要はないものね。これから彼女と過ごすことで、ゆっくり判断したらいいわ」


「……ですかね。当面はそんな感じで」




 そうなると差し迫った問題となるのは、




「で、そのお弁当。あなたはどうするの?」




 今も俺の手元にあるお弁当箱である。




「……正直、迷ってます」


「そうよねえ、お腹壊すかもしれないしねえ」


「口に入れた途端、爆発するかもしれませんし」


「流石にそれはないと思うけど……」




 見た目はいたって普通。でも口に入れて大丈夫なのか、それは一切わからない。




「しょうが無いわね、私が毒見するわ」


「せ、先生正気ですか!?」


「ええ、私は正気。だってこのままあなたに食べてもらえなかったら勿体無いし、中庭さんも可哀想だし」




 先生は俺からお弁当箱を奪って、自分の膝の上に持っていった。




「さて、どれにしようかしら」




 確かに先生が毒見してくれるなら安心だ。




「どうなっても知りませんよ」




 安心、なのだけれど。




「どうにもならないわよ、多分。お、この唐揚げなんて美味しそうじゃない」




 何か落ち着かない、何か気に入らないと感じる自分が存在した。




「はい、じゃあいただきまーす」




 何故だか彼女の涙目の表情が浮かんできてしまって、




『……ダメ、かな?』




 何故だか自称幼馴染の悲しげな声が蘇ってきてしまって、




「はむっ!!」




 すみれ先生が食べようと手に持った唐揚げに、俺は強引にかぶりついた。




「わ、いきなり豪快に来たわね」




 すみれ先生は言葉の割に驚いてはおらず、ニヤニヤと唐揚げを咀嚼する俺を見た。




「ふいません」


「食べながら喋らないの。で、お味はどう?」


「んぐっ……まずくは、無いです」


「じゃあ美味しいの?」




 唐揚げは至って普通に唐揚げだった。それ以外に形容しがたい、普通の味。




「……普通、です」


「そう。お腹は壊しそうかしら? 爆発はしそう?」


「今のところは何とも言えないですね。数時間後に爆発する仕組みかもしれないですし」


「ふふっ、素直じゃないのねえ」




 自分でもどうしてそうしたのかは分からない。どうしてこんな無謀なことをしてしまったのか、どうして得体のしれない人間からもらったものを口に入れてしまったのか。




「素直な感想なんですけどね」


「そ、じゃあ彼女にもそう言ってあげなさい」




 どうしても最初に自分が食べなければいけない気がした。なぜだかはわからないけど、そう強く感じてしまったのだ。原因は分からない、もやもやする。




「じゃ、私は相談室に戻るわ。ちゃんと感想言ってあげるのよ?」




 先生はそう言って颯爽と屋上を去っていった。白衣が風にはためく後ろ姿は、頭上の青空と相まって非常に様になるものだった。




「俺の心はドン曇りなんだけどな……」




 先生に相談することで少しだけ心は晴れたが、結局この原因不明な感情のせいで雲は更に厚くなってしまった気がした。




「中庭遥香、か……」




 今日初めて出会った俺の幼馴染(自称)の名前を呟いてみる。幼馴染だというはずなのに、その名前は口に全く馴染んでいない。




「はあ……げっ」




 空を仰いで一つため息をつくと同時に、昼休み終了の予鈴が鳴り響いた。




「結局、唐揚げしか食えてねえじゃんか……」




 感想は、残念ながら唐揚げについてしか言えそうになかった。


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